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淳于瓊☆伝  作者: けるべろす
南方篇
83/89

第78話 汝南袁家(じょなんえんけ)の後継者2

予告より遅れてしまいましたm(_ _)m

携帯からの投稿です

 「兄上、ただいま戻りました。客人が来ているとのことですが・・・」


 汝南袁家(じょなんえんけ)での奴婢(ぬひ)の扱いに苦言を呈した直後に奴婢(ぬひ)へ鞭を与えていた張本人があわられ、しかもそれが袁術(えんじゅつ)その人だというのである。さすがの淳于瓊(じゅんうけい)も冷や汗だらだらである。


 "マジかよ、やばいっての。史実でも三国志演義でも袁術(えんじゅつ)は器が小さい人物で伝わってるんだぞ。こんなところで恨みを買ったりしたら・・・"


焦る淳于瓊(じゅんうけい)にお構いなしに袁基(えんき)袁術(えんじゅつ)を紹介する。


 「公路(こうろ)、この子どもが叔父上(袁隗(えんかい))の手紙に書かれていた淳于瓊(じゅんうけい)どのだ。少し話をしてみたが叔父上の言うとおり見た目からは想像も付かぬ知恵者だぞ。仲良くするといい」


 ふん、と袁術(えんじゅつ)は胡散臭そうに淳于瓊(じゅんうけい)を一瞥する。第二次反抗期の真っ最中なのかもしれないが初対面の子ども相手にその態度はどうなんだ、と淳于瓊(じゅんうけい)は心の中で毒づいた。もちろん直接文句を口に出すわけにはいかないが。


 「どうせ賈彪(かひょう)どのが牢に入れられて袁家(えんけ)に泣き付いてきたんだろう」


 「いいえ。南陽さま(袁隗(えんかい))にも説明いたしましたが党錮のことで汝南袁家(じょなんえんけ)にお力添えをお願いするつもりはありませぬ。あくまでこのデキウスの南方交易へのご助力に対してお礼を申し上げるために参ったのです」


 師の賈彪(かひょう)にあらぬ噂をたてられぬようその点はしっかりと否定しておかなければならない。


 「公路(こうろ)よ、どうやら本当に違うみたいだよ。しかしたしかに叔父上からの手紙にも党錮のことについては手を貸さなくてよいって書いてあったけど本当にいいのかい?我が袁家(えんけ)は今でこそ清流派と距離を置いているけどもともとは儒の家柄だ。表立ってではなくとも賈彪(かひょう)どのひとりぐらいなら手を回せないこともないんだよ」


 淳于瓊(じゅんうけい)は目を丸くした。


 「お心遣いは有難く存じます。なれど党錮の件に関しては従兄の袁紹(えんしょう)どのが何顒(かぎょう)どのと奔走していると聞いております。汝南袁家(じょなんえんけ)としてはこれ以上の深入りは避けるべきでしょう」


 「あんな袁家(えんけ)のはみ出し者などとっとと捕縛されて牢に入れられてしまえばいいんだ」


 袁術(えんじゅつ)が憮然として吐き捨てる。袁術(えんじゅつ)袁紹(えんしょう)の確執はどうやら既に始まっているようだ。


 「公路(こうろ)、口を慎め!すまないね。弟は本初(袁紹(えんしょう))と馬が合わないみたいなんだ」


 袁基(えんき)が弟の袁術(えんじゅつ)をたしなめた。いつものことらしく袁基(えんき)の苦労がしのばれる。


 「歳も同じでともに評判のお二人ですからそういうところは仕方がないのではないでしょうか」


 「そう言って貰えるとたすかるよ」


 兄の袁基(えんき)がフォローに入っているにも関わらず不貞腐れた態度を崩さない袁術(えんじゅつ)に呆れながら淳于瓊(じゅんうけい)は荷物から小瓶を取り出した。


 「お近づきの印にといってはなんですが…膠飴(こうい)という賈郷(かごう)の新しい名産品です。非常に甘露ですのでお試しください」


 胡散臭げに小瓶を眺めていた袁術(えんじゅつ)であったが、ひと舐めしてその表情が激変する。


 「なんだこれは!?蜂蜜のようで蜂蜜ではない。しかし甘さは蜂蜜にも劣らんではないか?賈郷(かごう)で手に入るのか?」


 予想以上の食いつきに淳于瓊(じゅんうけい)は若干引きつりつつ答える。


 「お、お気に召されたようでなによりです。今後、汝南袁家(じょなんえんけ)と交流が盛んになれば幾らでもお譲りできると思いますよ」


 「その言葉まことだな?うむ、兄上、こいつ等に便宜をしっかり図ってやってくれよ」


 現金な袁術(えんじゅつ)の言葉に袁基(えんき)は苦笑いしながら頷いた。


 「公路(こうろ)に言われなくてもそのつもりだよ。叔父上からも言われていることだ。それから奴婢(ぬひ)のことも善処しよう。農繁期なんかはなかなか難しいんだけどね」


 「それについては多少お力になれることがあるかもしれません」


 淳于瓊(じゅんうけい)は今度は千歯こきの模型(ミニチュア)を荷物から取り出し、あらかじめ用意していた一束の稲穂で実演してみせた。それを見た袁基(えんき)の表情が驚愕で歪む。さらに淳于瓊(じゅんうけい)が無償で模型を譲ることを申し出ると袁基(えんき)は天を仰いて大きく溜め息をついた。


