第67話 潁陰(えいいん)の名士
間があきましたm(__)m
次話は今日中に更新できるかと思います
洛陽から潁川へ向かう道すがらデキウスは笮融、淳于瓊と波才にこれからの予定を説明していた。豫州の潁川郡では賈郷の前に寄るところがあると言うのである。
「まずは潁陰で劉陶さまに挨拶をしにいかねばならんのだ」
洛陽からみて潁川北部の潁陰は潁川南部の賈郷へゆく通り道にあたるから寄り道としては問題ない。淳于瓊も賈郷と洛陽を行き来する際には潁陰の荀家に寄るようにしている。
「ま、まさか潁陰の劉陶さまといえば清流派として有名なあの劉陶さまのことか?」
笮融は驚きの声をあげた。劉陶の名前は淳于瓊にも聞き覚えがあった。たしか賈彪が潁川における清流派の一人としてその名を挙げていた人物だ。もっともなぜデキウスが清流派の劉陶に挨拶に行かねばならないのかはさっぱり判らない。
「その劉陶さまだ。ある交州の豪族の子弟が洛陽に遊学していた際に劉陶さまに師事しておったらしくてな。劉陶さまの伝手で紹介をしてもらうって算段になっておるのだ」
涼州や交州といった僻地の豪族の子弟は中央からやってきた文化人に師事することが一般的ではあるが、より箔をつけるために洛陽や長安へ遊学するというケースも少なくない。 劉陶もそういう田舎者を受け入れていた一人なのであろう。
「なるほど、たしかに交州にも協力者は必要ですからね。都に遊学していた人物なら信用も出来ますし。で、その豪族ってのはなんて名なんですか?」
「うむ、士燮とかいう名前だったかな。交州は蒼梧郡(現在の広東省)の豪族で、巫県の県令を務めておったのだが今は交州に戻って交趾郡の太守に任じられておるそうだ」
士燮といえばゲームなどでは空白地の交州に出てくるかなり政治力に優れた武将だったはずだ。 口にはだせないが笮融より余程頼りになりそうである。
とはいえ、この段階ですでに郡の太守だというのには驚いた。
"おいおい、士燮っていえば孫権の時代にようやく名前が出てくる人物じゃないか。まだそれまで少なくとも三十年はあるぞ。いま三十歳としてもその頃には六十歳越えとか、どんだけ長く活躍してたんだよ"
とにもかくにもこれで南方交易のルートにおける各地の協力者が揃ったことになる。豫州潁川の淳于瓊、揚州丹陽の笮融、交州の士燮。
淳于瓊は潁川に数多くいる名士たちと賈彪の伝手でつながりがある。笮融は現役の三公にして揚州の大物豪族である周景とつながっている。そして士燮は自身が交州の大物豪族でありなおかつ潁川とも劉陶の縁でつながっている。
デキウスはなかなか良い協力者のチョイスをしたなと、感心する淳于瓊であった。
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一行が劉陶の家に着いたとき、あいにく劉陶は来客中であった。暫しこちらでお待ちくださいと家人に案内された待機部屋には淳于瓊も良く知った人物たちがいた。鍾繇、郭図、それに荀攸だ。
彼らは淳于瓊の顔を見るや張譲の家の葬儀に参列したことを口々に責めてきた。
「奇妙、なんで小黄門(張譲)の家の葬儀になんかに行ったんだ。見損なったぞ」
「まったくだ。少し機転がきいて賈彪さまに認められてるからって調子に乗り過ぎなんだよ。まったく不肖の弟子と言うべきだな」
「郭図、言い過ぎだぞ。悦兄さん(荀悦)から淳于家の事情はきいてはいるよ。しかし家の事情がどうであれやはり行くべきではなかったと俺も思う」
事前に予想していたこととはいえ宦官の家の葬儀に参列したことに対する風当たりはすこぶる強いようだ。しかし同世代の批判に対してここで弱気を見せては将来にまで響いてしまう。
「兄が涼州で夷狄の侵寇を防いでいる中ではそうすることが最善だと判断したのです。決して天に対して恥じ入るものではありませんし後悔もしていませんよ。それとも涼州の守りがどうなろう構わないとでも?」
まあ曹操と対立したのは完全に誤算だったけどな、とは口に出さず淳于瓊は胸を張った。なまじ優秀な彼らには淳于瓊の謂わんとすることが理解できてしまうのであろう、悔しそうに押し黙った。
「奇妙、なにやら揉めているみたいだがこの子たちは知り合いなのか?いいとこの坊っちゃんっぽいが」
笮融が心配するふりをして口を挟んできた。実際には名家の子弟然とした面々への興味が隠せていないが。
「たいしたことではありません。こちらは鍾繇、郭図、荀攸、みな潁川を代表する名家の有望株です。おそらく荀爽さまあたりに付き従って劉陶さまの家に来ているのでしょう」
荀爽と劉陶は同じ潁陰の清流派の名士であり昨今の情勢について話し合うことも当然頻繁におこなっている筈である。そして荀攸ら年少組みは荀爽に付いてはきたものの清流派の密談に参加することは認められずここで待たされていたのだろう。
すると郭図がとんでもないことを言い出した。
「ふん、よくわかったな。荀爽さまは劉陶さまと清流派の反撃について話し合われているんだよ。いつまでも手をこまねいているわけにはいかんからな。特に何顒どのは実力行使を考えておられる。もちろんそうなれば俺たちだって参加する覚悟でいるぞ。宦官に尻尾を振るお前とは違うからな」
「実力行使?」
郭図の不穏な言葉に淳于瓊は眉をひそめた。
「そうだ。獄を襲って囚われた清流派の方々をお救いするのよ」
余りに無謀な話に淳于瓊は頭を抱えてしまった。せっかく天子を説得して解放される目処がついったってのに台無しである。そんな真似をされたら獄につながれた者の身はかえって危険に晒されてしまうだろう。絶対に止めなければならなかった。淳于瓊は立ち上がって家人の人を呼び’奇妙が来ている’と荀爽らに伝えるよう頼んだ。
「お、おい、奇妙。いったい何の真似だ?」
驚く鍾繇に淳于瓊は答えた。
「もちろん、軽挙妄動をせぬようにお止めするのです」
「だからって何でお前が来ているって伝えるだけでそんな話になるんだよ。俺たち年少組は密談に入れてもらえずにここで待機させられてるってのに!」
「ですが私が来ていることを知ればすぐにお会いになろうとするでしょうね。ほら、戻ってきましたよ」
淳于瓊がそう言い終わらぬ内に先ほど伝言を頼んだ家人が部屋に駆け込んで来た。淳于瓊をすぐに呼べといわれて慌てて戻ってきたのだろう、息があがっている。
「し、子奇(劉陶)さまたちがすぐにお会いになるそうです。こちらへどうぞ」
荀爽には洛陽へ向かう際にその旨を告げている。洛陽の最新情報を知る淳于瓊の帰還を知れば直ぐに呼び出すのは当然であろう。そのような事情を知らず唖然とする鍾繇らを尻目に、淳于瓊は荀爽たちのもとへと急ぐのであった。




