第60話 天子との対面 その2
2話連続投稿です
「そうか、ついに宮中に乗り込むのか」
「はい。明日の晩、皇后さまが主催される宴の余興に呼ばれました。いよいよです」
洛陽市内の酒楼で淳于瓊は洛陽市中に潜伏していた趙索とおち合い打ち合わせをおこなっていた。
賈彪の家人として顔の知られている趙索は 淳于瓊たちを白馬寺に送り届けた後は白馬寺と清流派の関係を疑われないように洛陽市中に潜伏していたのである。
「洛陽に入ってから他の清流派の方々に掛け合ってみたが打つ手無しのようだ。情けないが奇妙の策が最後の頼みなんだ。頑張ってくれよ」
いちおう趙索は趙索で賈彪を救い出すべく動いていたらしい。淳于瓊は苦笑しながら懐からあるものを取り出し趙索に渡した。
「これは?」
「賈郷でやりかけになっている改革の方針です。紫雲草や私塾と産院のことが中心に書かれています。もしもの時はこれを賈郷に持ち帰って朱丹さんに渡してください」
「おいおい、縁起でもないことを言うなよ。そんなにやばい橋を渡るつもりなのか?」
「天子の説得に失敗するということは勘気を蒙るということです。少なくとも私は無事ではすまないでしょう。その場合でも支楼迦讖や波才たちだけでも無事に宮中から退出できればよいのですが」
流しの芸人ごときが漢の皇帝にえらそうなことを言うのだから一歩間違えば即不敬罪でアウトなのだ。兄に累が及ばぬよう淳于瓊の本名を明かす積もりはないし髢(付け毛)を付けて変装もする予定だ。
「なに弱気になってんだ!偉節(賈彪)さまはな、奇妙には将来天下を救う器量があるって仰っているんだ。絶対に無事に帰ってこいよ。もし奇妙が捕まったら獄を襲ってでも助けてやるよ」
勇ましい言葉に淳于瓊は笑いながら、その時は趙索さんの伝手で董仲潁(董卓)どのを頼りましょうか、と返した。戦地に身を置く董卓のもとならば身を隠すのも容易だろう。目先の悪知恵しかない李儒※実在自体が疑わしい なんかよりは役に立てるのではないかと思う。董卓が道を踏み外さないように導けるかもしれない。
趙索と別れた淳于瓊は郊外の白馬寺に戻り、翌日の本番に向けて最後の確認をするのでった。
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「す、すげえ」
「陳良、ぼやぼやしてるとはぐれるぞ」
皇城は洛陽城市の城壁とはまた違った威容で一同を圧倒した。洛陽生まれの淳于瓊にしても皇城に入るのは初めてである。陳良を諌めつつも興奮しているのは淳于瓊も同じである。
"すげえな、おい。建築に関しては漢よりギリシャやローマが進んでるって思ってたけど、こりゃどっちが上かわかんねえぞ!パルテノン神殿やコロッセウムとは違って地上に現存してない遺跡ばっかだからって甘く見てたわ。こんな状況じゃなけりゃじっくりと時間かけて見て周りてえ~"
完全にお登りさん状態の一行が連れて行かれたのは宮殿の北側にある華林園であった。その庭園ではちょうどツツジの花が咲き乱れていた。おそらく宴の名目はツツジの花見ということなのだろう。
淳于瓊たちはそこで平伏して天子さまや皇后さまが来られるのを待つように指示を受けた。
「な、なんか緊張してきた」
さすがに気の強い張青もこの土壇場で緊張を隠せない。波才や陳良もそれ以上に緊張している。
「天子さまといえども同じ人間だ。俺たちと違う生き物ってわけじゃない。なんなら南、瓜が並んでるとでも思えばいいんだよ」
南瓜と言いたかったのだが残念ながら南米原産のカボチャはこの時代には存在しない。やむ無く瓜に言い換えたのだが、それが張青のツボに入ったようだ。
「いくらなんでも瓜はないでしょ、どんだけ面長なのよ」
瓜のような顔を想像したのだろう、張青がくすくす笑っている。そうやって多少なりとも緊張がほぐれたところでついに華林園へ天子たちが到着した。
天子はデキウスの言っていた通り人の良さそうな顔をしており、巷で非難ごうごうの悪帝とは見た目からは感じられなかった。もちろん瓜のような顔でもない。
その天子と竇皇后の後ろには心配そうな竇武の姿も見えた。
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「・・・さしもの牛魔王も天界でお縄となり、旦那が捕らえられた鉄扇公主はあきらめて芭蕉扇を差し出すしかなくなったのでした。孫悟空が火焔山に赴き芭蕉扇で打ち扇ぐこと四十九回。ついに鎮まることのなかった火焔山の炎も火元から吹き消されてしまったのです。こうして三蔵法師一行は西の天竺へ向けて旅を再開することができたのでした。此度の講釈はこれにして終了とあいなります」
淳于瓊が〆のセリフを述べ、波才が拍子木をコンコンコンコンコンと鳴らす。我ながらなかなかうまくやれたと思う。それに西遊記の中でも牛魔王らとの二転三転する化かし合いは鉄板ネタだ。最初はこんな子どもたちだけで大丈夫かしらという表情であった竇皇后も途中からは物語に引き込まれていた。天子も浮屠(仏教)の僧侶が妖怪をお供に経典を求めて西方に旅立つという奇想天外さに興味津々であった。そして計算どおりアンコールの言葉を引き出すことに成功したのであった。
「絵解きというのでしたか、このような娯楽は初めてですが随分と興趣きものですのね。父(竇武)からの手紙では他にも演目があるとのことでしたけれども是非とも披露してもらえるかしら」
「皇后さまのご所望とあらば否やのあろう筈はなありませぬ。それではお言葉に甘えましてもう一作、封神演義を披露させていただきます」
内心でガッツポーズをとりながら淳于瓊はさっそく次の切り札である封神演義を披露することにする。波才が拍子木で始まりの合図を打ち淳于瓊は冒頭の講釈を述べた。
「さてさてお立合いの皆様がた。次なる封神演義とは天朝を舞台としたはるか昔の物語とあいなります。かつて仙界は仙人や道士を中心とした崑崙山、森羅万象の化生が集まる金鰲島の二勢力に別れておりました。どちらにも与しない太上老君(老子)をよそに両者はいつ果てるとも知れぬ争いを続けていたのであります。時代は下って殷紂(殷の紂王)の世、崑崙の道士の一人である姜子牙(太公望)が元始天尊から封神の儀式を執行するよう命じられたところからの始まるのでありました」
ここで淳于瓊は一呼吸置いた。老子(道教)好きの天子にとってはまさに好みのど真ん中の話だ。天子の目が大きく開かれ身を乗り出して完全に食いついてきている。こうして封神演義は順調に滑り出すことができたのであった。




