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淳于瓊☆伝  作者: けるべろす
南方篇
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第72話 商人の心得

 「袁家に'清酒'の製法を公開せよ」


 袁隗(えんかい)の要求に絶句する淳于瓊(じゅんうけい)


 「そ、そんな余りにもご無体な…」


 笮融(さくゆう)がフォローしようとしてくれたが袁隗(えんかい)にジロリと睨まれると口ごもってしまった。つかえない男である。


 "どういうことだ。李栄(りえい)さんの事前レクチャーでも師宜間(しぎかん)の話でも袁隗(えんかい)の評価は悪く無かった。兄の袁逢(えんほう)より能力は優れてるのにあくまで当主を継いだ兄をたててサポートに徹している出来た人物じゃないのか。そんな人物がいきなりこんながめつい要求をしてくるものなのか?"


 考えられる可能性としては2つある。

 ひとつは評判が当てにならずただ単に強欲であるケース。この場合は汝南袁家(じょなんえんけ)にこれ以上関わるのは危険だ。丁重にお断りを入れて距離を置くべきだろう。船が汝南を通る際に手間がかかるかもしれないが仕方が無い。

 しかしもう一つのケースとして、この要求が淳于瓊(じゅんうけい)を試すためであるという可能性が考えられる。

 現代でいうところの圧迫面接の亜種とでも言うべきか、あえて無茶な要求を突き付け淳于瓊(じゅんうけい)の対応をみようとしている可能性である。


 "有り得るな。史実では袁紹(えんしょう)の二人の叔父は三公の位に登る筈だ。そんな大出世する人に下手な回答をして見くびられるのはマズイんだよなあ。かといって目をつけられるのもリスク高いし。理想は普通に優秀な子どもって評価なんだけど"


 淳于瓊(じゅんうけい)は一瞬の逡巡ののち、意を決して袁隗(えんかい)の顔を正面から見据えて口を開いた。


 「'清酒'の製法をお伝えすることに否やは有りません。ただし、ひとつ約束をして頂かなければならないことが御座います」


 「ほう、どのような約束かな?」


 「汝南袁家(じょなんえんけ)にて造る'清酒'の量を此方にて決めさせていただきたいのです」


 「ぬ?量をだと?」


 袁隗(えんかい)が首をひねる。すると袁隗(えんかい)の左後ろに控えていた男が袁隗(えんかい)に助言をしてきた。


 「乱造されて稀少価値が下がらぬように量を制限したいのでしょう。大量に'清酒'が世の中に出回ってしまえば価格が下がってしまいますゆえ」


 それを聞いた袁隗(えんかい)はなるほど、と頷いている。なかなか目端のきく優れた配下を揃えているようだ。しかしそんなセコイ理由でこの条件を持ち出したと思われるのは心外であった。


 「たしかにそのような効果も結果的には得られます。が、量を制限するのは理由は別にございます」


 「ほう、他の理由とな?申してみよ」


 袁隗(えんかい)淳于瓊(じゅんうけい)に続きを促す。


 「'清酒'の原料は米です。もし仮に汝南袁家(じょなんえんけ)がその財力にモノを言わせて'清酒'の原料である米を買い集めればどうなりますでしょうか?おそらく汝南(じょなん)に冬を越せぬ民があふれ袁家に怨嗟の声が向かうことになるでしょう。たとえそうなってでも酒造りに励むべきだとお考えでしょうか?」


 生酒と違い保存がきく清酒は大量生産をして各地で売り捌けるというメリットがある。しかし米が雑穀扱いの潁川(えいせん)賈郷(かごう)でさえ余剰がでた米の分しか酒を造らぬように気を使っているのだ。潁川(えいせん)よりも揚州(ようしゅう)に近い汝南(じょなん)では米を主食とする者が多いだけに影響も甚大なものとなるだろう。袁隗(えんかい)もそのことに気がついたようで(かぶり)をふって答えた。


 「酒造りの為に汝南(じょなん)の民を飢えさせたとあっては袁家(えんけ)の名折れ。かといってある程度の量を造らねば手間ひまをかける元がとれぬ。まったく旨い話は無いということだな。其方の言い分はわかった。よかろう、'清酒'の件はひとまず置くとしよう。そこまでして金儲けをしようとは思わぬからな」


 嘆息する袁隗(えんかい)淳于瓊(じゅんうけい)は内心で安堵しつつ頭を下げた。


 「人の道に外れてまで金儲けに走るものではありません。ご賢明なる判断であると愚考いたします。」


 「ふん。生意気なことを言う子供だな。だがそう言う其方はそこな蛮人の商売を利用して金儲けをたくらんでおるのであろう?それはよいのか?」


 袁隗(えんかい)の言葉に若干のからかいの響きが混じっている。儲け話が上手くいかないことを指摘した淳于瓊(じゅんうけい)に対する意趣返しなのだろう。もちろんそんな皮肉にやり込められてしまう淳于瓊(じゅんうけい)ではない。


 「お言葉ですが此度の南方交易は民のためになる商売にございます。」


 「商売が民のためになるだと?商売は卑賤なるものと決まっておるわ。戦国時代の末期に政商が幅をきかせ各国の(まつりごと)を乱した故事ゆえ漢朝では抑商政策をとっておることを知らんのか?」


