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淳于瓊☆伝  作者: けるべろす
南方篇
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第82話 帰郷

 延熹七年(167年)七月、党錮の禁終結の報を受けて淳于瓊(じゅんうけい)賈彪(かひょう)に会うために豫州(よしゅう)潁川(えいせん)賈郷(かごう)へと戻ってきた。

 もっとも釈放された賈彪(かひょう)が都から戻ってくるまではまだ数日かかるそうで、淳于瓊(じゅんうけい)はそれまでの間に賈郷(かごう)でさまざまな用事を済ませておくことにした。


 まずは賈郷(かごう)の交易拠点化に関してである。

 淳于瓊(じゅんうけい)賈郷(かごう)へと戻るのに乗ってきた舟が賈郷(かごう)揚州(ようしゅう)寿春(じゅしゅん)を行き来する舟と同じ型になる。朱丹(しゅたん)に実物の舟を見せて船着き場の整備を進めていくように指示をだした。

 さらに交易の品を一時保管する倉も増やさねばならなかった。なんせ当初は南方交易での水運利用しか考えていなかった為それほど多くの物量を想定していなかったのだ。しかし汝南(じょなん)袁家(えんけ)袁基(えんき)潁川(えいせん)揚州(ようしゅう)の間の物流全般に水運を大々的に利用する構想を打ち出したことで状況は一変している。当初の予定とはもはや別物と考えてもいいほどの量をこなさねばならなくなっっており、その話を手紙で知らされていた賈郷(かごう)の内向き担当の朱丹(しゅたん)は顔を青ざめさせていたのであった。


 「奇妙さま、手紙にあったことは本当なのですか?」


 「はい。袁基(えんき)さんは本気ですよ。それにこの件は汝南(じょなん)袁家(えんけ)だけでなく揚州(ようしゅう)周家(しゅうけ)も協力していますからね。なんとしても賈郷(かごう)は両家の期待に応えねばなりません。汝南(じょなん)揚州(ようしゅう)で指折りの両家と良好な関係を築ければ賈郷(かごう)も安泰でしょう」


 「たしかに宦官におもねろうとする連中が居たとしても両家の後ろ盾がある賈郷(かごう)にはちょっかいを掛ける前に躊躇するでしょうな」


 話を聞いていた李栄(りえい)もそう言って肯いた。船着場や倉の整備で苦労するのは内向き担当の朱丹(しゅたん)で外交担当の李栄(りえい)は気楽なものである。


 「李栄(りえい)そうはいうがな、船着場や倉を造るには金がかかるんだぞ。それにそもそも船着場や倉を造る為の木材が足りません。これ以上この周辺の木を次々切倒してしまうとそれでなくても不足気味の薪がますます不足してしまいます」


 「資金は南陽(袁隗(えんかい))さまが南方交易用に提供してくださった資金を使えばよいでしょう。木材は・・・李さん、燃える石(石炭)が掘れる処の情報を集めてもらっていましたよね?」


 「ええ。すでにいくつか候補地が挙がってきています」


 産院の煮沸消毒や清酒造りを始めとした一連の改革を継続していくためには安定した燃料の確保が必須であった。そのために近場で石炭を産出する場所を李栄(りえい)に探してもらっていたのだ。李栄(りえい)がピックアップした候補地の中で淳于瓊(じゅんうけい)の記憶に引っかかる地名がひとつあった。


 「平頂山?どこかで聞いたような・・・」


 淳于瓊(じゅんうけい)の前世記憶の中にその名前は確かに存在していた。


 "大きな炭鉱事故が起きて数百人が生き埋めになったという中国のニュースを見た記憶があるぞ。そうそう、たしか第二次世界大戦での平頂山事件とは全然別場所なのにたまたま名前が同じだったから印象に残っていたんだ。ん~、炭鉱事故が起きたってことは二十一世紀でも現役の炭鉱だったってことなんだよなあ・・・"


 近代化以降の石炭の消費量はそれまでの時代の消費量とは比べ物にならない量である。にもかかわらず二十一世紀まで現役だということは漢の時代の消費量からすればほとんど無尽蔵といっていい量の埋蔵量があるということで間違いない。もちろん露天掘りでどれだけ採掘できるかはやってみなければ判らないが少なくとも他の地にかけるよりはよいだろう。


 「平頂山にしましょう。李さん、購入の交渉をお願いできますか?」


 「承知いたしました。平頂山はちょうど賈郷(かごう)の上流側にありますから燃える石の運搬も楽です。ついでですから木材も平頂山の木を買い付けて(いかだ)にして賈郷(かごう)へ運べばどうでしょう?」


 「それはいいですね。適正な価格で入手できるなら是非お願いします」


 朱丹(しゅたん)李栄(りえい)の能力は高い。彼らには交易が始まってからは今以上に奔走してもらわねばねならないのであろう。



 賈郷(かごう)の交易拠点化の次は張機(ちょうき)の医者ぶりについてだ。

 張機(ちょうき)は相当な変人ゆえに郷民に受け入れられているか気を揉んでいたのだが、初っ端に胸部圧迫(心臓マッサージ)の件で皆に名医として刷り込まれたのが効いたのだろうかなかなかに慕われているようであった。黄帝内経(こうていだいきょう)の検証に協力している薬師たちの評価も上々で心配の必要はなさそうであった。


