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淳于瓊☆伝  作者: けるべろす
涼州侵攻篇
39/89

第36話 評判の県令

随分と久しぶりの更新となります。

引き続き楽しんで頂けたらありがたいです。

これから週一ペースで更新できるように頑張ります。


※涼州篇は閑話ですまそうかと考えていたのですが、構想以上に長くなりそうなので新章となりました。

挿絵(By みてみん)


延熹えんき9年(166年)3月〜


 時は淳于瓊(じゅんうけい)賈郷(かごう)で野盗団と戦いを繰り広げていた頃にさかのぼる。


 長安から渭水に沿って西へおよそ1ヶ月、一人の男が涼州漢陽郡冀(りょうしゅうかんようぐんき)に到着した。

 城門で馬と(げき)をあずけて城市内に入った男は、その賑わいぶりに目を見張った。


 行きかう荷車の数、飛び交う商人たちの声。

 男は2年前にも冀を訪れたことがあるのだが、当時と比べるべくもないほど活気に溢れている。


 「どうなってんだ、こりゃあ?」


 その男、樊稠(はんちゅう)の口から驚きの声がもれた。


 樊稠は羽林郎の董卓(とうたく)に部曲(武将)として仕えており、并州雁門(へいしゅうがんもん)に従軍していたのだが、このたび董卓直々に冀の県令を護衛するよう命じられて涼州へ戻って来たところである。


 「ん~、驚いてる場合じゃねえか。県令どのへの挨拶の前にまずは腹ごしらえだ」


 腹が減っては戦はできぬ、とでもいったところか、樊稠は旨そうな匂いを表にまで漂わせている店へと足を向けた。その店では店主が串にさした羊肉を焼いていた。


 「おやじ、肉串を一本たのむ。あと何か飲むものもだ。酒はまだ用事があるからいらん」


 「へい、まいど。お客さん、旅の方ですかい?」


 樊稠のいでたちを見た店主が声をかけてきた。


 「ああ、先ほど冀に着いたところだ。2年ぶりに涼州に帰ってきたんだが、ずいぶん景気がいいみたいだな」


 「だんな、そりゃあ新しい県令さまのおかげさまでして」


 新しい県令というのは当然、淳于沢(じゅんうたく)のことであろう。事前にこれから訪れる人物の為人(ひととなり)を掴んでおくチャンスである。樊稠は店主に続きを促した。


 「いやあ、以前は他の城市と変わらんかったんですがねえ。それが昨年新しい県令さまが治めるようになってからはもう、まるで様変わりしたんでして」


 「ほう、というと?」


 「それがたいそう有能な県令さまらしくて、なんでも西涼への輜重(しちょう)は全て冀を通ることになったんでさあ。物があつまるところには商売人も集まるってことでして」


 「ふうむ、そうはいっても簡単におこぼれに与かれるものでもなかろう?」


 漢において商人の立場は決して高くない。どこの城市でも潤っているのは一部の御用商人と相場が決まっている。

 

 「たしかに以前はゴロツキみたいな兵士に押し入られたり、商品を二束三文で買い叩かれたり、苦情を訴えるにも袖の下が必要だったりで、まあ散々だったんですが‥」


 普段から軍事物資をくすねては売り捌き、ばれそうになれば商人から徴発したり買い叩いたりして補填をする。或いは市井の人々を雀の涙ほどの給金で徴発して物資輸送にかかる経費を節約し差額を着服する。

 多かれ少なかれこの涼州では何処ででも見られる光景である。


 「今は違うのか?」


 「へい。今度の県令さまはそもそも無茶な徴発やら徴用やらをなさらんし、買い取り額や労賃もちゃんと応分の支払いをしてくださるんで」


 県令、淳于沢にしてみればそのような知恵がまわらず(まわりに知恵をつける人間がおらず)、真っ当な取り引きをしているだけなのだが、それが周りからの評価を上げているのだった。


