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淳于瓊☆伝  作者: けるべろす
党錮篇1
32/89

第29話 漢の周辺情勢

挿絵に初挑戦です。

大雑把ですがご参考に。

 「それはまた、なかなか大変な旅であったな」


白馬寺の僧侶、支楼迦讖(しるしかん)の言葉に淳于瓊は頷いた。董卓が虎賁の兵に拉致された女たちを助けた話をしたところだ。


 淳于瓊は洛陽郊外の白馬寺に逗留し、郭泰の戻りを待っていた。

郭泰は洛陽にはいって、太尉の陳蕃(ちんはん)司隷校尉(しれいこうい)李膺(りよう)ら清流派のリーダークラスと、今回の首尾の報告と今後の協議をおこなっている。

そして淳于瓊はその結果報告を言付かって賈彪の待つ潁川に帰ることになっているのだ。


 「まあ、度遼将軍の張奐を味方につけるという目的は達成できたんだ。よしとするさ。」


董卓や王允に妙なフラグがたっちまったけどな、とは口にせず、淳于瓊は続けた。


 「それより虎賁の連中が仲潁さん(董卓)に投げつけた言葉がひっかかるかな。迦讖からみて漢人の中での涼州人の立場ってどうなの?」


支楼迦讖は大月氏(クシャーン)出身の胡人で漢人ですらない。


 「彼ら涼州人は我々とは違う。普段暮らすぶんには不利はないだろう。ただ都に出てきて出世を望むものには不利が多かろう」


 「‥田舎者が出世しようとすれば、やっかみがはげしいということか。虎賁の連中も仲潁さんが引き上げられたのが気に入らなかったんだな。いや、そもそも張将軍の麾下に入れられたこと自体が不満なのかも」


 虎賁は本来都勤めのエリートなのだが、春の皇后廃位に際して前の虎賁中郎将が連座したため、部隊がまるごと雁門に飛ばされた経緯がある。

 田舎(雁門)に飛ばされたうえに田舎者(涼州人)の麾下に入れられ、フラストレーションが溜まっていたのだろう。だからといって近隣の郷を襲うなどという蛮行が認められるはずもないが‥


 「特に都の人間は田舎者を下に見る傾向が強い。」


 支楼迦讖の断定に淳于瓊は苦笑せざるを得なかった。淳于瓊も洛陽生まれである。


 「俺や兄さんにはそんなところはないと思うのだけど?」


 「奇妙は特別だ。奇妙の兄上もだな。涼州でよくやっているらしい」


 「へえ、どんな評判が届いてる?」


 涼州漢陽郡冀に県令として赴任している兄、淳于沢の評判が良ければ中央へ栄転が認められる日もそう遠くないだろう。


 「うむ。まず私欲が少なく、気前がよい。」


 「もともと、欲があるほうじゃないからね。蓄財とかしなくていいから周りにばら撒いて安全を買えって口が酸っぱくなるほど忠告しておいたし。」


 淳于瓊も思わず顔がほころんでしまう。出来の良くない身内の活躍ほどうれしいことはない。


 「そして法に対して公正ではあるが、温情もあり、決して苛烈ではない。」


 「…まあ、兄さんはお人よしだから…」


 しかしあの兄に、'法の公正な運用'なんてできたかな、と淳于瓊は首を(かし)げる。どうやってもそんなイメージはわかない。温情があるっていうのはイメージ通りだが。


 「さらには計数に優れ実務能力も高く、山積みになっていた案件は全て片付けられ、冀に留まらず今では西涼の兵站はもはや彼なしでは考えられないほどだという」


 「………人違いじゃないか?何処の名官吏だよ、それは。」


 淳于瓊の兄に対する評価は、善良だが凡庸を絵に描いたような人物である。さすがにそれでは見知らぬ土地で信頼を得られまい、と算盤(そろばん)を餞別に持たせたのだが、いくらなんでも高評価過ぎる。


