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淳于瓊☆伝  作者: けるべろす
南方篇
82/89

第77話 汝南袁家(じょなんえんけ)の後継者1

長くなったので2話分割です。

明日か明後日に次話投稿です

 後漢を代表する豪族である汝南袁家(じょなんえんけ)の屋敷はさすがであった。かつて訪れた宦官の張譲(ちょうじょう)の屋敷に壮麗さでは劣るもの規模は此方の方がでかい。


 南陽(なんよう)太守の袁隗(えんかい)から既に連絡が来ていたのか一行はスムーズに屋敷の中へと招き入れられた。当主の袁逢(えんほう)司隷(しれい)京兆尹(けいちょういん)、その弟の袁隗(えんかい)荊州(けいしゅう)南陽(なんよう)郡太守を拝命している状況で、汝南袁家(じょなんえんけ)の本拠地を預かっているのは次期当主の袁基(えんき)である。袁基(えんき)とは現在22歳で、現当主の袁逢(えんほう)の嫡男、すなわち袁術(えんじゅつ)の兄にあたる人物だ。


----------------------------------


 「潁川(えいせん)淳于(じゅんう)家の次男、淳于瓊(じゅんうけい)と申します。こちらが揚州(ようしゅう)丹陽(たんよう)郡の笮融(さくゆう)です。それから私の従者の波才(はさい)と護衛の黄忠(こうちゅう)です。我々はこの大秦国(ローマ)人であるデキウスの交易を成功させるべく奔走しておりましたが、このたび汝南袁家(じょなんえんけ)にもご助力いただける運びとなりまことに感謝の言葉もございません。汝南袁家(じょなんえんけ)のご威光があれば必ずや南方交易は多大な利益を上げること間違いありませぬ」


 お礼を述べるのにコスト(お金)はかからない。淳于瓊(じゅんうけい)らは深々と袁基(えんき)に頭を下げた。幼い淳于瓊(じゅんうけい)の大人びた挨拶に袁基(えんき)が目を(みは)る。


 「叔父上(袁隗(えんかい))の手紙には淳于瓊(じゅんうけい)どのはその年齢からは想像もつかぬほどの知恵者だから気をつけるようにって書いてあったけどなるほど大したものだ。私が袁逢(えんほう)の長子、袁基(えんき)です。弟にも逢わせるつもりなんだけど今ちょうど屋敷から出払っていてね。戻ってきたら紹介をさせてもうよ。」


 袁基(えんき)がにこやかにありがた迷惑なことを言ってくる。トラブルメイカーの袁術(えんじゅつ)になど逢いたくないのだがこの状況で断わるのはあまりにも不自然だし失礼だ。淳于瓊(じゅんうけい)は頭をさげて礼を述べさっさと本題に入って話をそらすことにした。


 「南陽(なんよう)袁隗(えんかい))さまには過分なご評価を頂き恐縮です。それで南方交易の件ですが・・・」

 

 「ああ、叔父上から南方交易は袁家(えんけ)にも利がある事業だからしっかりと協力するようにいわれていますのでなんでも言ってください。それについては私からもひとつ提案があるのですよ」


 「それはどのような?」


 南方の珍品宝物の類は袁家(えんけ)揚州(ようしゅう)周家(しゅうけ)に任せることは袁隗(えんかい)から聞いている筈だ。それでは満足できないということなのだろうか?袁基(えんき)のにこやかな表情の裏にどんな計算が隠されているのか、淳于瓊(じゅんうけい)はまたなにか無理難題を言われるのではないかと身構えざるを得なかった。


 「うん、実は最近 揚州(ようしゅう)と都の間の物流がかなり増えてきていてね」


 淳于瓊(じゅんうけい)は眉間にしわを寄せた。漢から南北朝時代にかけて中国南部は著しい発展をしめし物流もそれに伴い増加している。そして洛陽(らくよう)の都と揚州(ようしゅう)の間の物流は豫州(よしゅう)潁川(えいせん)汝南(じょなん)を通って運ばれるのだ。どうやら袁基(えんき)はそこに目をつけたらしい。


