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淳于瓊☆伝  作者: けるべろす
賈郷篇
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第3話 出発の前に

「潁川に行っても勉学をおこたるんじゃないぞ。」


淳于瓊、淳于沢、賈彪の三人は街の酒楼にきていた。兄弟の別れを翌日に控え、賈彪がささやかな宴を開いてくれたのだ。淳于瓊はもちろん果実水である。


「ご心配なく、兄上。それよりも、兄上の方がよっぽど心配です。間違っても無理をなさらず、安全な処に身をおくように心掛けてください。」


「言われなくてもそうするさ。前線に出たって足でまといにしかならないしな。それに今の護羌校尉は優秀みたいだし。」


「段紀明か…確かに優秀な武人ではある。」


「偉節さま、段校尉を御存知なのですか?」


淳于瓊は訊ねた。三国志にでてこない人物はわからない。


「ああ、涼州三明のひとりでな、腕はたしかだが少しやり過ぎるきらいがあってな、同じく涼州三明のひとりで度遼将軍の張然明とよくやりあっておったわ。」


「といいますと?」


淳于沢も訊ねた。新しい赴任先の情報は貴重である。


「うむ、張然明は夷狄の住む辺境は広大で戦って敗れても逃げ散るだけできりがなく、彼らは力ではなく徳を持って畏服させるべしという考えでな。


逆に段紀明は夷狄は一度服従しても食えなくなればすぐに漢に逆らうのだから歯向かう気がおきなくなるまでとにかく徹底的に叩くべしという考えじゃ。

奇妙よ、この二人の考えについてどう思う?」


今度は賈彪が淳于瓊に質問をしてきた。試す気がまんまんなのがバレバレで笑っているわりに目はマジである。


"さてどうしたものか。一般的な儒家なら当然張将軍の威服させる方針を推すのだろうけど…"

淳于瓊は二人の案のいいとこ取りで行くことにした。


「二人とも正しく、また間違っているとも言えましょう。辺境は広大で夷狄をいくら打ち破ってもキリがないというのは張将軍の主張する通りですが、一方で夷狄を服属せしめても食えなくなればすぐに漢に叛く段校尉の主張する通りだからです。」


「それじゃどうしょうもないじゃないか。」


淳于沢の情けない発言に苦笑しながら淳于瓊は続けた。


「まずは徹底的に叩く。そうせねば漢は侮られるのみで何も出来ないからです。

その上で降伏して来たものには漢のもとで食べていける方策を与える。徳ではなく実利で服属せしめるのです。食えなくなれば叛くということは、食わしてやる限り叛かぬということでもあるからです。

これこそが上策であろうと存じます。」


「そううまくいくかな?」


と賈彪。言葉とは裏腹に目を楽しげに細めている。


「難しいでしょうね。一将軍の権限では服属を認めることは出来ても生活の保障までは出来ますまい。政治政略の話になってきますからね。」


「そりゃ大変だな」


「な・に・を・他人事のように言っているのですか、兄上。たとえば羌が降ってきたその時機において、'たまたま''どこかの'県令が人手が必要である事業の上申書を出せばどうなるでしょう?とうぜん彼らを充ててくる可能性が高いと思われます。兄上は段校尉が勝って羌が降ってきたときの為に、彼らの生活手段を見つけておいてやるのです。」


「い、いや?いきなりそんなこと言われてもだな…」


「段校尉が負ければ一目散に逃げるのみです。勝ったときの準備こそ必要なのです。なにも難しく考えることはありません。市井の民や一般の兵たちになにが不満でなにが必要とされているかに耳を傾けていればよいのです」


「まぁそれくらいならなんとかなるか。いきなり信用はされないだろうから時間はかかるけどな。」


ため息をつきながらしぶしぶ頷く淳于沢であった。


「兄上が西方で信を得るのになにか特技があったほうがよいと思い、これを作ってきました」


そういいながら淳于瓊は包みを淳于沢に差し出した。


「おっ算盤(そろばん)じゃないか。いつのまに作り直したんだい?」


「その口ぶりからすると使い方も忘れていないようですね。よかったです。」


「あぁ、最初は戸惑ったけど慣れるとすこぶる便利だったからな」


「今回はちゃんと木で加工してありますから前回作より珠のすべりもいいし、ずっと丈夫になっているはずです」


「前回は貝殻だったもんなぁ…」


苦笑しながら淳于沢は算盤を受け取った。


「それはいったい何なんだ?」


賈彪はたまらず質問した。


「算術の補助器です。説明するより使って見せたほうが早いですね。偉節さま、兄上に算術問題を出してみてください。何桁でも結構です。兄上、練習がてらやってみてください。」


「ふむ。では伯簡殿、準備はよいかな?379に1046を加え3で割っていくらかね?」


「475です。」


即答である。賈彪もこれにはおどろいた。


「上の段の珠が5を、下の段の4つの珠ひとつが1を意味しています。

指が慣れればもっと桁が増えてもより早く、そして正確に答えを出せますぞ。」


こともなげに話す淳于沢に賈彪は二の句がつげなかった。奇妙に驚かされるのは慣れてきていたが、まさか伯簡にまで驚かされるとは思ってもいなかったからである。


「兄上、漢陽郡の冀は情勢によっては後方の兵站を担う重要拠点です。分配を迅速正確かつ、公正に行えば皆の信頼も容易に得られましょう。」


「ああ。これはありがたい。礼をいうぞ。奇妙」


「兄上にこれまで育てて頂いたのです。この程度のことなんでもございません」


淳于沢に預けた算盤が後に涼州で一波乱おこすことになるのだが、それは後日の話。

こうして淳于瓊の洛陽最期の一日がふけていったのであった。



ここらで登場人物紹介~


淳于瓊 字を仲簡 生年160年 幼名が奇妙

  生年は架空設定だが実在の人物。21世紀の前世の記憶を持つ。

 

淳于沢 字を伯簡 生年147年

  架空の人物だが淳于瓊は次男を意味する「仲」簡を字にしていることから、

  長男を意味する「伯」簡なる兄が実在したと類推される。善良にして凡庸。


賈彪 字を偉節 生年128年

  潁川郡定陵の人。生年は架空設定だが実在の人物。太学のエース。

  淳于瓊を引き取り育てることになった。

 

段熲(字を紀明)異民族弾圧派で165年当時は護羌校尉 

張奐(字を然明)異民族懐柔派で165年当時は度遼将軍

皇甫規(字を威明)皇甫嵩の叔父さんで165年当時は中郎将

三人とも涼州出身の名将であり「涼州三明」と呼ばれていました。(実在)

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