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淳于瓊☆伝  作者: けるべろす
党錮篇1
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第35話 初めての実戦 その顛末

 激闘にひと段落がつき、日も暮れた頃になってようやく趙索が賈郷へ戻って来た。


 賈郷随一の武をもつ趙索は今日の戦闘には参加していない。

 野盗団との戦闘を窺がっている不審な人物がいないか街道から見張っていたのだ。


 そして賈郷と野盗団の戦闘を窺がい、野盗団が不利と見るや慌てて逃げ出そうとした怪しい男を発見し捕らえてきたのである。この男が野盗団をけしかけた黒幕である可能性は非常に高い。


 「で、その者は何者だったのですか?」


 賈彪の館に帰ってきた淳于瓊は、李栄に尋問の状況を訊ねた。


 「侯常侍(侯覧(こうらん))の家のものだと申している。それが(まこと)であるかはわからんが、可能性はあると思う。清流派を恨んでいる人物だからな」


 侯覧という宦官にそこまで清流派を憎悪する動機があったかと淳于瓊は首をかしげた。


 たしか侯覧には侯参(こうさん)という益州刺史を務める弟がいたのだが、汚職があまりにひどく、前の太尉である楊秉(ようへい)によって告発され洛陽へ召還される途中に自死するということがあった。


 「しかし楊太尉は清流派というわけでもないですし、そもそも昨年すでに亡くなっています。それに侯常侍も一度は連座しましたが、楊太尉の死後すぐに中常侍に復帰したのでしょう?」


 それでなぜ清流派を恨むことになるのか釈然としない。


 「中常侍に復帰する際に清流派が反対したんだよ。侯常侍は弟だけじゃなく、兗州の実家の方でもかなり悪どくやっていてね。督郵(監察官)の張元節(張倹(ちょうけん))どのが告発しようとして一悶着あったのさ。残念ながら上奏文は握り潰されてしまったけどね」


 偉節さまと元節どのは友人なんだよ、という李栄の言葉に淳于瓊は納得した。


 "清流派の張倹が宦官の候覧を告発のターゲットにして暗闘中なわけか。で、賈彪さんにとばっちりが飛んできた、と"


 「なるほど。野盗団との関係については?」


 「それについては否認しているよ。念のため捕縛した賊にも面通ししてみたんだが、覆面姿しか見ていなくてね。裏で糸を引いていた覆面の男と同じ人物かははっきりしなかった」


 野盗団とつながっている証拠さえつかめれば、候覧を失脚させることができるのに、と李栄が悔しそうな表情をみせる。

 しかし淳于瓊としては、たかが宦官1人の失脚よりも、もっと有意義な取り引き材料になるのではないかと思う。


 「例えばですが…今回の件を見逃す代わりに、朝廷から不作に苦しむ司隷や豫州への援助を引き出せないものでしょうか?」


 中常侍とは天子への取次ぎ役である。不都合な上奏を握り潰したり、都合のいいように話を改竄して天子の耳に入れたりとか、やりたい放題なのだ。それぐらいのことは出来なく無いだろう。


 淳于瓊の提案に一瞬虚をつかれた李栄だが、すこし考えたあとかぶりをふった。


 「それは無理だよ、奇妙。宦官と取引したなんてことが周りに知られてみろ、偉節さまの名声に傷が付いてしまう」


 この時代、名声というものは現代からは想像も出来ないくらい重要視されているものである。

 さすがの淳于瓊もそういわれては我を通すことはできず、引き下がるしかなかった。


 「それは仕方がないですね。なんにせよ、証拠を掴まなければどうにもなりません。尋問に立ち会ってもいいですか?」


 李栄もそのつもりだったらしく、淳于瓊とともに尋問のおこなわれている部屋へと向かった。




 「中常侍さまの家人たる私にこのような無礼が許されるとおもっておるのか!」


 二人が部屋に入ると趙索によって連れてこられた(くだん)の不審者が大声でがなり立てているところであった。


 「ふむ。では何故、侯常侍の家人があのような街道から外れた場所に潜んで様子を窺がっておられたのか?もし偶々(たまたま)通りがかったというのであれば、南に引き返すか、戦闘に関わらずに北へ急がれるであろうに。危険を犯してまでなにを窺がっておられたのか?」


