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淳于瓊☆伝  作者: けるべろす
賈郷篇2
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第43話 遠方より友きたる

新章に入ります

延熹えんき9年(166年)8月〜潁川(えいせん)


 苗代(なえしろ)を利用した新しい米作が豊作となり食糧危機を完全に脱した賈郷(かごう)定陵(ていりょう)県の役所からある知らせが届いた。

 その知らせは涼州にいる兄を案じて鬱々とした日々を過ごしていた淳于瓊(じゅんうけい)を非常に興奮させるものであった。


 「本当ですか!?」


 「あ、ああ。賈郷はこの辺りでは飢饉の被害が浅かったからな。日南郡(現ハノイ)から洛陽へ向かう大秦国(ローマ帝国)の使節を一晩迎えることになった。おい奇妙、浮かれるのはいいが礼を欠いてはならんぞ」


 そう告げた賈彪(かひょう)淳于瓊(じゅんうけい)の舞い上がりっぷりを見て不思議に思った。たしかに白馬寺の僧である支楼迦讖しるしかん)と意気投合するなど西方の文化に理解があるとは思っていたが、それにしてもはしゃぎ過ぎであった。


 賈彪(かひょう)がそう思うのも無理はない。なんせ同時代の人間にしてみれば遠い異国(ローマ)の使節が来朝したことより目先の飢饉や異民族侵寇の方がよっぽど重大事であるのだから。清流派と濁流派の争いもますます激しさを増し緊迫している。


 だが淳于瓊(じゅんうけい)にとっては違う。なんせ資料に残る限り古代を代表する超大国である漢とローマが直接交渉した唯一の例なのである。


 "マジかよ!大秦国王(だいしんこくおう)安敦(あんとん)の使節が来朝って世界史の年表に必ず載ってる古代の一大イベントじゃねーか!スゲー!"


 ひとしきり興奮した後、ようやく冷静さを取り戻した淳于瓊(じゅんうけい)はこのイベントにどう関わるかの思案を始めた。


 "まずはサシで話す機会をなんとか作ってもらわないと。たぶんそれはなんとかなる。あとは限られた時間でうまく相手に認めてもらわないとな"


 ただの子どもと見られて適当にあしらわれては面白くない。そうならないよう何か向こうの度肝をぬくサプライズが欲しいところだ。


 "よし、アレでいこう"


 淳于瓊(じゅんうけい)はぶつぶつとつぶやきながらあるものを地面に描きはじめた。




--------

 それから10日がたち、いよいよ大秦国の使節が賈郷にやってきた。しかしあれほど興奮していた筈の淳于瓊(じゅんうけい)はなぜか苦虫を噛み潰したかのような表情をしていた。


 「奇妙さま、大秦国王の貢物すごいですね。(さい)の角に象牙、タイマイ、そして(ヒスイ)ですって!」


 「紫雲(しうん)、それ大秦国(ローマ)ちゃう。印度(の土産)や!」


 無邪気な波才の感想に突っ込みをいれながら淳于瓊(じゅんうけい)は頭を抱えてしまった。


 "まさか古代史におけるビッグイベントが蓋を開けてみればただの山師だったとは。ローマなら大理石の彫刻(レリーフ)とかガラス細工とかあるだろうに、大秦国(ローマ)なのに浪漫(ロマン)もクソもないって駄洒落(だじゃれ)てる場合じゃねえ・・・ "


 よくよく考えてみれば意味もなくローマの皇帝が漢の皇帝にいきなり貢物を届ける筈がない。お互いに臣礼をとるなどあり得ない立場だし、対等に同盟を結ぶにしては余りに離れ過ぎていてメリットが無いからだ。大秦国(ローマ)は東方の安息国(パルティア)、現在のイラン〜イラク東部を中心とした大国、と対立しているが、安息国(パルティア)と漢は国境を接しているわけでもないので漢にできることはない。


 "そういえば、漢の絹がローマ貴族に珍重されて何十倍もの値段で取り引きされたとかいう話があったな。・・・ん、まてよ?そうか!"


 漢から大秦国(ローマ)へ運ばれる物品には、敵国の安息国(パルティア)を通る際にとんでもな税金(中間マージン)が課せられている。

 ならば安息国(パルティア)を通さない交易路で運べば莫大な利益をあげることができじゃないか、と考える人間が出てきてもおかしくない。この場合なら海路だ。アラビア半島からインド大陸へインド洋を横断すれば安息国(パルティア)を通らなくて済むし、さらにインドから東南アジアを通って漢に至る海路を開拓すればさらに利益をあげることができるだろう。


 "この予想が当たりなら、山師どのは商人としてはかなりの人物だな"


 本気で新しい交易路を開こうとしているならばその発想は並の商人のそれではない。皇帝の使節を(かた)るのはどうかと思うがそれも胆力があると評価できなくもない。


 淳于瓊(じゅんうけい)は気を取り直して予定通りのプランでいくことにした。




------

 その夜、淳于瓊(じゅんうけい)賈彪(かひょう)の許可をもらい使節の代表である男の部屋に赴いた。男は彫りが深くブラウンの瞳を持つ精悍な顔立ちをしていた。


 「淳于瓊(じゅんうけい)、小字を奇妙といいます。こちらは波才、小字を紫雲です。どうしても大秦国(だいしんこく)のお話しを伺いたくて時間をいただきました」


 「ほう、これはまた随分とかわいい来客だな。デキウス=アウレリウス=アラブスだ。なんでも聞いてくれ」


 子どもと思って気を抜いているらしく、通訳を通してにこやかに対応してくるデキウスに淳于瓊(じゅんうけい)はさっさと先制パンチを入れて自らの土俵に引き込むことにした。


