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淳于瓊☆伝  作者: けるべろす
賈郷篇2
52/89

第48話 実りの秋~医療篇~

神農本草経・・・




2013/03/23 誤記訂正しました。ご指摘ありがとうございますm(_ _)m

 '黄帝内経(こうていないきょう)'を入手した淳于瓊じゅんうけいはその内容の広汎ぶりに目をみはった。漢方(薬草)に関する記述はもちろん人体のツボに関する記述もありしかも図解つきで非常に使えそうであった。もっともその他には流行の陰陽五行やら占星術やら果ては房中術の類までもが載っていて、なるほど真面目な賈彪(かひょう)が渋い顔をしたのも頷ける内容であった。


 とにかく薬草に関する記述を抜き出していく一方で、淳于瓊じゅんうけいは賈郷に昔からいる薬師に協力を仰ぎ賈郷かごう周辺の薬草探索(フィールドワーク)を開始した。そして薬師の持つ知識と書にかかれた内容の照合を進めていったのである。



 「奇妙の坊、これが(くず)の根っこだ。これを粉にして煎じて飲めば痛みが和らぐんだ」


 「へえ、あっこれにも載っていますよ。実物は絵よりも葉っぱがだいぶでかいですね。鎮痛作用のほかに発汗作用もあるって書いてありますよ」


 「ほう、それは知らなんだな。親父からはそんな効果があるって話は聞いてねえが、言われてみりゃそういう効果もあるかもしれねえな。まったくその書にはいろんなことが書いてあるんだな」


 こんな感じで賈郷かごうの周辺を走り回っていく。


 「奇妙がなぜ最初に文字を教えたのかようやく分かったわ。効率がまるで違うのね」


 薬草探索についてきている張青(ちょうせい)がしみじみと話しかけてきた。文字の読めない薬師たちには結局自分で見聞きした知識以上のものはない。淳于瓊じゅんうけいはいきなりそれに書に載っている知識を上積みして自分のものにしようとしているのだ。