 「そのようなこと、そなたらには関係ない!とにかく、証拠はなにもないのであろう。とっとと開放してもらおうか」


 賊との面通しでもボロを出さなかった余裕からだろうか、あくまでしらをきるつもりのようだ。尋問は完全に行き詰っているようであった。


 ”実際、自白や賊の証言を得るのは難しい状況なんだよなあ…。となると物証から攻めるか…”


 「偉節さま、郷の中で絵の上手いものを連れてきて、人相書きを作らせましょう」 


淳于瓊は状況を打破するため、賈彪にそう話しかけた。


 「人相書きなど作ってどうする?」


 賈彪が怪訝な表情で聞き返してくる。


 人相書きは普通は手配書などに使うものであって、今回のようにすでに容疑者を拘束している状況で使うものではない。しかし、淳于瓊にはある目算があった。


 「はい。その人相書きをもって近隣の城市へ人をやり、武具を扱う商人にあたらせるのです。」

 「野盗団はわずか5日で盾を揃えて再び襲撃してまいりました。では100人分もの盾をどうやって調達したのでしょうか?夜盗や流人の(たぐい)がいきなり大量の武具を求めても官吏に通報されるのがオチです。何者かが買い与えたと見るべきでしょう。」


 「なるほど、しかし買い与えた者は身分を偽って購入しておるのではないか?」


 「そのための人相書きです。まさか武具を求める時にまで覆面で顔を隠したりはできないでしょう」


 覆面のままでは野盗よりよほど怪しまれてしまう。例え身分を偽って名乗っていたとしても人相書きで目の前の男が盾を購入したことが判れば、動かぬ証拠とできる。


 「そういうことか。5日で戻ってきたのなら、盾を購入したのは賈郷から1日か2日の距離にある城市に限られるな。定陵か譲城か…。よし、趙索、すぐに絵の上手いものを連れて来い」


 趙索が急いで部屋から出て行くと、賈彪はふたたび男と向き合った。


 「さて、これで暫く賈郷に滞在して貰うことになったわけだが、ここでひとつ提案がある」


 「な、なんだ?」


 すでに男にはまるで余裕が残っていない。この態度だけでも状況証拠としては充分なくらいだ。

 先ほどまでの勢いはどこへやら、青ざめて目線をキョロキョロと動かし始めている。


 「なあに、それほどむつかしい話ではない。其方の主に手紙を書いて貰いたいのよ」


 男が探るような目つきで賈彪を窺ってくる。賈彪は平然として要求を突きつけた。


 「そうだな、天下の困窮する民へ施しを賜るように天子に働きかけてもらおう。実現すれば、此度のこと水に流してもかまわぬ」


 この発言に淳于瓊は耳を疑った。李栄もギョッとして主人を止めようと口を開いたが、賈彪はそれを制して続けた。


 「李栄の言いたいことは分かっておる。しかしな、この取り引きが世間に知られたときに立場を失うのはわしよりも侯常侍のほうよ。決して漏らしたりはするまい。心配するに及ばぬ」


 しかし秘密というものはどこから漏れるか分からない。リスクを負うことは間違いない。

 張倹や司隷校尉の李膺あたりの耳にでもはいれば、変節者と罵られかねないのだ。

 賈彪はもちろんそんなことは百も承知なのだろうが。


 "やっぱ、賈彪さんはただものじゃねえな。"


 宦官の大物さえも利用しようとする賈彪の発想は他の清流派とは一線を画している。


 他の清流派ならば宦官の排斥こそを何より優先するだろう。宦官が権力を握っているから世の中が乱れているのだと信じて疑わないがゆえに。


 しかし宦官が権力を握っているから世の中が乱れているのではない、世の中が乱れているから宦官のような連中が権力を握るのだ。未来からの視点をもつ淳于瓊にそれが理解できる。