 「ここ(賈郷(かごう))のものたちは突拍子もないことをいわれるのに慣れておるのだそうだ。奇妙のおかげなのである」


 などと当の張機(ちょうき)は自覚も無く失礼なことをいう。順調に研究が進められる環境に機嫌がすこぶるいいようだ。しかし研究欲にきりの無い張機(ちょうき)はさらなる研究材料を要求してくるのであった。


 「わしとしては南方の香辛料を出来るだけ数多く入手して欲しいのである」

 

 「まあ南方は香辛料の宝庫だからな」 


 身体を温める食べ物、身体を冷やす食べ物の効果に注目して研究している張機(ちょうき)にしてみれば淳于瓊(じゅんうけい)の南方行きはまさに好都合なのであろう。後には中華の薬膳料理として欠かせない香辛料も漢の時代の中原では入手することが難しいものが多い。


 「香辛料か。単価も高いから交易のネタにはちょうどいいってのも魅力だな。検討してみよう」


 「それと、、、'茶'も安く手に入らんだろうか?」


 KYな張機(ちょうき)も茶についてはさすがに控えめな発言であった。益州(えきしゅう)から荊州(けいしゅう)南部、揚州(ようしゅう)と長江沿いで栽培されている'茶'は生産量の少なさからほとんど秘薬扱いで洛陽や潁川(えいせん)では目玉が飛び出るほどの大枚をはたかねば入手できない状況なのだ。


 「それはすぐには難しいな。でも会稽郡の南部(現在の福建省)の気候は茶の栽培に適しているらしいから栽培を広めて出荷してもらうようにすればある程度は手に入るようにできるかもしれない」


 「そうか!時間がかかるのは已むをえないのである。是非とも頼むのである」


 福建省にしろ台湾にしろ南方の日当たりと水はけのよい高地が美味しい茶の産地として最適な筈だ。会稽郡のそれも南部など僻地過ぎて茶の栽培はまともに行われていない場所であるが茶の栽培を持ちかければ双方に利益が出るような気がする。


 "海産物や砂糖や果物に加えて香辛料に茶か。時代が下れば中国で一般的に食されるものなんだからこの時代でも持ち込めば需要を掘り起こすことができるよな"


 張機(ちょうき)との話し合いのなかで南方交易の具体像を固めていく淳于瓊(じゅんうけい)なのであった。

 

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 そうこうしている内に淳于瓊(じゅんうけい)から遅れること四日、賈彪(かひょう)がついに賈郷(かごう)へと帰還した。朱丹(しゅたん)李栄(りえい)は主の少し痩せてはしまったものの無事な姿を見て涙を流して喜んだ。


 「偉節(賈彪(かひょう))さま、よくぞご無事で・・・」

 

 「お前たちにも心配をかけた。奇妙よ、話は聞いたが随分と無茶をしたようだな」


 賈郷(かごう)の武の担当である趙索(ちょうさく)張青(ちょうせい)陳良(ちんりょう)とともに洛陽に留まって賈彪(かひょう)が釈放されるまで待っていた。すでに趙索(ちょうさく)たちからことのあらましを聞いていたのであろう、賈彪(かひょう)は複雑な表情で淳于瓊(じゅんうけい)をみやる。


 「差し出がしい真似をしました。しかし私は私に出来ることをしたかったのです」


 白馬寺の関係者を装って宮中の宴に入り込み天子と直接言葉を交わして説得を試みるなど綱渡りもいいところである。しかもそのときに発言した内容が外部に漏れれば淳于瓊(じゅんうけい)は士大夫層から総スカンを食らうことになるだろう。


 「責めているわけではない。実際に奇妙のおかげで天下は落ち着きを取り戻し多くのものが救われたのだからな。しかし奇妙よ、そなたは将来天下を担う人物にならねばならぬのだ。清濁(清流派と宦官)の争いごときでその身を危険に晒してはならぬ。城門校尉(竇武(とうぶ))どのも心配されていたぞ。件の宴のことで宮中には奇妙の素性を調べようとの動きもあるそうだ・・・・しばらくは南方へ身を隠すほかあるまい」


 「ご迷惑をおかけします」 


 淳于瓊(じゅんうけい)は頭を下げた。この後 淳于瓊(じゅんうけい)から物流の拠点化や張機(ちょうき)のことの説明がなされ、淳于瓊(じゅんうけい)が不在の間も賈彪(かひょう)が責任を持って面倒をみてくれることになった。


 "これで心置きなく南へ向かえるな"


 長江を下り海へ。そしてさらには交州へ。賈彪(かひょう)の安否を含め懸案の多くが解消したことによって淳于瓊(じゅんうけい)は先へと進む踏ん切りをつけることができたのであった。

 


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