第6話 汜水のほとりで
司馬家を後にした一行は黄河の渡し場へともどってきた。。
「今日は河を渡り汜水まで馬を進めてから休もう」
賈彪のこの言葉に淳于瓊は胸が踊るのを抑えられなかった。
”汜水といえば虎牢関。董卓と反董卓連合が激突する場所だぁ。
呂布や華雄と劉備三兄弟の一騎打ちは演義だっけ?史実は孫堅が活躍するんだったかな”
だが、淳于瓊の期待は儚くもすぐに裏切られる。
”汜水関も虎牢関もないのかよ!山塞があるだけって…”
まぁ考えてみれば当たり前かもしれない。
呂布という当代最強の武将が守る堅牢な関をわざわざ放棄するなど戦略的にあり得ない。
ところが汜水にあるのが関ではなく山塞だということになれば話がまるで変わってくる。
適当な戦力で山塞を囲んで董卓軍エースである呂布を釘付けにされ、
反董卓連合軍の本体が洛陽に軍を進められれば万事休すからだ。
董卓はそれを恐れて先手を打って呂布を引き上げさせ、洛陽に火を放って長安へ撤退したのだろう。
汜水の山塞を遠くに望みながら淳于瓊は来るべき未来に想いを馳せた。
。”董卓が権力を握るのが189年、今が165年だからあと24年か。
董卓は西涼軍を率いていたからあっちの出身だろうな。年齢的にもすでに一線にいてもおかしくない。
ひょっとしたら兄上とニアミスするかも。”
”もし兄が董卓と交友を持っていたら絶対に引き離さないと。リスクがでかすぎる。”
自分の世界に入って未来の身の振り方の検討をしていた淳于瓊だったが、賈彪の家人の一人が声をかけてきたため、意識を現在に戻した。
「淳于の坊ちゃん、腰はだいじょうぶですかい?」
「奇妙と呼んでください。これからは皆さんと同じく偉節さまのやっかいになる身です。気遣いは無用ですよ。まだまだ大丈夫ですよ。」
声をかけてきたのは趙索というがっしりとした20代なかばの、賈彪の護衛役をつとめている男であった。
「それじゃ遠慮なく奇妙と呼ばせてもらうぜ。後ろを見てみな。」
淳于瓊は振り返ってみると、やはり賈彪の家人である朱丹がおっかなびっくりながらも振り落とされまいと必死に馬にしがみついているのが目に入った。
「朱さんはあんまり馬に慣れてないみたいですね」
「まあ奇妙みたいに6歳でそこまで馬に乗れるほうがおかしいんだがな…。あいつは内向きのことを任されているから、俺たちみたいに馬に慣れてはいねえんだ。」
「趙さんと李さんは慣れているのですか?」
「私は偉節さまの名代としていろいろと遣わされることが多いですからね。自然と慣れていましたよ。趙は馬に乗って郷の巡視するのが仕事ですから慣れてて当然です。」
会話に加わってきたのは李栄で彼は外向きのことを任されているらしい。
「へぇー、なるほど。皆さんうまく役割り分担してるんですね。」
「うむ、この三人がいればこそ、わしは家の心配をせずにすんでおる」
賈彪が笑いながら頷いた。
聞けば趙索と李栄は定陵の街出身で、朱丹だけは賈郷生まれであり、三人は10年ほど前から賈彪に仕えているらしい。
「学問はわしが教えるとして、その他のことは三人に聞くがよい。」
「わかりました。趙さん、李さん、朱さん。よろしくお願いします。」
「それだけ馬が操れるんだ。俺に武を習えば結構な使い手になれるぜ。」
「奇妙に武を教えてどうするんですか。彼は淳于家の直系ですよ。
学を修めて孝簾か有道、茂才に推されて出仕して出世しなくちゃならないんですからね。」
李栄が趙索に突っ込みを入れた。
だが奇妙は趙索が武を教えてくれるなら渡りに舟だと考えていた。
「いえ、ぜひ武を習いたいと思います」
「ほらな」
「なんですって?」
趙索と李英が正反対の反応を示した。
「もちろん学問が主ですよ。兄上にも念をおされていますし。
ですが残念ながらこの先、世の中が乱れていくのは避けようがなさそうです。
そうなれば、自らの身を守るだけの武は必要になると思うのです。」
「それに趙さんだけじゃないですよ。
李さんにも朱さんにもいろいろと実用的なことを教えていただきたいと思っています。」
「李栄、奇妙が突拍子もないことを言い出すのはいつものことだ。気にするな。」
李栄は最初は戸惑っていたが賈彪のフォローもあって納得してくれたようだ。
「出来るだけみなさんのお役に立てるよう頑張ります。よろしく」
無邪気な笑顔でとても6歳児に思えない発言をする奇妙を賈彪は苦笑いしながら、
他の三人は唖然とした表情で眺めていた。
”まあ、こればっかりは慣れてもらうしかないよなぁ”
淳于瓊は心の中でため息をかるくついて、野営準備の手伝いを始めた。
李栄、趙索、朱丹 架空の人物
孝廉、有道、茂才 漢の人材登用制度(推薦制)