 「わ、わかった。それだけで良いのだな?手紙をかこう」


 淳于瓊があらためて感じ入っている間に、男が白旗をあげ要求を呑んだ。

 賊100人分からの剥ぎ取りとともに朝廷からの施しが加われば、賈郷は完全に食料危機を脱するだろうし、周辺の郷も(賈郷ほどではないにしても)一息つけるだろう。


 こうして淳于瓊のはじめての戦いは戦後処理を含めて、望外の大戦果を得て終わりを迎えたのであった。




2週間後~


 延熹9年(166年)3月、朝廷より詔書が下され司隷、豫州を中心に食物が施されることが発表された。そして下賜の報とともに賈彪の名が人々の口に上ることは無く、李栄も胸をなでおろすことになる。


 ところが…


 「荀尚書(荀緄(じゅんこん))が関わっていると噂されているのですか?」


 荀緄は荀彧の父親だ。清流派で有名な荀爽(じゅんそう)の兄でもある。なぜか息子の荀彧(4歳)に宦官の娘を(めあ)わせる代わりに司隷、豫州への施しを引き出した、との噂が流れているのだ。


 「ああ、侯常侍(侯覧)がいろいろと動いたみたいでな」 


 李栄もさすがにこの展開は予想外だったのか、苦笑しながら裏事情を教えてくれた。


 1年前に死んだ中常侍の唐衡には養女がいたのだが、唐衡を恩人であると思っている天子はその娘を出来るだけいいところに嫁がせてやりたいと、常々側近の侯覧に相談していたらしい。

 で、相談を受けた侯覧は荀子の流れを受け継ぐ名門である潁陰荀家に話を持ち込んだのだと。


 潁陰荀家としても打ち続く不作が相当こたえている状況で、多額の援助と引き換えに婚約を受け入れたのだが、そのタイミングが司隷、豫州への施しと被ったため、人々は施しと婚姻を関連付けて捉えたのだ。


 「尚書どのも荀家のためにやむを得なかったんだろう。慈明(荀爽)どのは随分反対されたみたいだけどね。我々としては偉節さまのことが紛れてくれて幸運であった」


 「阿若(荀彧)の立場はどうなりますか?」


 「まだ4歳だからな。特に表立ってどうこうはないだろう。しかし、折に触れて白い目で見られることは避けられないんじゃないかな。特に清流派やそれに近い人物からはね」


 淳于瓊は李栄のことばに考え込んでしまった。荀彧は将来のため仲良くしておきたい人物のNo1だが、それを抜きにしても不憫な話である。


 "曹操は宦官の孫で、荀彧は嫁が宦官の娘か…。曹操と荀彧には宦官の縁者としての共通点があったんだな。それで2人は意気投合したのか。宦官との繋がりってのは実利がある裏で気苦労も多そうだもんな。うん、出来るだけフォローするようにしよう"


 この後、表で荀彧に媚びながら陰ですげさむ者が多いなかで、変わることのない態度で接してくる淳于瓊の存在は荀彧にとって特別で、換え難い年長の友人となるのであった。




 こうして淳于瓊が平和を取り戻した賈郷で春の収穫や田植え、紫雲英(れんげそう)の展開に追われて過ごしている中、ついに昨年来より恐れていた凶報が届けられた。


 延熹9年(166年)6月、北方で勢力を伸ばしてきた鮮卑(せんぴ)族が烏桓(うがん)匈奴(きょうど)を従えて漢の北辺に大侵攻を開始したのである。さらに東羌(ひがしきょう)族も呼応して涼州東部(金城郡、漢陽郡)に侵攻を始める。


 兄、淳于沢が県令として赴任している漢陽郡の冀もまた異民族の襲撃に晒される最前線となったのである。


挿絵(By みてみん)


侯覧(こうらん) ~172年 兗州山陽郡防東県出身の宦官 清流派弾圧の中心人物


唐衡(とうこう) ~165年 豫州潁川郡出身の宦官。桓帝が成人後に外戚の梁冀から権力を取り戻す際に功績があった人物。


張倹(ちょうけん) 字を元節。兗州山陽郡高平出身の清流派。生没年不詳

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