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淳于瓊☆伝  作者: けるべろす
南方篇
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第84話 船

遅くなりました

来週の試験が終わればもう少し・・・

 揚州(ようしゅう)の入り口である九江郡(きゅうこうぐん)寿春(じゅしゅん)を出発した淳于瓊(じゅんうけい)らは淮水(わいすい)、長江と舟で下って行き、呉郡でついに海(東シナ海)まで到達した。

 寿春で紹介された呉景(ごけい)呉郡(ごぐん)銭唐(せんとう)の豪族の子弟である。呉郡(ごぐん)の太守を務めた父親はすでに他界しているが、姉や親戚達とともにこの地で暮らしているのであった



 「これがデキウスが日南(ベトナム)に乗りつけた船かあ。さすがにでかいな」


 「沿岸部ならいざ知らず外海を航行しようとすればこれぐらいは普通だぞ。船の規模が小さいと横波を受けると簡単に転覆してしまうから危険なんだよ」


 そう、銭唐には大秦国(ローマ)人デキウスが印度から乗ってきた船が日南から引っ張ってこられて係留されていたのである。アラビア半島からインド亜大陸までの航行にも使われるタイプの帆船であり長江を行き来している舟とはまるでサイズが違った。五十人程度が乗船していても長期の航海が可能なのだという。


 ”2本のマストに帆が取り付けられていて、船の側面に(かい)(かじ)がついているな。おっ、錨もちゃんとあるじゃん。造りは・・・思ったよりしかっりしているな”


 「船は向かい風のときってどうするんでしょう?」


 初めて外洋船を見た波才(はさい)が素朴な疑問を投げかけてきた。


 「そりゃ帆を畳んで大人しく風向きが変わるのをまつしかないな。(かい)が有るからってむやみに向かい風に逆らい続けて漕いでいたらすぐにばててしまう」


 それはそうだろう。戦争用の2階建て3階建てのガレー船ならば数百人の奴隷に(かい)を漕がせ続けることもあるだろうがこの船はあくまで商船である。(かい)はあくまで上陸時などの補助用と考えるべきなのだろう。


 「てことは船の出航時期が風向きによってかぎられてしまうのか?」


 「うむ。ちょうどあとひと月かふた月もすれば秋も深まって南への追い風が吹くようになるだろう。そうなれば出航するタイミングだ。台風もそのころには発生しなくなるだろうしな」


 秋から冬になって北西の季節風が吹くようになれば追い風を帆にはらんでの南下が可能となる。淳于瓊としても出航時期に文句は無かった。ただ出航まで時間があるのならこの船に足りないあるもの(・・・・)を取り付けてみてはどうかと思い立ったのであった。


 「デキウス。縦帆(じゅうはん)を取り付けてみないか?」


 「縦帆(じゅうはん)?それはいったい何だ?」


 淳于瓊の提案にデキウスが首をかしげる。縦帆とはヨットなどでよく見られる船の縦方向に沿って取り付けられた三角帆のことだ。横帆(おうはん)が追い風をはらんで前方への推進力とするのに対して、縦帆はその向きを調整することにより向かい風を切って推進力とすることが出来るのだ。横帆に比べて推進力へ変換する効率が悪いとはいえ完全無風のとき以外は推進力を得られるのである。この船には縦帆は付いていないが大航海時代の帆船であれば船尾側に取り付けられていることが多い。


 しかし淳于瓊の説明にも皆の反応は芳しくなかった。やはり向かい風を切って前に進むということが誰にも理解できなかったのである。淳于瓊は地面に力のベクトルを描いて説明をしたのだが徒労に終わったのであった。


 "仕方がないか。論より証拠っていうからな。簡単な船の模型でも造って信じてもらおう"


 淳于瓊はいったんこの場は諦めて呉景の屋敷へと向かうのであった。

 

------------------------ 


 呉景の姉は名を呉尚燕(ごしょうえん)という昔の美人(ぽっちゃり)さんであった。彼女はのちに呉夫人として孫堅(そんけん)に嫁ぎ、孫策(そんさく)孫権(そんけん)孫尚香(そんしょうきょう)らの生母となる人物である。


 「姉上、こちらが丹陽(たんよう)郡の唐固(とうこ)どのと笮融(さくゆう)どのです。こちらの武人が荊州(けいしゅう)南陽(なんよう)郡の黄忠(こうちゅう)どの、それから会稽(かいけい)郡の朱儁(しゅしゅん)どのです」


 「呉景の姉、尚燕(しょうえん)です。まだまだ子どもっぽさが抜けない愚弟のことですから皆様にご迷惑を掛けてしまうのではと心配していましたが、皆さん若い方ばかりで驚きましたわ。それにこんな子どもまで」

 

 確かに呉尚燕の言うとおり20代半ばの笮融と朱儁、20前の唐固と黄忠に14歳の呉景と若いメンバーが多い。しかしその中でも10歳にも満たない淳于瓊と波才は異人のデキウスとともに特に異彩を放っていた。呉尚燕(ごしょうえん)は淳于瓊らを見て目を丸くしている。


