金縛りと僕の俟ち
とある男の話です。
気が付いたのは、特に何でもない、突然、体が動かなくなったのである。いや、もしかすると、今までも動かなかったのかもしれない。
そう、それは、あれだ。
金縛りだ。
体が動かないのに、意識だけははっきりとしている。だが、周りの景色は曖昧だった。そりゃあ、そうだ。目は開いていないのだから。
感覚的に、僕は布団に入って寝ているようだ。きっと、消灯して、今は夜中なのだろう。周りの景色が曖昧なのも頷けるし、目が開いていない時点でそれはすぐに分かる。
顔が少し湿っている。寝汗かな?
突然、回りの曖昧な景色が徐々に薄れていきて、一つの情景を映し出した。
ああ、そうか。これは夢なんだ。僕は、今夢を鑑賞しているんだ。それならば、ゆっくりと見てやろう。自分の夢を意識のある内になんか、簡単に見られないからな。
その情景は、僕自身が外を歩いていて、歩道を歩いているシーンだった。
これは、実際にあった事だ。確か今日、僕が図書館に本を返しに行く時だった気がする。楽しみにしていた本が、やっと読めて上機嫌で歩いていたんだっけ。今考えると、そこそこに気持ちが悪いなぁ。僕。
あれ、でも何か変だぞ。僕は、これから、どうしたんだっけ?
あれ? 全然覚えていないや。本を返しに行くんだから、図書館へ行くんだろうけども、行った記憶があんまり無い。あれ? 僕は、図書館に、行ったのかな?
金縛りはまだ解けない。体が動かないというか、体に力が入らないような感じだ。
続いて、その夢はころっと情景を変える。人間は一夜に四回くらい夢を見るって聞くしな。当然なのだろう。
次の情景は、舞台は同じ、僕の歩いていた歩道だ。でもそのすぐ横には公園があって、そこでは小さな女の子と、その親が遊んでいた。
あ、そうだ。上機嫌だった僕は一度その公園に立ち寄って、その微笑ましい光景を眺めていたんだっけ。やっぱり、気持ちが悪いなぁ。
その小さな女の子は小学一年生くらいだったのかな。そうだそうだ。今は四月だから、入学式の終了後だったのかもしれない。
滑り台で何度も何度も遊んでいる光景は、何だか懐かしいものがあって、更に上機嫌になったんだ。
その瞬間、その夢も途絶え、景色は徐々に変わってゆく。一応ここは夢の世界だと思っているため、別に疑問は感じないし、むしろこんなものを経験できて、嬉しいくらいだ。
だけれど、今度の情景はただただ真っ赤な景色だった。トマトを握りつぶしたかのような赤、それ以外には何も映っていない。
何なんだ。全然分からない。さっきまでの光景は、今日の光景だった。でも、こんな紅、僕には全く記憶が無い。
だが、考える暇も無く、すぐにその情景は変化してしまった。
変化すると、ここからは何も無い。ただの黒。ただの闇だった。
ここで、今までの状況を考えろって事なのか。あの赤の正体を、考えろって事なのか。だから、金縛りまでして意識だけをここへと転送されたのか……。
今日の事を思い出そう。そう……その後その女の子はテンションが上がって走り始めたんだ。やっぱり、入学式か何かで嬉しかったんだろうな。
それで……確か公園を飛び出して…………。
…………………………。
あ。
そうだ。思い出した。
そうさ、そうさ。
その女の子は、道路にまで飛び出したんだ。
そして、その時丁度大型トラックがやってきて……。
そこで、僕が…………。
あの赤の正体が分かった。あの、トマトを握りつぶしたかのような塊が、分かった。
金縛りが少しだけ解けて、薄目を開けると、そこはやっぱりベッドの上で、僕の周りには沢山人がいた。でも、ぼんやりしていてよく分からない。
ぼたぼたと顔に液体が掛かるのが分かった。これは寝汗じゃなかったんだな。
すぐ横にはその女の子もいた。
ああ、そうか。
良かった良かった。
僕の金縛りは、まだ完全には解けない。でも、それも仕方ないんじゃないかと思ってきた。もう一度眠れば、この金縛りも治るかな?
意識もだんだん朦朧としてきた。とても眠たい。
僕は、もう一度、眠る事にした。
二度寝ではなく。始めての眠りで、その瞬間、金縛りは解け、僕は解放されて、放たれた。
実際走馬灯とは、自分が助かるためになす術を記憶の中から探す行為でして、ゆっくりとは見られないそうです。