 「アウレリウスとは皇帝(インペラトール)と同じ氏族名ですね。使節に選ばれていますし皇帝と所縁のある方なのでしょうか?属州アラブの出のようですが?」


 淳于瓊(じゅんうけい)の言葉にデキウスがギョッとする。まさか漢の普通の子どもにローマの知識があるとは思ってもみなかったのだろう。

 そのデキウスの反応を見て使節というのが(かた)りだと確信した淳于瓊(じゅんうけい)はさらに畳み掛けることにする。淳于瓊(じゅんうけい)は懐より一枚の紙を取り出してデキウスに差し出した。


 「これをご覧ください」


 「ほお、漢の紙ですな。これほど上質なものが地方でも手に入るとは流石に・・・」


 警戒しながらも手に取った紙を興味深げに眺めていたデキウスの声が途中で震えだした。彼は驚愕の表情で渡された紙を食い入るように凝視している。


 「こ、これをいったい何処で?」


 かろうじて絞り出すような声で質問してきたデキウスに淳于瓊(じゅんうけい)は軽く答えた。


 「私がいままでに得た知識をもとに描いたものですよ」


 そこに描かれたのは世界中の誰もみたことのない、普通はそれがなにであるか想像もつかないであろう代物であった。


 淳于瓊(じゅんうけい)は10日間 地面に下書きを繰り返し前世の記憶を総動員して世界地図(白地図)を書き上げたのである。

西はブリテン島、スペインにアフリカ大陸、東は日本列島やシベリアまでが描かれていた。南北アメリカとオーストラリアはさすがにいれていないが、それでも後世の史家がこれをみれば卒倒すること間違いなしの一品である。


 "世界地図であることを理解したか。やはりかなりデキる人なんだな。(よしみ)を通じて損はないかな"


 淳于瓊(じゅんうけい)はインドを中央にユーラシア大陸とアフリカ大陸を描いており、たとえローマ人でもそうそうは理解出来ないようにして目の前の男を試してみたのだ。


 「そちらはお近づきのしるしに差し上げますよ」


 「よいのか!?」


 デキウスが驚きの声をあげた。その地図の価値が判るということで淳于瓊(じゅんうけい)はデキウスの評価をさらにあげる。


 「はい。デキウスさんとはこれから永く協力していきたいので」


 「どういう意味かね?」 


 最初のときとは違い淳于瓊(じゅんうけい)を子ども扱いせずにデキウスが真剣に聞き返してきた。どうやら対等の交渉相手として認めてもらえたようだ。ここまで仕込みは上々である。


 「デキウスさんの手助けをさせて頂きたいのですよ」


 淳于瓊(じゅんうけい)はデキウスが偽の使節であると感づいていることはあえて口にせず用件を切り出した。史書に記述が残っているのだからデキウスの貢納は問題なく認められ、貢納した以上の下賜品をもらえることになるだろう。だがデキウスが目的が南方航路を開くことにあるならばそれだけでは満足できない筈だ。


 「漢の人間は南方の産物についてほとんどなにも知りません。誰も知らないものを(さば)くのは骨が折れますよ。値段も足元を見られるでしょうね。まあ(漢の物品を)買い付けるだけでも利益が出せるのかもしれませんけど。いずれにしても漢人の協力者が必要ではありませんか?」


 淳于瓊(じゅんうけい)はデキウスの真の狙いに沿った提案をおこなう。デキウスはゴクリと唾を飲み込んだ。


 「君がその協力者に立候補するのかね?」


 「はい。その紙に描かれたものをみれば私以上の適任はいないと思われるのではないですか?それにこの賈郷(かごう)がある潁川(えいせん)郡は都に近く南方北方をつなぐ交通の要衝にあります。場所的にも不足はないでしょう」


 「君の見返りは?なぜそのような提案を?」


 都合が良すぎる話にデキウスは戸惑いが隠せない。


 「どうしても欲しいものがあります・・・」


 香辛料や果物、そしてなにより甘味料、サトウキビとか砂糖黍とか砂糖キビとか・・・。そう、転生して以降ほとんど口にすることのなくなった甘味に淳于瓊(じゅんうけい)は切実に飢えていたのである。甜菜(テンサイ)も探しているが伝聞でも手掛かりが掴めていない中で南方からの砂糖キビへの期待は大きい。


 この夜 賈郷で夜更け過ぎまで話し込む二人の姿があったのであった。

大秦国安敦の使節が偽物というのは独自解釈です。

ローマの覇権に従う見返りに贈り物をする例は数あれど、対等同盟のために贈り物をするという弱気な交渉をローマがするのかという疑問。

それ以前に漢が対等同盟を受け入れたのかという疑問。

質素を好んだ哲人皇帝マルクスが漢の贅沢品目当てに使節を派遣するということに対する違和感。

パルティアを避けるだけならインドから漢へは陸路でもいいのにあえて海路を使った不自然さ。

これらの疑問と贈り物がインドの産物であることと併せて、使節の正体をインドを拠点にするローマ人商人としてみました。


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