 戦国末期の政商といえば秦の呂不韋(りょふい)などが有名である。漢では商人が力をつけることを恐れて税制や身分などで商人にハンデを課している。


 「それは誤った認識です。本来の商売とは物産の余った地から買い取って物産が不足した地へと供給する民のためになるものであるはず。かつて政商が幅をきかせたのは独占や買占めを放置したからです。それによって物の値段が釣り上げられ世の中が大混乱を起してしまったのです。だからといって商売そのもに制限を加えるのは(あつもの)に懲りて(なます)を吹くようなものです」


 「ほほう、それはつまり漢の抑商政策が間違っておると其方は言いたいのだな」


 袁隗(えんかい)が身を乗り出してきた。'清酒'の件といい、どうも汝南袁家(じょなんえんけ)は商売に随分興味を持っている様子である。社会的に影響力のある袁隗(えんかい)に理解者になってもらう機会などそうそうあるものではない。淳于瓊(じゅんうけい)は商売に関する持論を展開した。


 「もちろん特定の商人による買占めや独占を取り締まることは必要です。だからといって物が流れを悪くしてしまえばその悪影響は民に及びます。かつて西漢(前漢)においては均輸平準の法により官が商人に代わってその役目を果たしていた時期もありました。しかし東漢(後漢)になってからはそのような手立てもなく天下の物の流れが悪くなり民の困窮が続いております。少なくとも物の流れを悪くする政策を止め、物流が盛んになるようにはからうべきではないかと存じます。物流が盛んにすることで民の暮らしぶりが良くなるということはこの大秦国人(デキウス)によって明らかになってございますゆえ」


 淳于瓊(じゅんうけい)はそう言ってデキウスのほうを見やった。


 「そこの男が?蛮人ごときに何を証明できるというのだ?」


 「蛮人と申されますがデキウスの祖国である大秦国(ローマ)ではこの百五十年以上にもわたって民は飢えの心配をすることなく幸福に暮らしているのですよ」


 この言葉に袁隗(えんかい)は驚愕の表情を浮かべた。


 「百五十年?光武帝の時代(ころ)より民が飢えることが一度も無いと申すのか?有り得ぬ!」


 信じられぬ、と袁隗(えんかい)が首を振る。


 「嘘ではありません。遥か西方の大国である大秦国(ローマ)ではその広大な国土の中で(エジプト)が不作ならば(シチリア)(シチリア)が不作なら(ガリア)、といったふうにさまざまな場所から食料を運んでこさせているためたとえ何処かが不作になろうとも民が飢えることが無い制度が出来ているのです」


 農業の生産性だけを比較するならば決して漢も劣ることは無いだろう。しかし現実に漢の民は飢えの脅威に晒され続けていて例えば揚州(ようしゅう)が豊作でも司隷(しれい)が不作ならば司隷(しれい)の民が飢えてしまうのが実情なのである。


 「む、天下の物の流れが良くなれば漢においても同じことができるというのか・・・」


 「その通りにございます。大秦国(ローマ)ではその政策を支える為に'全ての道は大秦国首都(ローマ)へ通ず'と謂われるほどに街道が張り巡らされており、正規兵たちが平時に於いても絶えず街道の整備と警備をおこなっているのだとか。もちろん漢においては有力な豪族の協力が無ければ実現は難しいでしょう」


 後漢ではもともと各地の豪族の力が強く中央による公共事業が進め難い構図になっている。その豪族の代表格ともいえる袁隗(えんかい)もこれには苦笑するしかなかった。


 「耳が痛いな。しかし其方の言い分はよく判った。南方との交易で中原の文物を南へ輸出し、南方の物産を中原に持ち込むことで南北の物流を盛んにしようというのだな。なかなか面白い考えをするものだ。何進(かしん)よ、そちはどう思った?」


 袁隗(えんかい)が左後ろに控えていた配下に声をかけた。何進(かしん)と呼ばれた男は感心しきりといった表情で袁隗(えんかい)の問いかけに答えた。


 「商人としては多少面映ゆいところもありましたが非常に興味深い考え方ですな。小黄門(張譲(ちょうじょう))が'小さき賢者'と言っておったというのも決して大げさではなかったようです。まさかこれ程幼い子どもに感服させられとは予想もしておりませんでした。いやはや妹を嫁にやるなら是非ともこういう優れた少年のもとへやりたいものです」


 何進(かしん)淳于瓊(じゅんうけい)を絶賛しているが、淳于瓊(じゅんうけい)はパニックで頭の中にその言葉は入ってこなかった。


 "か、何進(かしん)だと!?そういや何進(かしん)南陽(なんよう)の肉屋出身だったけ。汝南袁家(じょなんえんけ)何進(かしん)ってこんなに早くから繋がっていたのか?"


 たしかに袁紹(えんしょう)の二人の叔父が三公に出世する時期と何進(かしん)の妹が後宮入りして寵妃になる時期は重なっている。肉屋の娘が宮中に入れたのも袁家が後ろ盾になっていたのなら話が通る。さらに言えば何進(かしん)が宦官に殺されたことがきっかけで袁紹(えんしょう)が宮中に乱入したのももともと袁家と何進(かしん)が繋がっていたと考えれば自然なことではある。


 "それにしても将来の三公に大将軍さまか・・・えらい大物が釣れたなもんだな"


 ただの交易話が随分とおおごとになってきた気がする淳于瓊(じゅんうけい)なのであった。


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