 「私欲が少なく、気前がいいというのは判る。兄さんは確かに欲が少ないし、他人に頼まれれば断れないお人よしだから。温情があるって評価もわかるけど…」


 「では法に公正で、実務能力が高いというのは?」


 「それは無い。計数に強いというのはあるかもしれないけどさ」


 支楼迦讖の質問に淳于瓊は即座に答える。


 「ふむ。ならば兄上には余程すぐれた補佐がついておるのかも知れぬな」


 「補佐役が優秀で、2人の評判が混ざっているってこと?んー、それならあり得るかもしれない。」


 たしかに性格的な部分が兄の、能力的な部分がその優秀な補佐役の評判だと考えれば話が合う。


 「そうだとしたら仲潁さん(董卓)に武の優れた人を紹介してもらう話は断ったほうが良いかな。上手くやれてるみたいだし、わざわざ護衛をつけて警戒することもないか」


 「いや、その話はすすめておくべきだ。涼州の情勢が危うくなっている」


淳于瓊の楽観論を支楼迦讖が強い口調で否定してきた。


 「なにか西方の情報が入ってるの?」


 「奇妙の読み通り、護羌校尉の段紀明(段熲)に追い散らされた西羌族が東羌族の居住地に逃げ込んで混乱がおきている。それと東羌族に他の部族が接触しているとの情報もある」


 「他の部族?(てい)族かな?」


 涼州の南を勢力範囲とする羌族に対し、氐族は益州の西、羌族のさらに南の地域を勢力範囲としている。東羌族と接触するなら当然氐族の可能性が高い。


挿絵(By みてみん)


 「そこまではわからぬ。油断はせぬことだ」

 「西方だけではない。北方では鮮卑族が強大になり、匈奴や烏桓もその支配下にはいった。いつ幽州や涼州に大軍がなだれ込んでもおかしくない」


 支楼迦讖が不吉なことを言いだした。しかし淳于瓊は鮮卑族に対してはさほど心配しなくて良いことを今回の旅で理解していた。


 「護羌校尉の段紀明(段熲)が涼州で分裂した西羌族を討つ一方、度遼将軍の張然明(張奐)が并州で北方に睨みを効かせ強力な鮮卑族を封じている。実に合理的な戦略だよ」


 もし鮮卑族が東の幽州や西の涼州に侵攻してくれば、張奐が并州雁門から出撃して直接鮮卑の本拠地へ逆撃を与える構えになっている。張奐の軍が并州雁門に駐屯することで、戦わずして漢の広大な北辺の防衛線を成立させているのだ。


 「たしかに今の天子は神頼みが過ぎるけど、朝廷だってバカじゃない、そのへんは判ってるさ」


 そう淳于瓊は結論付けた。天子が多少アレでも周りに切れる人間だっている筈だ。


 「たしかに今の天子は神頼みがお好きなようだな。来月も苦(豫州陳国苦県)へ使者を遣わすとか」


 支楼迦讖が苦笑しながら洩らした。苦は老子の(びょう)があるところで老子かぶれの天子はなにか事あるごとに使者を遣わしている。


 「ふーん。秋の不作で慌てているのかな」


 「むしろ今年の夏、黄河の水が()んだことを気にしているようだ」


 「は?」


 淳于瓊の思考が止まった。黄河の水が清むなど聞いたことが無い。

'百年河清を待つ'ってのはありえないことを待ち続けることの意である。


 「奇妙は潁川にいて、知らなかったか。洛陽ではかなり騒ぎになっていた。雨が多かったから濁りが薄くなったのではないか」


 支楼迦讖の言葉に淳于瓊は首を横に振った。


 ”雨で薄まるくらいならもっと頻繁に黄河の水が清む筈だ。そうじゃなくて成語になるくらいあり得ないことが起きたってことだ…そもそも黄河の水が濁っているのは上流の黄土高原の細かい土砂をふくんでいて……。っ!!”


 「黄河の濁りは上流の土砂が原因だと聞いたことがある。黄河の上流域で異常気象が起きたのではないかな?今年の夏は中原では雨が多かったが、黄河の上流では旱魃が起きていて土砂がほとんど流れ込まなかったなら説明がつく。迦讖、鮮卑の情報を集めることはできないか?」


 「難しいがやってみよう」


 黄河の上流域は鮮卑族の勢力範囲だ。いかに張奐の軍が睨みを効かせているにしても彼らが旱魃で追い込まれているならば強硬手段に出てくる可能性は十分にある。


 「あと、さっきの東羌族に接触している部族についてもなにか判ったら教えてくれ。兄さんにも情報を集めるように手紙を書こう。もし東羌と鮮卑が手を組んでたら、やばいことになる」


 北東から鮮卑が、南西から東羌が攻め込んで涼州を挟み撃ちにする。そうなれば戦場となるのは兄のいる涼州東部になるだろう。まったく悪夢のような話だ。


 「杞憂になればいいんだけどな」


 次から次へと難題が増える一方の状況に淳于瓊は溜め息をおおきくついて天井を見上げた。

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