 「あっしら商売人にしてみれば納品した物の代金さえきっちり払っていただければ万々歳なんで。いまじゃ評判を聞きつけた周りの城市の商人連中までが冀に集まってきてこんなに賑わってるわけでさあ」


 横領や賄賂がまかり通る状況では金は権力者や一部商人の懐に入るだけで市中に廻らない。逆に普通に市中へ金をまわせば戦争特需によって自然と好景気となる。準戦時下の涼州には中央から巨額の軍資金がつぎ込まれているのだ。


 これが淳于瓊あたりならば’公共事業みおける乗数効果’という説明でも出してくるところだろうが、あいにく樊稠や店主にはそんな発想はない。


 "ふうむ、なかなか民からも慕われておるようだな。県令の護衛などつまらぬ役割かと思っておったが、少しはやる気をだすか"


 差別されることの多い涼州出身者にしてみれば、中央から涼州にやってきた官吏が善政をしいてくれているというだけで、充分に好感をもつ理由となりうる。

 樊稠は心中で淳于沢の評価を上方修正しながら、出されてきた羊肉にかぶりついた。


 「おお、旨い。やはり羊肉は涼州にかぎるな」


 子羊のそれを除けば羊の肉は一般的に臭みが出やすい。新鮮かつ丁寧に捌かなけれならないならないため、中央ではなかなか旨い羊肉を口できない。涼州は牧畜が盛んで比較的よい羊肉が手に入り易いとはいえ、それにしても上等な肉質であった。


 「へい、じつはこれも・・・」


 「おいおい、まさかこれも新しい県令さまのおかげとか言うんじゃないだろうな?」


 樊稠は冗談で混ぜ返したのだが、店主は大真面目にうなずいた。


 「いや冗談じゃありませんぜ。それがそのとおりなんで。県令さまは羌族の男たちを荷運びに雇われとるんですが、一緒に女子(おんなこ)どもも家畜ごと呼び寄せたんでさあ。男達が留守の間は城の近場で家畜の世話をしろっちゅうことで。おかげさまで新鮮な羊肉が冀の城内に出回るようになったちゅうわけなんで」


 異民族を労役や傭兵に雇うという構想自体は珍しいものではない。敵を減らし味方を増やす方策として淳于沢より前にも実際に何度か試されている。

 弟に東羌族が食べていける手だてを考えるように言い含められていた淳于沢が、輜重(しちょう)の運搬と警護に、と考えるのは不自然なことではない。


 しかしこれまで漢において幾度となく試された例は(ことごとと)く失敗に帰している。最初に淳于沢が賈詡(かく)(はか)ったときも、盗賊に宝物を預けるようなものです、とにべもなく却下されたのだった。


 その状況を打ち破ったのは淳于瓊であった。兄からの手紙で事情を知った淳于瓊が、信用できないのならば羌族の家族にも仕事を与える口実をつくり人質にとってしまえば裏切られる心配はない、とアドバイスしたのである。

このアドバイスを受けた淳于沢が再び賈詡に諮り実現の運びとなったのである。


 「ほう…」


 見事な手腕であるな、と樊稠はうなった。


 "気楽にかまえてたんだがな‥"


 肉を食べ終えた樊稠は賑やかな通りを歩いて役所へと向かっていた。

 もともと董卓が冀の県令の護衛を樊稠に命じたのは、ただの付き合いでしかなかった筈だ。

 高名な名士である郭泰(かくたい)が雁門の陣に訪れた時に、郭泰に随行していた子どもの兄だと聞いている。


 "やべえな、俺あ腕っぷしに自信はあっても礼儀とかそっち系はからきしなんだぜ?粗相やらかしてもしらねえぞ?"