 「豫州(よしゅう)潁川(えいせん)の淳于瓊と従者の波才です。それから此方が大秦国(ローマ)人のデキウス。どうぞお見知りおきください」


 「あらあら此方こそ。小さいのに随分としっかりとしたご挨拶ね」


 「姉上、奇妙くんの師はあの賈彪(かひょう)どのだぞ。そこらの子どもと一緒にしちゃあいけない」


 呉景が苦笑気味に淳于瓊の師の名前を出した。郭泰(かくたい)と並ぶ太学の冠であり高名な清流派の人物である賈彪(かひょう)に師事しているということで、ここ最近では会う人会う人ごとに党錮のことで心配されるのがデフォルトになっていた。それは呉尚燕も例外ではない。


 「まあ、党錮の禁ではさぞ大変だったのでしょう。このような遠方にまで来ていて宜しいの?」


 「ご心配ありがとうございます。先月、師の賈彪は無事に潁川に戻ってまいりました。牢の生活で多少は痩せておりましたが至って健康そうでしてひと安心です。これで心置きなく南へ向かうことが出来ます」


 「南へ?」


 もともとは大秦国(ローマ)人の友人デキウスによる南方交易が目的であったこと。

 デキウスが都で揚州出身の笮融を協力者としたこと。

 笮融の伝手で揚州(ようしゅう)周家(しゅうけ)の協力を仰いだこと。

 淳于瓊が袁家No2の袁隗(えんかい)が太守を務める荊州南陽に赴いて汝南(じょなん)袁家(えんけ)の協力を取り付けたこと。

 袁家の嫡男である袁基(えんき)が南方交易に便乗して揚州~豫州潁川の水運の本格的な運用に乗り出したこと。

 袁基(えんき)の幼馴染である周家の周忠(しゅちゅう)周異(しゅうい)も乗り気で揚州各地の豪族に声を掛けたこと


 などを淳于瓊は説明した。


 「私と笮融どのはデキウスとともに南へ向かいます。朱儁さんも船が会稽を抜けるまでは同行して案内をしてもらう予定です。逆に唐固さんや呉景さんは地元に残って周家や袁家と協力して拠点整備をお願いすることになります。それと都や潁川で売る物産の準備ですね。中央の文物を輸入するには対価として輸出するものが無くては交易が成り立ちませんから」


 「呉で輸出できる物産ですか?塩とかかしら」  


 「呉の塩は有名ですが辞めておいたほうが宜しいかと」


 淳于瓊は首を振った。前漢の専売制こそ崩れてしまっているが後漢においても塩を商う者は原価の何倍もの塩税を国庫に納めなければならないのだ。しかも官のお抱えの商人がすでに既得権益(もちつもたれつ)を構築しており新規参入は余計な軋轢を生んでしまう可能性が高い。


 「他に呉郡で売れそうなものってなにかあったかしら」


 「米などどうでしょうか?」


 淳于瓊は即答した。


 「米は中原の人の間では人気がないでしょう?私たちは兗州(えんしゅう)陳留(ちんりゅう)から揚州に移住してきたからよく知っているわ」


 「中原は麦の文化ですからね。しかし米の酒なら話は別です。潁川の賈郷では封を開けねば半年は味が落ちない'清酒'の開発に成功しています。余剰米を買い取りますよ」 


 日持ちしない筈の酒が保存できるという話に呉尚燕が驚いて目を見開いた。唐固や呉景もうんうんと頷いている。彼らは寿春での顔合わせの際に手土産の清酒を味わっているのだ。


 「それと呉郡は海に面していますから海産物を輸出できるでしょう。干物にすれば日持ちもする筈です。海の魚は川魚のような泥臭さがないから売れると思います」


 これには呉尚燕も思い当たるところがあるのか素直に頷いている。


 「その点、丹陽は海がないから海産物は無理なんだよなあ」


 逆に丹陽郡の唐固が残念そうに首を振った。呉郡の上流にあたる丹陽郡では残念ながら川魚しかとれず交易品にはならないのだ。せいぜい上海蟹(モズクガニ)ぐらいであろう。


 「まあまあ、その代わり丹陽郡には丘陵地が多いですから茶の栽培に向いていると思いますよ」


 淳于瓊はそう言って唐固を慰めた。丹陽が茶葉の一大産地として成功すれば潁川から丹陽への移住を検討している唐固の一族も移住しやすくなるだろう。淳于瓊としても将来の会稽南部(福建省)での茶葉の生産を見越して長江下流域(丹陽郡)での茶葉の生産に学んでおきたいところである。

 この後も丹陽郡や呉郡、或いは会稽郡での交易品になりそうな物産について皆でああだこうだと検討を重ねていき夜も更けていった。


 なお翌日には桶に浮かべた船の模型により縦帆の効果が示され、急遽デキウスの船にも縦帆が取り付けられることが決定したのであった。


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[良い点] 面白かった [一言] 続きは……ないんよね
[一言] 実は今でも続き待ってる
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