 「それで今回君たちが整備しようとしている水運を利用出来ないかと思ってね。具体的には揚州(ようしゅう)寿春(じゅしゅん)から潁川(えいせん)までなんだけど」


 そういうことか、と淳于瓊(じゅんうけい)は合点がいった。

 潁川(えいせん)から汝南(じょなん)、そして揚州(ようしゅう)への街道は道も悪いし野盗も出没する。それに長江へそそぐ支流が数多く存在しており少し雨が降れば川が増水して足止めを食ってしまうこともも少なくない。しかし水運を利用すればそれらの問題点が解消されるのだ。

 その水運のメリットを海のものとも山のものともつかない南方交易の荷などに限定せず大々的に揚州(ようしゅう)潁川(えいせん)の間の物流に活かせばいいじゃないかというのが袁基(えんき)の案だ。


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\黄河


司隷(しれい)長安(ちょうあん)---司隷(しれい)洛陽(らくよう)

           \

            \

         豫州(よしゅう)潁川(えいせん)

          /       \

         /         \

    荊州(けいしゅう)南陽(なんよう)     豫州(よしゅう)汝南(じょなん)

                 \

                 揚州(ようしゅう)寿春(じゅしゅん)


\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\長江

 

 "たしかに船で荷を運べるとなればかなりの需要があるだろう。そうなると袁家(えんけ)が主体として寿春(じゅしゅん)潁川(えいせん)の間の物流を担うということになるな。そうなれば水運の拠点が置かれる地はいいとしてもこれまで街道沿いで潤ってきた地は物流を袁家(えんけ)に取られて困窮することになるんだが?いや、逆だな。それこそが目的か!物流を袁家(えんけ)の手中に収めて汝南(じょなん)での影響力を磐石のものするだけでなく揚州(ようしゅう)への影響力も拡大しようということか!えなかなかえげつないことを考えるもんだな!袁隗(えんかい)さんが考えた構想なんだろうか?"


 あの袁隗(えんかい)ならばそれくらいの事はやりそうな気がする。淳于瓊(じゅんうけい)は確かめてみることにした。


 「非常によいお考えかと思います。しかしそうなれば物流から外されることになる汝南(じょなん)のほかの豪族との軋轢が予想されますが大丈夫でしょうか?お父上(袁逢(えんほう))や南陽(なんよう)袁隗(えんかい))さまのご意見も伺ったほうが宜しいのではないでしょうか?」


 「凄いな、その年でそんな所まで考えが回るのか!勿論多少の軋轢はあるだろうけどかまわないよ。それぐらいの裁量は私に一任されているから心配は無用だね。もともと勝手に街道に関所を設けて関銭を稼いでいるような連中にはよい薬だろう。それに水運の方が利便性が高ければ物流が集まるのは当然のことであってわざわざ不便な陸路にこだわって袁家(えんけ)に反対したところで世の支持は得られないよ」


 この構想は当主の袁逢(えんほう)やNo2の袁隗(えんかい)からの指示ではないかとカマをかけてみたのだが袁基(えんき)はあっさりと首を振って否定した。どうやら目の前の袁基(えんき)自身が考えたもので、しかも彼は弱冠ながら汝南袁家(じょなんえんけ)の中でそれなりの立場を築いているらしい。


 "船の荷の扱い量が飛躍的に増えるだけに水運の始点(終点)となる賈郷(かごう)にとってのメリットはでかいんだよな。年に数回の南方交易の船だけでは維持が大変だけどその問題も解消される。しかもそれによって引き起こされるであろう軋轢も汝南袁家(じょなんえんけ)が引き受けてくれるんだからいいことづくめだな。表面的には、ね"


