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淳于瓊☆伝  作者: けるべろす
涼州侵攻篇
46/89

閑話 草原の覇王

今回の話の登場人物たちは主人公達とからむことはないので

出てくる人名や地名は流してもらって大丈夫です


次話より主人公、淳于瓊(奇妙)サイドの話に戻ります。

并州へいしゅう雁門(がんもん)より北に数百里、弾汗山(だんかんざん)大人庭(だいれんてい)鮮卑(せんぴ)の有力者たちが集結していた。


 「烏桓(うがん)丘力居きゅうりききょが(幽州(ゆうしゅう))遼西(りょうぜい)遼東(りょうとう)への侵寇を開始しました」


 「南匈奴(みなみきょうど)居車児きょしゃじもすでに涼州の安定(あんてい)郡、北地(ほくち)郡を荒らしまわっています」


 鮮卑(せんぴ)族の大人(だいれん)(部族長)、檀石槐たんせきかい蹋頓(とうとん)の報告に満足げにうなずいた。鮮卑(せんぴ)族の支配下にある烏桓(うがん)南匈奴(みなみきょうど)檀石槐たんせきかいの指示通り漢への進攻を始めている。


 「東羌(とうきょう)の状況はどうだ?」


 東羌(とうきょう)族は鮮卑(せんぴ)族の支配下にいるわけではないが昨年より秘密裡に交渉を重ね、時を同じくして漢への侵寇を開始することになっていた。


 「彼らも涼州の金城(きんじょう)郡、漢陽(かんよう)郡へ攻め込んだようです、ただ…」


 と、ここで蹋頓(とうとん)が言い淀んだ。


 この烏桓(うがん)より事実上の人質として寄越された青年はなかなか優秀であり檀石槐たんせきかいは重宝していた。


 「なにか問題が起きたのか?」


 「はい、漢陽(かんよう)の守りが思いの外かたく、なかなか成果が上がっていないようです」


 檀石槐たんせきかい)は眉をひそめた。事前の調査では漢陽郡の太守は取るに足らぬ人物で苦戦することはないとの予想であったのである。


 今回の大規模な侵寇の最終目的地はけっして辺境の幽州ゆうしゅう并州へいしゅう、涼州などではない。肥沃な土地が広がる司隷(しれい)西部・関中と呼ばれる地方こそが檀石槐たんせきかい)の真の狙いであった。


 しかし前漢の都、長安がある関中地方に攻め込めば、いかに清流派と濁流派が対立し混乱している漢といえども本腰をいれてくることは間違いない。


 それでも侵寇をあきらめるには関中の地は魅力的に過ぎた。三方向から鮮卑せんぴ南匈奴みあみきょうど東羌とうきょうが時を同じくしてなだれ込み、漢軍を翻弄しつつ荒らし回れば十分に勝算があるというのが檀石槐たんせきかい)の見込みであった。東方で幽州に攻め込んだ烏丸(うがん)は雁門に駐屯する漢軍への牽制としていきてくるだろう。


 古来より北方異民族の中原へ侵寇は頻繁に行われてきた。侵寇と撃退の繰り返し、それが中国史であるとさえいえる。その中でも多民族をまとめあげ戦略を持って中原へ兵馬を進めた最初の人物こそ、檀石槐たんせきかい)である。


 檀石槐たんせきかい)はまだ鮮卑(せんぴ)匈奴(きょうど)の支配下にあったころ、父親が匈奴(きょうど)に兵として取られている間に生まれた。彼は不義の子と疑われ殺されかけたため母親の部族で育てられたのである。

 長じて檀石槐たんせきかい)は勇敢な少年となった。母親の部族の家畜が奪われると単身追いかけて奪い返すなどその勇敢さが評判になると多くの部族がその支配下に集まるようになり、やがて鮮卑(せんぴ)族の大人(だいれん)(部族長)となったのである。さらに彼のその公正な態度が広まると他の民族、烏丸(うがん)や分裂した南匈奴(みなみきょうど)までがその支配下に入り北方に一大王国を築き上げていたのだった。


 その生い立ちと半生は千年後に現われる英雄・チンギスハーンを髣髴(ほうふつ)とさせる。

 ただ二人の英雄の間には決定的に異なる点があった。


 檀石槐たんせきかい)にはジョチやムカリのような戦略戦術の両面で信頼して任せることのできる優秀な方面軍司令官はいなかった。また楚材やヤラワチのような攻略した地に適した統治システムを築くことのできる文官もおらず、なによりオゴティやトゥルイのような大事業をさらに発展させることのできる優れた後継者を得ることはなかったのである。

 鮮卑せんぴ族は彼の死後は分裂を繰り返し急速に勢力を落とすことになる。それゆえ漢はほんの少し、董卓や曹操があらわれるまで命運が尽きるのを先延ばすことができたのである。

 



 "もし東羌(とうきょう)が漢陽郡を抜けず関中に攻め込めないとなれば目算が狂ってくるな"


 慎重な思考に沈んでいた檀石槐たんせきかい)の耳に成人したばかりの不肖の息子、和連(かれん)の声が響いてきた。


「はん、(きょう)族は頼りにならねえな。なあに、漢ののろまどもなんざ俺らだけでも充分さあ」


 威勢ばかりで中身のまったく伴わない発言であったがそれでもその場は沸き返った。


 それを見た檀石槐たんせきかいは嘆息した。檀石槐たんせきかいを大戦略を理解できているものは人質兼客将の蹋頓(とうとん)ぐらいしかおらず、他の皆の頭の中はもう肥沃な土地を襲って得られる収奪品のことでいっぱいのようであった。


 "今さら侵寇を止める訳にはいかぬか"


 北方で数年来うち続く旱魃の影響は配下の諸部族を苦しめている。嫌な予感を振り払って檀石槐たんせきかいは号令をかけた。


 「我ら鮮卑(せんぴ)族も遅れをとるわけにはいかん。并州へいしゅう朔方(さくほう)郡へ兵馬をすすめるぞ。蹋頓(とうとん)弾汗山(だんかんざん)に残り烏桓(うがん)と連携しつつ雁門(がんもん)の漢軍を牽制せよ!」


 こうして"一代の英雄"にして"草原の覇王"たる檀石槐たんせきかいは本格的にその牙を漢に突き立てようとしていたのであった。

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