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淳于瓊☆伝  作者: けるべろす
涼州侵攻篇
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第39話 少年よ大志を抱け

 「ハァッ!」


 先手をとったのは 麴義(きくぎ)であった。一同は麴義の剣の(はや)さに目を見張る。


 カン、カン、キン、ガキィッ!


 樊稠(はんちゅう)に休む暇を与えることなく左右から次々と斬撃を浴びせていく。それに対して樊稠は反撃を試みることなく防御に徹して防ぐのみ。


 「なかなかやりますな!どうやら口だけでは無かったようですな」


 姜翔(きょうしょう)が感心したように話し、淳于沢(じゅんうたく)賈詡(かく)もそれに同意して頷いた。しかし母親の姜嫗(きょうおう)の見たてだけは少し違った。


 「どうだかね。でかい方(・・・・)はまだ余裕があるみたいだよ」


 この言葉に一同の視線が樊稠に集まる。たしかに樊稠は息を切らすこともなく、最小限の動きで斬撃を防いでいる。どちらかというと麴義の方が息が上がってきているくらいだ。


 「どうした!手も足も出ないか!」


 麴義が吠えるが、その表情には言葉とは裏腹に焦りの色が見える。対象的に樊稠の表情には笑みさえ浮かんでいる。その余裕が麴義をさらに逆上させるのであった。


 「舐めるなあ!」


 頭に血がのぼった麴義の剣はやがて雑な大振りになっていく。そしてその隙を樊稠は見逃さなかった。


 「そうらぁっ!」


 受け止めてきた剣撃をいきなり受け流し、麴義の体勢がくずれたところに樊稠が体重の充分に乗った一撃を撃ち込んだ。大振りになっていた麴義にはこの一撃を耐え切ることができなかった。かろうじて剣で受け止めたものの後方へと吹っ飛ばされ、転倒した際に剣を手放してしまう。勝負は樊稠の一撃で決まりであった。


 「それまでのようだね、でかい方(・・・・)の勝ちだよ」

 

 あっけない決着に呆然としていた麴義は姜嫗の宣言を聞いて悔しそうに唇をかみ締め下を向いた。


 「そんな悔しそうな顔をするなよ。結構いいセンいってたぜ」


 「っ、気休めはいらないっ!真剣勝負のさなかに笑いやがって、ぜんぜん余裕だったじゃないか!」


 樊稠が言葉をかけたが若い麴義は反発する。彼にとっては初めての敗北である。しかしそのことよりも'軽くあしらわれた'ことがより屈辱でならなかった。


 「ん?ああ、ありゃ余裕だったってわけじゃねえぞ。ちと昔を思い出しちまってな」


 ぽりぽりと頭をかきながら樊稠が説明する。曰く、彼もまた金城郡安夷県の田舎にいた時分は負け知らずで調子に乗っていたこと、しかし五年前にある人物にコテンパンに叩きのめされて目が覚めたこと、それ以来実戦の場に身をおいて腕を磨いてきたことなどを。


 「お前さん、人を切ったことがないだろう?」


 「何故わかる?」


 「お前さんの剣は確かに迅い。だがな、人を切るには軽すぎるんだよ。だから実戦で鍛えてきた俺らからすれば怖くねえし、落ち着いて防ぐことが出来るんだ。一対一の立合いってのは先に一本とったほうの勝ちだからどうしても(はや)さとか技とかを重視しがちになりやすいんだ。だが実戦てえのはそうはいかねえ。一撃に確実に仕留めるだけの力を込めなきゃ肉を切って骨を切られることになっちまうからな」


 「俺の剣は実戦では通じないと?」


 「まあこればっかりは実戦で経験を積むしかないな。だがこれまでの修練が無駄になるわけではないぞ。我流だけでは経験を積むとか言う前に実戦を生き延びることも覚束んからな」


 麴義はしばらく目を閉じて樊稠に言われたことを反芻していたが、やがて目を開くと樊稠に頭をさげた。


 「伯密(樊稠)どの、さんざん無礼な口をきいて申し訳なかった。どうやら俺は世間知らずだったようだ。許してくれ」


 「おう、気にするな。それより、これも何かの縁だ。一緒にこちらの県令どののもとで働いてみねえか?俺も今日来たばかりだが、なかなか楽しそうだしお前さんに必要な実戦経験も積めそうだぜ」


 樊稠が鷹揚に頷き、続けて麴義を誘った。経験が圧倒的に不足しているとはいえその腕は間違ない麴義を味方に引き入れれば役に立つだろうとの計算である。先ほど賈詡から匂わされた話からも使える味方を増やしておきたいところであった。


 「こちらこそ、そりゃ願ったりかなったりだが、いいのか?」


 麴義としても手本となる樊稠のもとで実戦経験を積めて、上手くいけば功績を挙げるチャンスも期待できるとなれば断る手はない。淳于沢のほうに顔を向けて確認する。


 「もちろん。仲武(麴義)どの、歓迎しますぞ」


 淳于沢らに否やのある筈もない。こうして樊稠に続き麴義も淳于沢のもとで働くこととなったのである。これまで信頼できる武官が周りにいなかっただけに、一日で二人の優秀な武官を手に出来たのは僥倖というべきであった。


 「そうと決まれば今宵はお二方の歓迎の宴ですな。どうぞ屋敷のなかへ」


 ここまで影の薄かった姜翔が場をまとめ、皆を屋敷の中へ案内していく。その最後方にいた麴義は樊稠に小さな声で話しかけた。


 「伯密どの、董羽林郎(董卓)とはそれほどの人物なのか?」


 「どういう意味だ?」


 「いくらなんでも、あんたほどの武を持つ人間をコテンパンにのせる人物がそうあちこちにいるとは思えない。五年前にあんたの目を覚まさせたってのは董羽林郎、その人だろう?」


 「・・・その通りだ。だがな董仲潁さまは武だけの御方ではないぞ。戦略の才にも兵をまとめる器量にも優れておられる。近頃涼州では安定郡の皇甫将軍の甥(皇甫嵩(こうほすう)のこと)あたりが名をあげているようだが、仲潁さまには及ぶまいて」


 「そうか、あんたがそこまで言うなら相当な人物なんだろう。立身して将軍になるにはまだまだ超えなきゃならん壁があるようだな。なるほど天下は広い。教えてくれて礼を言う」


 現実に目が覚めてなお大望を捨てていないようすの麴義に樊稠は苦笑を禁じえない。

 調子に乗せないために本人には言わなかったが、現時点でも羽林の中で麴義の剣を捌ききれる者など十人にも満たないだろう。案外この少年が順調に才能を伸ばしていけば主の董卓を超えることさえ可能であるかもしれない。


 「まあ、若くして大望を持つことは良いことだ。せいぜいそれを実現できるように頑張るんだな」


 樊稠はそう言って少年の背を叩きながら姜家の屋敷へと入っていった。

史実において董卓が実権を奪った際、麴義には

 同郷の董卓や李傕郭汜のもとに馳せ参じることも

 あるいは同じ涼州人でも皇甫嵩のように漢朝に忠義だてることも

 あるいは馬騰や韓遂らのように独立派として勢力を築くことも

涼州人としてさまざまな選択肢があったのなかで

彼はなぜか反董卓連合(韓馥→袁紹)勢力に身を置いています。

彼はいったいなにを考えていたのか、謎の人物です (´д`)??

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