 しかし少し深く考えてみると南方交易が汝南袁家(じょなんえんけ)が取り仕切る揚州(ようしゅう)物流のおまけになってしまうということであり、南方交易における袁家の意向が無視できないほど大きくなってしまうことは火を見るより明らかなのだ。袁隗(えんかい)からの資金の申し出を受けた際も同様の懸念があったがこれについては揚州周家(ようしゅうしゅうけ)からも資金を出してもらいバランスをとることで袁家(えんけ)の影響を抑えようという方針となったのである。淳于瓊(じゅんうけい)袁基(えんき)の提案についても同じ手をつかうことにする。


 「大変けっこうなことであると存じます。ならば船の確保はぜひ揚州周家(ようしゅうしゅうけ)に依頼いたしましょう。馬については涼州(りょうしゅう)人、船について揚州(ようしゅう)人の右に出る者はなし、といいますゆえ」


 淳于瓊(じゅんうけい)の逆提案に袁基(えんき)の眉がピクリと反応した。


 「ほう、周家(しゅうけ)にですか」


 「はい。ちょうどここに居る笮融(さくゆう)周家(しゅうけ)とつながりがありますので交渉は上手くいきましょう」


 やや硬くなった袁基(えんき)の表情に気付かぬふりをしつつ淳于瓊(じゅんうけい)はそう続けた。船を周家(しゅうけ)に手配させることで巻き込み、袁家(えんけ)だけで物流を独占するのを避けることができる筈であった。


 「・・・いいでしょう。周家(しゅうけ)が引き受けてくれるのなら此方の手間も省けるというものです。周家(しゅうけ)との交渉はそちらにお任せしますよ」


 やや間はあったがにこやかな表情を崩すことなく袁基(えんき)淳于瓊(じゅんうけい)の提案を認めた。あるいは揚州(ようしゅう)への影響力拡大をにらんで周家(しゅうけ)と協力関係を強化するメリットに思い当たったのかもしれない。ともかく揚州周家(ようしゅうしゅうけ)を巻き込むことで最大の懸念点はとりあえず無くなったことになる。


 しかし淳于瓊(じゅんうけい)にはもうひとつこの話を受ける上で念を押しておかねばならない点があった。物流を任せる人に関する点である。その点について淳于瓊(じゅんうけい)袁基(えんき)に質問をぶつけてみた。


 「この袁家(えんけ)が抱える者たちでは不安があるというのかい?部曲(武人の食客)や奴婢(ぬひ)を多く抱えているからね。心配はいらないと思うけど」


 袁基(えんき)が不思議そうに答えた。まあ普通はそうなるだろう。汝南袁家(じょなんえんけ)のような大豪族は山ほど人を抱えているのだ。しかし人が大勢居ればいいというものではない。淳于瓊(じゅんうけい)は先ほどの屋敷の外で見たような鞭で打たれて働かせているような奴婢に荷を任せたくはなかった。


 「先ほどこの家の奴婢と思われる者が鞭で打たれておりました。普段からそのような扱いを受けている奴婢に荷を任せることに不安があります」


 要は奴婢の扱いが悪い、との汝南袁家(じょなんえんけ)批判である。冷や汗をかきながら淳于瓊(じゅんうけい)はそう指摘した。


 「ふむ。働きが悪ければ鞭を与えてでも働かせるのは仕方がないのじゃないかな?我々もただ飯を喰らわせるために奴婢(ぬひ)を養っているわけじゃない・・・おお、公路(こうろ)。いま帰ったのか?」


 と、ここで一人の少年が部屋に入ってきた。公路(こうろ)、とは袁基(えんき)の弟、袁術(えんじゅつ)の字だ。覚悟を決めて袁術(えんじゅつ)に目を向けた淳于瓊(じゅんうけい)はその姿を見て凍りついてしまった。


 「兄上、ただいま戻りました。客人が来ているとのことですが・・・」


 そういいながら部屋に入ってきたのは少年こそは先ほど奴婢(ぬひ)に鞭を与えていた若い男に他ならなかったのである。


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