 樊稠がそんな不安を抱えながら大通りを歩いていくと、やがて町の中心であろう、ひときわ大きな建物が見えてきた。


 「此処が冀の役所か?」


 樊稠が暇そうにしていた門番の兵士に尋ねたところ、兵士は胡散臭そうに樊稠を見返してくる。


 「此処は郡の役所だ。太守さまは怪しげな者にはお会いにならんぞ」


 現代日本の行政区分と異なり、古代中国では郡の中に県がある。つまり郡大守=県知事、県令=市長に相当する。

 そして冀は漢陽郡の郡城でもありるため、県令と郡太守がともに駐在しているのだ。

 日本で言えば県庁所在地に市長(県令)と県知事(郡太守)がそれぞれいるようなものと考えればよい。

 

 樊稠は冀の県令に用がある旨を告げるが、県令は役所(ここ)を引き払い城門に近い建物へ移ったとの返答であった。仕方なく樊稠は建物の特徴を聞いて、もときた道を引き返すことになった。





 「おいおい、とんだ無駄足じゃねえか」


 なんと移転先は樊稠が先ほど肉串を食べた店の向かいの建物だったのである。もともと宿屋を兼ねた酒楼だった建物を新しい役所として使っているのだろうか、あきらかに役所には似つかわしくない装飾が残っている。


 "これじゃ役所とは気付かねえや、なんだってこんな建物に移ったんだ?"


 心の中で疑問に思いながら樊稠は建物の中に入っていった。一階は酒場だったのか広間になっており、奥に老婆が1人いるだけであった。


「県令殿がこちらにおいでだと郡の役所で聞いてきたのだが‥」


樊稠は言い淀んだ。とてもここに県令がいるとは思えない。


「なんだい、陳情(・・)は朝しか受け付けていないよ。また、明日やってきな」


けんもほろろな老婆の対応であるが、どうやら此処で間違いないようである。

樊稠は懐から紹介状を取り出して老婆に見せた。


「陳情に来たのではない。県令殿に用があって来たのだ。どちらにおいでなのだ?」


老婆は樊稠の差し出した紹介状を穴が空くほどじっと見ていたがやがて、ふん、と鼻を鳴らして階段の方を指差した。どうやら一階が陳情の受付になっており、二階に執務室があるようである。


 「上にあがって突き当りの部屋だよ。今の時間は執務中だ。剣は階段の下においていきな」


 やたらと偉そうな物言いの老婆に気圧されながら樊稠は言われたとおり剣を階段の下に立て掛け、二階に上がっていった。二階にはかつて宿泊用に使っていたのだろう、いくつかの部屋が通路の両側に並んでいた。


 そして通路の突き当りの部屋の扉だけが開かれており中から人の気配がする。

 樊稠がそっと部屋をのぞくと樊稠とほぼ同じ20歳前後の二人の若い男が書類に取り掛かっていた。


 部屋の中にいる二人は対照的であった。左側の男は冴えない風貌でうつらうつらと舟を漕いでいるのに対し、右側の男は次々と書類を処理しており、いかにも出来る雰囲気を漂わしている。


 樊稠は当然ながら(・・・・・ )右側の男こそが評判の県令、淳于沢であろうと判断した。そして、意を決して部屋に入り自らの名を名乗った。右側の男に向かって。


 「(それがし)は樊稠、字は伯密と申すもの。我が主、羽林郎董仲潁(董卓)に命じられて冀の県令どのの護衛をいたすべく参上仕った。よしなにたのもう」 


 右側の男、もちろん賈詡である、は突然のことに一瞬動きが止まったが、そこは三国志に登場する人物の中でも屈指の現実対応力をもつだけに状況把握は速かった。


 「これはこれは、お待ちしておりました。しかし、なにやら誤解されているようですが私は県令ではございません」


 「なっ、では県令どのは、まさか・・・」


 ギギギ、という擬音が聞こえてきそうな感じで樊稠は左側の男のほうにゆっくりと顔を向けた。


 「そちらのぽかんとしている御仁(ごじん)こそがこの冀の県令、淳于伯簡(淳于沢)殿です」


 そう言って賈詡は評判の県令である淳于沢を紹介したのであった。


2年目→2年前 訂正しました。ご指摘有難う御座います

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