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淳于瓊☆伝  作者: けるべろす
党錮篇2
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第59話 天子との対面 その1


 大秦国(ローマ)人デキウスと白馬寺、意外といえば意外、有り得るといえば有り得る組み合わせである。


 白馬寺の高僧、安世高(あんせいこう)安息国(パルティア)人でパルティアといえばローマとメソポタミアやアルメニアを挟んで対立する仮想敵国の間柄である。さらに支楼迦讖(しるしかん)の出身である大月氏(クシャーン)はインド北部に勢力を伸ばしており、デキウスが商売の拠点にしているインド中部のアーンドラ朝とはインド亜大陸の覇権を争っている間柄だ。

 仲の良くない競合(ライバル)国の関係からは一見不自然な組み合わせに見える。


 しかし現代でも欧米などで競合(ライバル)関係にあるはずのアジア系が集まってコミュニティを形成することは珍しくない。漢民族から(えびす)と呼ばれる西方人同士の連帯があるのかもしれない。

 それにデキウスの目的はあくまで交易である。西方の物品を洛陽で売りさばくために以前から西方の物品を扱ってきた白馬寺と協力するというのは不思議ではないのだ。


 きけば林邑国や扶南国(ベトナム中南部)と漢の交易ルートを構築するため調整中であるとのことで、淳于瓊(じゅんうけい)砂糖黍(さとうきび)のサンプルが入手できないか改めてデキウスにお願いするのであった。


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 「奇妙、何故この時期に洛陽へ?賈彪(かひょう)どのが獄につながれたと聞いているが・・・」


 支楼迦讖(しるしかん)が清流派が弾圧される中でわざわざ都へやってきた理由を聞いてきた。


 「支楼迦讖(しるしかん)にお願いがあってきた。大漢西域記(西遊記)を洛陽で上演したいんだ。協力してくれないだろうか?」


 「大漢西域記(西遊記)を?たしかにかなり出来上がってきているがどうしてまた急に?」


 支楼迦讖(しるしかん)がいぶかしむ。淳于瓊(じゅんうけい)としては支楼迦讖(しるしかん)の協力が必須でありここで隠し事はできない。正直に企みを話すことにした。  


 「むむ、宮中に乗り込むのか?そんなことが可能なのか?」


 「可能だ。城門校尉(じょうもんこうい)さまから皇后さまに評判を伝えていただき慰問の口実で後宮へ乗り込む。そこで天子さまからお褒めの言葉を頂く際に直接説得して偉節(いせつ)さまを赦免してもらう。もちろん白馬寺に迷惑をかけないように努力はする。絶対に大丈夫とはいえないけど・・・」


 淳于瓊(じゅんうけい)の声がだんだんと小さくなっていく。よくよく考えてみれば虫のいい依頼であった。白馬寺は党錮とは無関係なのに敢えて天子に睨まれる危険を冒す必要性がない。


 「ほう。それは・・・いやしかし・・・」


 支楼迦讖(しるしかん)はあごひげに手をやりながら思案する。漢の天子のお墨付きを得られるメリットと白馬寺が清流派に与したとみなされるリスクを量っているのだろう。そんな支楼迦讖(しるしかん)の背中をデキウスが押した。


 「いいんじゃねえか?俺も天子さまに謁見したけどよお、そんな悪いお人には見えなかったぜ?絵解きってのがなんなのかわからねえけど俺はおもしろいと思うぜ」


 おそらくデキウスの天子の印象は大秦国(ローマ)の使節として謁見したときのだろう。

 後押ししてくれるのはありがたいのだが、いくらなんでもデキウスの言葉は楽観的にすぎる。淳于瓊(じゅんうけい)は白馬寺を騙してまで巻き込むのは本意ではない。淳于瓊(じゅんうけい)はデキウスに釘を刺しておくことにした。


 「たしかに天子さまは悪人とは言えないかも知れない。けど決して寛容なお方でもない。そうだな〜、ネロに似ているといえば大秦国(ローマ)人のデキウスにも分かるかな?」


 「ネロか・・・」


 大秦国(ローマ)皇帝ネロ。キリスト教徒を処刑したために後世からは暴君の代名詞であるかのように伝えられるネロであるが、デキウスのような五賢帝時代の大秦国(ローマ)人にとっては少し違う。


 「もともと王族として恵まれた暮らしをしていたこと、年少で政治的思惑により傀儡の皇位につけられたこと、成長後に親族を粛清して実権を掌握したこと、天子さまはネロと良く似た経緯を辿ってきている。苦労も知らずに皇位についたから困難に直面すると簡単に投げ出してしまうし、批判に対しても耐性がないのさ」


 淳于瓊(じゅんうけい)はデキウスに説明しながら両者の相似点を改めて認識する。


 おそらく性格もネロに似ているのだろう。ネロがギリシア詩歌の世界に逃げたように天子は老子に傾倒している。現実逃避という意味では同じだ。悪い人間なのではない。ただただ自分に甘いだけなのだ。そしてそんな人物がトップに祭り上げられてしまったことが本人にとっても周りにとっても不幸を呼ぶのである。


 「ふうむ、その大秦国(ローマ)のネロとやらはどうなったのだね?」


 「優秀な将軍を粛清して軍の支持を失った挙句に叛乱を起されて殺されたよ。ネロを最後に神君(アウグストゥス)の血筋が絶えてよお、あやうく大秦国(ローマ)が滅亡するところだったんだぜ」