 「そういうこと。しかも後から書を見返せばいいからその場で全てを覚える必要もないしね」


 順調に進む薬草探索(フィールドワーク)淳于瓊じゅんうけいはホクホクであった。


~~~~~~~~~~~~


 「奇妙の坊、今日は三十四戸の聞き取りをおこなってきたぜ」


 郷に戻ると留守番をしていた陳良(ちんりょう)が頼んでいた調べ物の結果を持って報告にやってきた。


 「おう、ごくろうさま。じゃあ早速結果を教えてくれ」


 「まず尚里の李さんとこだが、昨年ひとり男の子が生まれて元気に育ってる。3年前にも男の子が生まれてるが生まれて1ヶ月もせずに死んでしまったそうだ。それから・・・・」


 そう、淳于瓊じゅんうけいは賈子たちをつかって、賈郷かごうの戸籍をもとに全ての家の訪問させて聞き取り調査を実施していたのだ。目的は出来るだけ正確な過去の死亡率を算出するためである。


 実際の死亡率は戸籍を見るだけでは分からない。なぜなら子どもや奴婢(ぬひ)はそもそも戸籍に乗っていないまま死亡しているケースが多く、死産に至ってはカウントされることすらないからだ。そのため直接賈子たちが足を運んでの聞き取りが必要なのだった。


 「これでほぼ全部の(いえ)を調べおわったんじゃないか」


 「ああ。これでようやく今後の目標をたてることが出来るよ」 


 賈子たちが聞き取り調査によって明らかになった数字は、予想はしていたがひどいものである。


 「人口2000弱の賈郷(かごう)で大体年間100人前後の赤子が生まれてる。ただ成人(15歳)まで育つことが出来る生存率は5割以下、平均寿命は25にも満たないってか・・・。まあこれだけ子どもが死んでると平均寿命は指標としてはあまり意味がないな。なんぼなんでも乳幼児の死亡率がひどすぎる」


 なんと4人に1人は生まれて1年もたたずに死んでおり、そのなかでも生後1ヶ月以内に死んでしまうケースがおよそ7割も占めていたのである。 


 「おや、昨年生まれた赤子の死亡率は2割を切っていますね。5人に1人も死んでいない」


 集計を手伝っていた陳正ちんせいが指摘する。彼は文字を覚えるのが早いだけでなく計数にも強かった。


 「たしかに少し良くなっている気がするな。便所や蚊帳の普及が効果をあげているのか?」


 淳于瓊じゅんうけいはそう考察するが、今さら元に戻して検証するわけにもいかない。そのことはひとまずおいて淳于瓊じゅんうけいは目標の設定をおこなった。


 「よし。短期の目標を生まれた赤子の1年以内の死亡率を2割から1割以下へ、中期の目標を成人(15歳)生存率を5割から6割6分へとするぞ」


 「目標が控えめすぎない?5割と6割6分ってそこまで変わらない気がするんだけど」


 張青(ちょうせい)淳于瓊じゅんうけいの設定した目標に疑問を呈してきた。


 「そんなことはない。張青(ちょうせい)は女の人が生涯でだいたい何人ぐらいの子どもを産んでいると思う?」


 「うーん、多い人も少ない人もいるけど、だいたい4人くらいかな」


 「その4人の子どもが男2、女2だとして成人生存率が5割なら成人できる女は何人になる?」


 「ええと、女の子が2人の半分だから1人ね」


 「そう成人の女の人が4人産んで1人の女の人が成人できるって計算だ。別の言い方をすれば女のひとが4人の子ども産んでようやく人口が維持できるってのが成人生存率5割ってことなんだ」


 「そういうことか。じゃあ現状ってかなりぎりぎり?」


 「そうだ。賈子が増えた分をのぞけば賈郷(かごう)の人口ってずっと横ばいのままだよ」


 そう言って淳于瓊じゅんうけいは溜め息をついた。出生率が2を大きく割り込んだ現代の感覚からすれば4人の子どもを産むというのは相当の子沢山だ。しかも毎回の出産が命がけである。それでも人口維持が精一杯というのだから大変だ。


 「待ってくださいよ。つまり中期目標の成人生存率が6割6分ということは3人に2人は成人になれるということなんですよね」


 頭のいい陳正ちんせいが中期目標の数字の意味に気がついた。


 「その通り。それなら女のひとが生涯に3人産めば人口が維持できる計算だ。もちろんそれ以上産めれば郷の人口はどんどん増えていくことになる」


 成人生存率が5割と6割6分の違いはピンとこなくても、人口を維持できる出生率のラインが4から3に下がると考えればその違いの大きさがわかるだろう。


 「なるほどわかりました。しかし奇妙さま、実際になにをしていくのですか?'黄帝内経(こうていないきょう)'の漢方がそこまで効くとは・・・?」


 波才はさいが質問してきた。もともと賈郷(かごう)の周辺に自生している薬草はこれまでも薬師が利用してきたものが多い。そして利用してきてなおこの数字なのだから波才はさいが懸念するのも当然だろう。


 「もちろん漢方は使っていくけどあれはあくまで補助的なものとしてだな。それより、とにもかくにも生まれて1ヶ月以内の新生児の死亡率が高すぎる。これを下げないとどうにもならないことが数字ではっきりしてるんだ。産院を設立するぞ!」


 淳于瓊じゅんうけいはそうぶち上げたのだが他の面子は意味が分からず首をひねっている。


 「産気づいた妊婦を入院させてそこで出産をしてもらう場所だよ。そこでは妊婦や産婆には手を徹底して洗ってもらい、清潔な服を着て、口覆(マスク)もつけてもらう。もちろん赤子用の産着も清潔なものを用意する」


 「私の姉さんのときのことを大掛かりにやるわけね」


 張青ちょうせいが昨年のことを思い出して楽しそうにはしゃぐ。


 「産院の役割は出産だけじゃない。赤子が生まれてからも20日は入院してもらう。その間、外部との接触は例えそれが父親であっても最小限に制限する」


 「20日!?その間、父親でさえ子どもに会えないってこと?」


 皆が常識外れのやり方にぎょっとする。生まれたばかりの赤子の顔を見ていたいというのは当然の人情だが、それでも赤子の生存率を少しでも上げるためなら出来ることはなんでもするつもりであった。


 「父親も手足を洗い、清潔な服に着替えて、口覆(マスク)をつければ会える。それでも事実上かなり制限することになるだろうけどね。べつに子どもに会うのが制限されるのがいやなら今までどおり家で出産すればいいんだ。産院を利用するかどうかはそれぞれの(いえ)で選んでもらうことにしよう。それなら産院を利用した赤子と利用しなかった赤子の生存率の比較もできる」


 このあと淳于瓊じゅんうけい賈彪(かひょう)朱丹しゅたんを(具体的な数字をもって)説得にあたり産院の設立にこぎつける。


 母子の入院期間が長く赤子にもなかなか会えないとかなり厳しい条件であるため、産院の利用者は当初伸び悩むことになる。それでも半年もたたない内に'産院を利用した赤子は死なない'と誰の目にも明らかになると徐々に産院を利用する者が多くなり一年もすると誰もが当然のように産院を利用するようになる。これにより賈郷かごうの人口は確実に増加することとなるのであった。

人口が増えれば次は農業生産ですね

次話は農業篇です

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