 「まったく、叔父上には文句を言わねばなりませんね。なにが'歳に見合わぬ知恵者'だ。大人を含めても淳于瓊(じゅんうけい)どのほどの知恵者は見たことがありませんよ。これからよろしくお願いします」


 袁基(えんき)はそう言って淳于瓊(じゅんうけい)に頭を下げた。こうして不安であった汝南袁家(じょなんえんけ)訪問は成功裡に終えることができたのであった。




 「奇妙さま、あれでよかったのですか?」


 汝南袁家(じょなんえんけ)を辞したあと、波才(はさい)が質問してきた。


 「なにがだ?」


 「膠飴(こうい)ですよ!それも一瓶まるまる!」


 波才(はさい)袁術(えんじゅつ)に随分と呆れたようで、その袁術(えんじゅつ)膠飴(こうい)を譲ったことに納得がいかないらしい。


 さらに笮融(さくゆう)波才(はさい)に同調した。


 「そうだな。袁基(えんき)どのならともかくあの弟の方に渡しても意味があるとは思えねえぞ」


 名家に弱い笮融(さくゆう)にまで散々な評価を受ける袁術(えんじゅつ)であった。


 「うーん、こういう話があります。かつて東方にいた大志を抱いた油売りの逸話なんですが、彼は出入りの名家の当主が色事に目がないことを知ると美女をあてがったんだそうです。やがてその当主は自堕落さに歯止めが掛からなくなり家を維持することが出来なくなりました。そして油売りはその機会を逃さず名家を乗っ取ることに成功したんだそうです」


 もちろんその油売りとは美濃のマムシこと斎藤道三のことである。一方で彼は娘婿の織田信長には最新式の武具を贈ったりしているのだ。


 「今の袁術(えんじゅつ)どのは膠飴(こうい)を贈られて浮かれる程度の人物でしかありません。ひょっとしたら今際の際に'蜂蜜舐めたい'とか言い残すような間抜けになるかもしれないけどそれは自業自得だというものです。せいぜい膠飴(こうい)でも譲って機嫌を取っておきますよ」


 「そこまで考えていたのか。まあ、汝南袁家(じょなんえんけ)袁基(えんき)どのと協力していけば問題なさそうだったしな」


 「袁基(えんき)どのか…」


 袁術(えんじゅつ)は立場の弱い者に対して居丈高な態度を隠そうともしないし、都に残っている袁紹(えんしょう)袁紹(えんしょう)で清流派の過激派に染まりつつある。一方で袁基(えんき)淳于瓊(じゅんうけい)のような子どもに対してでも丁寧な態度で接してくるし党錮の禍にも家を上手く保ちつつ対処しようとするバランス感覚を持ち合わせていた。ノーマークだった袁基(えんき)の優秀さに淳于瓊(じゅんうけい)の内心は複雑である。


 "袁基(えんき)さんが次期当主なら歴史は違った展開になりそうなのにな・・・。しかし結局は汝南袁家(じょなんえんけ)の家督は袁術(えんじゅつ)が継ぐことになる。で、袁術(えんじゅつ)と折り合いの悪かった袁紹(えんしょう)は独立して冀州牧(きしゅうぼく)韓馥(かんふく)から冀州(きしゅう)を騙し取って河北を制するんだよな"


 黄巾の乱まであと17年、董卓(とうたく)の暴政まで22年と考えると現在二十歳すぎでしかない袁基(えんき)は充分に活躍できる世代にあたるのだが、淳于瓊(じゅんうけい)の記憶する三国志知識に袁基(えんき)の名前は存在しなかった。


 "残念ながら袁基(えんき)さんは流行り病かなにかで表舞台から退場してしまうのかねえ"


 平均寿命が三十に満たないこの時代は早逝する者も少なくないので淳于瓊(じゅんうけい)はそう判断したが史実では袁基(えんき)の名前はしっかりと残っていたりする。袁紹(えんしょう)が反等卓連合軍の盟主となったことに対するみせしめとして都に残っていた汝南袁家(じょなんえんけ)の一族郎党が処刑される、その中に袁基(えんき)の名前が残っているのである。

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