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淳于瓊☆伝  作者: けるべろす
南方篇
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第65話 出発準備



 「洛陽から潁川(えいせん)の間を陸路で、そこから先は全て船だな」


 それが大秦国(ローマ)人デキウスが予定している南方交易ルートである。


 長江には数多くの支流が存在する。

 豫州(よしゅう)潁川(えいせん)汝南(じょなん)から長江の支流を下って揚州(ようしゅう)の入り口にあたる寿春(じゅしゅん)へ至り、さらに合肥(がっぴ)で長江に合流して東シナ海へと至る。あとは海岸沿いに南に進めば現在の香港、ヴェトナム、東南アジアへと続く。



 淳于瓊(じゅんうけい)としてもデキウスの構想に異論はない。


 ”水運を最大限利用する考えは物流の観点からは全く正しい。洛陽~潁川(えいせん)間だけならば街道もしっかりしているから陸路の問題も最小限にできるしな”


 「たしかに水運をできるだけ利用したほうが荷の量は稼げる。ただそうなると潁川(えいせん)に荷の積み下ろしができる船着場を整備をする必要があるか…。うん、賈郷(かごう)で船着場を整備するように朱丹(しゅたん)さんに掛け合ってみよう。先行投資になるけど南方交易で賈郷(かごう)の利便性が証明されれば他の商人たちも賈郷(かごう)に集まってくるようになる。二重に美味しい話だからな。他の城市にまかせる手はないや」


 積み荷の拠点(ハブ)となれば賈郷(かごう)に多くのお金が落ちるだろう、と淳于瓊(じゅんうけい)は皮算用をはじいた。デキウスはそんな淳于瓊(じゅんうけい)を見て'にやり'と人の悪そうな笑みをこぼした。


 「さすが奇妙、相棒の出来がいいと助かるぜ。漢の人間はなかなかそういう発想をしてくれなくて参ってたんだ。通行税を取るか、さもなきゃ通行税を免除する代わりに賄賂を寄越せって連中ばっかりでな。まったく苦労させられたよ」


 「ふーん、それでこんな時期まで洛陽にいたのか」


 デキウスが大秦国(ローマ)の使節を騙って天子に謁見したのは昨年の十一月のことですでに半年が経っている。その間デキウスは洛陽にとどまって交易の手配をしていたというのだからいろいろあったのだろう。


 「まあな。でもそれもあと少しだ。いいか奇妙、二日後には洛陽を出発するからな。それまでに用事はすべて済ませておくんだぞ」


 デキウスの言葉に淳于瓊(じゅんうけい)は頷いた。たしかに身を隠す前にやっておくことがいくつか残っていた。



---------------------------------


 「まずは竇武(とうぶ)さまに宴で何があったかを口外しないように釘をさしておかないと。趙索(ちょうさく)さん、宴での出来事を口外しないように手紙を書くので竇武(とうぶ)さまに届けて貰えますか。その後も偉節(賈彪(かひょう))さまが無事に解放されるまでは洛陽に残ってください」


 趙索(ちょうさく)は当然のこととして了承した。もとより主人の賈彪(かひょう)が獄から釈放されるまでは賈郷(かごう)に帰る気などなかった。


 「陳良(ちんりょう)張青(ちょうせい)も洛陽に残ってくれ。西遊記だけでいいから白馬寺の皆さんだけで絵解き(紙芝居)の上演が出来るように指導して欲しいんだ。できれば洛陽市中での上演も時々でいいから続けて欲しい」


 「奇妙と波才抜きでか?まだ絵解き(紙芝居)を続ける意味があるのか?」


 賈彪(かひょう)を救い出すためにできることは全てやり終えたのにまだ続けるのかと陳良(ちんりょう)が首をひねった。


 「せっかく天子さまのお褒めに預かったのに市中での上演がぱったり無くなったら不自然だろ。偉節(賈彪(かひょう))さまが開放されたらあとは白馬寺に任せて趙索(ちょうさく)さんともども洛陽から賈郷(かごう)に引き上げてくれればいい」


 「なるほど、そういうことなら仕方ないわね。でも私は早く賈郷(かごう)に帰りたいな。産院がどうなっているか不安なのよ。せっかく軌道にのってきたところで洛陽に来ちゃったから」


 張青(ちょうせい)はそう嘆いた。その気持ちは淳于瓊(じゅんうけい)にもよく判る。賈彪(かひょう)の窮地で一刻を争う状況であったとはいえ、産院による死産率の減少や紫雲草(れんげそう)から転作した麦畑の収穫の検証を放り出して洛陽に来てしまったのだから。


 「ねえ、奇妙。陳正(ちんせい)から手紙は来てないの?」


 陳良(ちんりょう)の弟、陳正(ちんせい)は賈子の中でもっとも計数に強い。淳于瓊(じゅんうけい)陳正(ちんせい)に後事を託していたのだ。賈郷(かごう)に何かあれば連絡が来る手筈になっている。


 「まだ連絡は来てないよ。けど便りがないのはいい知らせって言うからね。きっといい結果が出ているさ」


 淳于瓊(じゅんうけい)はそう言って張青(ちょうせい)を宥めるのであった。


---------------------------------


 さて淳于瓊(じゅんうけい)自身は波才(はさい)とともに先に南に向かうことになったわけだが、どうしても洛陽を出発する前に手に入れておきたいものがあった。


 「なんとか二日以内に指南魚を探し出して入手したい」


 「指南魚?指南車のこと?」


 残念ながら誰も指南魚のことを知らなかった。


 「魚だよ。魚の形をした薄い金属板で水を張ったたらいに浮かべると必ず南を指すんだ。指南車とちがって指南魚なら船の中でもちゃんと南を指してくれるんだ。船で遭難する危険を大幅に下げてくれる代物だよ」


 車輪の内径差を利用して車輪が回転しても上部が一定方向を指す指南車(からくり)は船旅では意味をなさないが、残留磁気を利用した指南魚ならば船の上でも使える筈だ。


 「おいおい本当か、それは?そんな便利なものがあるのかよ!」


 他の面々がその意義を理解で出来ずぽかんとするなかで、さすがに商人デキウスだけは重要性を理解した。世界の三大発明のひとつ、羅針盤の発明はもう少し後の時代になるのだがその原型は後漢の時代にすでに存在している。強磁性微粒子を含む金属や岩石を高温から常温に冷却する際にうまく南北の天然磁場に沿って冷却することで永久磁石が得られるのだ。


 「城門の兵士を相手に絵解き(紙芝居)を上演したときに聞いたんだよ。競合する見せ物の情報を集めていたんだけど、教えてくれた見せ物の中のひとつに指南魚の噂があったんだ。探してみる価値は充分にあると思う」


 「価値があるなんてもんじゃねえぞ。奇妙!絶対手に入れるんだ!!」

 

 興奮するデキウスに若干ヒキながらも淳于瓊(じゅんうけい)は洛陽中を駆け回り指南魚の入手に成功したのであった。そうこうしている内にあっという間に二日がたち、デキウスに南方への道案内を頼まれたという男が白馬寺を訪れてきた。二十代半ばのその男は揚州(ようしゅう)出身で名を笮融(さくゆう)と名乗ったのであった。

 

新章の頭は流れをつくらないといけないから毎度難産です

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