 苦い顔で支楼迦讖(しるしかん)にデキウスが答えた。大秦国(ローマ)人にとっての黒歴史なんだろう。


 "優秀な将軍ってコルブロのことか。パルティア戦役でネロをうまく煽てて(・・・・・・・・・)和平を実現したんだよな。後にネロに疑われて自死に追い込まれるんだったか・・・ん?うまく煽てて(・・・・・・)・・・か"


 アルメニアの王位を親ローマの人物とするかパルティアの王弟とするかという問題が立ち上がりローマとパルティアが対立した際に、名将コルブロは皇帝(ネロ)にパルティアとの決戦を命じられるのだがなんとコルブロはパルティアとの和平案をまとめてしまったのである。

 パルティアとの決戦を望んでいたネロの思惑とはまったく違う展開であったが、ローマ市民の前でパルティアの王弟がひざまづき皇帝(ネロ)が手ずから王冠を授けるというど派手な演出に舞い上がったネロはその和平案を了承したのだ。


 "コルブロはネロの虚栄心をくすぐってうまく望む方向に誘導した。これはいいお手本になるぞ。うん、つかえる!天子を説得する勝算が見えてきた!"


 「支楼迦讖(しるしかん)、天子さまをうまく説得する方法が見えてきた。改めて頼む。協力してくれ」


 結局 淳于瓊(じゅんうけい)に押し切られる形で支楼迦讖(しるしかん)は絵解き(紙芝居)の上演に協力するすることを承諾した。



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 支楼迦讖(しるしかん)の承諾を受けて淳于瓊(じゅんうけい)城門校尉(じょうもんこうい)竇武(とうぶ)に連絡をとった。自らの上奏文が直接の賈彪(かひょう)捕縛の原因となったからか竇武(とうぶ)は非常に親身になってくれた。手紙を出して二日後には直接 淳于瓊(じゅんうけい)と会う機会を設けてくれたのである。


 「賈彪(かひょう)どののことはすまなかった。上奏の結果私はどうなってもよかったのだが賈彪(かひょう)どのに矛先が向かうとは思わなんだ」


 竇武(とうぶ)は三輔(関中の中心部)の名族の出身だ。なかなか立派な風格であるがやや表情がやつれている。地元は夷狄(いてき)の侵寇の脅威にさらされ、都では清流派の弾圧が続く。心労が絶えないのだろう。


 「竇武(とうぶ)さまは天下の為に動かれたのですから謝罪などされる必要はありません。師の賈彪(かひょう)も覚悟して洛陽に入ったのですから。ただ、獄でどのような扱いを受けているかが気がかりなのですが」


 「清流派に対して拷問などはおこなわれておらん筈だ。それに賈彪(かひょう)どのほどの高名な士であれば獄吏もそれほど非道い扱いをすることはあるまい。少なくとも現時点ではな」


 現時点では、ということは裏返せばいつ拷問が始められるか分からない状況でもあるということだ。やはり救出作戦を急がなければならない。


 「竇武(とうぶ)さま、手紙でお願いした計画なのですが・・・」


 「絵解き(紙芝居)を使って宮中に入り込むというやつか。絵解きが何であるかよく判らんのだがそれがおもしろい見せ物であれば娘(皇后)に手紙を出して後宮に招くよう勧めることは可能だろう。まずは城門の兵士の営巣で上演してみるとよい。そこで好評ならば手紙を書くことにしよう」


 「ありがとうございます」


 あっさりと引き受けてくれてほっとする淳于瓊(じゅんうけい)竇武(とうぶ)が釘をさしてきた。


 「しかし娘への手紙は全て宦官の検閲が入ることになる。あくまでおもしろい見せ物を呼ぶように勧めるだけにとどめねばならん。天子さまを説得する際に娘の助力を求めることはできんぞ」


 「それでよろしいかと。あとひとつ、他の演目もあるようだから気に入れば御所望されるように、と書き添えていただけますか?」


 「それぐらいならよかろう。しかしいったいどうやって天子さまを説得するというのだ?いまの天子さまはまるで聞き耳を持っては下さらんのだぞ」


 竇武(とうぶ)は首をかしげる。淳于瓊(じゅんうけい)としてはまさか天子を煽てて・・・とは言えずなんとか言葉を濁して竇武(とうぶ)のもとを辞したのであった。



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 こうして洛陽の城門の兵士たちを相手に大漢西域記(西遊記)の上演が行われる運びとなった。


 講釈部分を淳于瓊(じゅんうけい)、孫悟空を波才(はさい)、猪八戒や沙悟浄ほか男性キャラが陳良(ちんりょう)、お釈迦様や三蔵法師にその他女性キャラが張青(ちょうせい)でおこなう。支楼迦讖(しるしかん)は白馬寺のていを為すためのつきそいだ。


 最初は初めて目にする都の城壁の威容に圧倒され初対面の兵士たちを前にしてガチガチでまともに上演できなかった陳良(ちんりょう)たちも、いくつかの城門を巡りつつ十日もすると見物人を楽しませることができるレベルにまで成長した。

 もともと漢は大秦国(ローマ)よりも生産性が高い超先進国だ。庶民の娯楽が大秦国(ローマ)と比べて未発達なだけで潜在的な需要は高くて当然といえる。兵士たちから喝采をもらいながら淳于瓊(じゅんうけい)は手ごたえを感じていた。

 

 この段階で竇武(とうぶ)から娘の皇后へ手紙をだしてもらった。その後も昼は洛陽城内で西遊記を、夕方白馬寺に引き上げてからは隠し玉の封神演義の特訓を続けていく。そしてさらに十日がたった四月末、白馬寺に宮中より遣いが訪れたのである。


 後宮より呼び出しが届いたのであった。


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