第30話 備えあれば‥
洛陽から戻ってきた郭泰から賈彪あてに言付かったのは以下の通りである。
・新しい皇后の人選についつは、貴人である竇氏にほぼ決まりであること。
・新皇后の父親、竇武とは既にわたりがついており、清流派との協力関係にあること。
・竇武には外戚として、城門校尉か越騎校尉の地位が予定されていること。
・今後は司隷校尉の李庸がその職権を利用して宦官の親族を狙い撃ちにして不正摘発していくこと
「どうした、奇妙。なにか不満げだな?」
淳于瓊がそれらの内容を聞いた際に眉を顰めたのを郭泰は見逃さなかった。
現代の感覚が抜けない淳于瓊には最後の項目が引っかかったのである。
「法とは恣意的に濫用されるべきものではないと思うのですが…」
それではまるで目的のためには手段を選ばず、ではないか。そんな乱暴なやりかたで上手くいくとは思えないし、なにより性にあわない。
「奇妙の言にも一理あるが、司隷どの(李庸)とてなにも罪をでっち上げようとしているのではない。あくまで不正をおこなったものが処罰されるのだ。貪婪な汚吏に苦しめられておる民にとっても朗報となろう」
郭泰にそう説かれては淳于瓊にはそれ以上何もいえない。法に対して公正であり民の安寧をなにより大切にする。郭泰は一月あまり、淳于瓊とともに旅をしてきて彼の考え方をある程度理解できるようになっていた。
郭泰は不服そうな表情を隠しきれない淳于瓊を眺めながら、おそらく間違っているのは司隷どののほうであろうな、と心の中で独りごちた。しかしことはすでに動き出したのだ。もはや賈彪や郭泰にも止めることはできない。
”ただ清流派が失敗しても偉節(賈彪)と賈郷には無事に切り抜けてもらわねばな。奇妙には我々と違うなにかがある。まあ賈彪も現在は無官の身だし、そうそう罪に問われることはないだろうが…”
親友の賈彪がこの子どもに見出した希望の種を、郭泰もまた見抜いていたのであった。
「それでは、林宗(郭泰)さま、お世話になりました」
「うむ。こちらこそ楽しかったぞ。残りの道中も気をつけてな」
一ヶ月以上共にいた郭泰とはここでお別れである。淳于瓊と趙索は郭泰を見送ったあと、世話になった白馬寺の人たちにお礼を述べて馬に乗った。
「じゃ、趙さん。俺たちも潁川へ帰りましょう」
洛陽から潁川へは趙索と2人だけだ。
「ようやく、俺の出番だな。しごいてやるからな」
趙索が嬉しそうに物騒なことを言い出した。これまでの道中は空き時間があれば郭泰に学問を教えてもらっていたため趙索には出番がなかったのだ。趙索が教えるのはもちろん武術である。
「俺は紫雲とは違いますからね、お手柔らかに」
いちおう念を押しておく。賈彪の家人で武を担当し、賈郷の守り手でもある趙索は郷の子どもたちに武術を教えている。波才(紫雲)の武の才能はかなりのもので、六歳にしてすでに年長の子どもたち相手に互角に手合わせが出来るほどだ。ただ淳于瓊は賈彪に学問を習っているため、趙索に武術を習う機会はほとんどない。
「分かってるって。奇妙が自ら剣を手にして戦うなんて事はそうそうないだろうしな」
たしかに雲行きの怪しい涼州とは違って、豫州潁川郡にある賈郷がそのような状況になるとは考えづらい。しかしこれから世が乱れることを知っている淳于瓊としては不安が拭えないでいた。
「不作で流民になるものが増えています。ごろつきになった奴らに賈郷が襲われる危険がありますよ。油断は禁物です」
こう謂われると賈郷の守り手であるプライドが刺激されたのであろう、趙索が反論してきた。
「そりゃ夏には家畜が盗まれることがあったけどな。でも今は見廻りだって強化しているぞ」
たしかに、趙索が率いる自警団の戦力はそれなりにあてにできるだろう。しかし郷全体の防衛力という点ではどうだろうか?
「数人のごろつきなら現状でも充分でしょう。でも数十人の野盗団なら?例えば賈郷の周りの柵は途切れ途切れですから簡単に侵入を許してしまいますよ。」
潁川は洛陽にちかく文明度の高い地域でありこれまではそれで良かったのだが、いつまでもそれで通用するとは限らない。趙索も返答に窮している。
「旅をしてきた并州の郷では辺境に近いだけに豫州や司隷とは比べ物にならないぐらい守りがしっかりとしていました。賈郷も周りを柵でしっかり囲み、物見櫓を建てるだけでも大分違うのではないでしょうか?」
趙索がううむと唸りながら思案顔をしている。さらに淳于瓊は続けた。
「あとは趙さんが指導している賈子たちの戦力化ですかね」
賈郷には賈彪が引き取った賈子とよばれる子どもたちが100人近くいる。現状非戦力である彼らをうまく使えば郷の防衛は随分と楽になるだろう。
「それは無茶だ。年長の子でもまだ10歳だぞ。陳良や紫雲でも大人とやり合うにはまだ5年は早い。」
趙索が即座に否定をしてくる。もちろん淳于瓊とて彼らに剣や槍を持たして戦力になるとは思っているわけではない。
「物見櫓での見張りならば務まるでしょう。それに後方からの攻撃なら子どもでも安全です」
「投槍や弩を揃えるのは無理だ。朱丹にどやされる」
趙索がそういうのも無理は無い。槍先や鏃に使う鉄は貴重品であり、大量に揃えることなど到底できないからだ。しかし淳于瓊が考えるのはもっと非常に安価に揃えられる武器だ。淳于瓊は荷物からあるものを取り出した。
「これを見てください。長方形になめした革の両側に紐がつけられています。この投石紐ならば人数分揃えることも容易でしょう。」
手に入らないハイテク武器より手に入るローテク武器。発想の転換である。後漢にもなると攻城用の弩などもかなり改良されており投石紐などはすでに時代遅れである。だがそれは正規兵の戦いの話であって、野盗やごろつき相手なら充分有効なのだ。
こうして二人は賈郷の防衛について議論を重ねながら帰路をすすめていったのであった。
竇武 生年120年 字を游平 三輔(長安付近)の豪族で外戚として権力をにぎる




