幕間 そのころ涼州では
短いです。
淳于沢の近況を書いてみました。
「伯簡どの、輜重の兵がまた到着したみたいですよ。」
「またですか。なんか最近やたらと輜重が冀を通ってませんか?」
漢陽郡冀県に赴任してきている淳于沢は毎度恒例となっている泣き言を口にした。
淳于沢が泣きついたのは同年齢の県丞(下級役人)で赴任してすぐに意気投合した相手だ。
「ん~、これまではそんなことはなかったんですけどね。なんでも段校尉(段熲)の指示で全ての輜重が冀を通るようになったみたいです。冀を通せば軍の末端まで糧食が行き渡るって評判が耳に入ったとか。」
「兵数に応じて糧食を分配してるだけなんだけど。それにしたって文和どのがいなけりゃとっくに手が回らなくなってたし。」
文和と呼ばれた若者は苦笑いを浮かべた。
この律義な新しい県令は判っていないみたいだが、いかに物資をちょろまかすかに頭を使うのがこれまでの役人の常なのだ。軍事物資が目減りせずに届けられる現状は奇跡に等しいとさえいえる。
「分配の正確さだけでなく、伯簡が採用した割符の効果も評価されていると思われます。」
「へえ、でも割符は弟の発案ですよ。」
割符は兵站業務に兄が関わっていることを知った淳于瓊が、間違っても横領の疑いをかけられないように証拠のこしとして採用するように提案してきたのだった。
物資の届け先に事前に割符の片割れと目録が届けられており、物資が目減りしていれば一目瞭然になってしまうため、横領を防止する効果が生まれている。
「そういえば伯簡どのが愛用している算盤も弟さんが考案したものでしたか…。今はあの高名な賈偉節どのに師事されているそうですが、いつかお目にかかりたいものです。」
「弟は私と違って優秀ですから、文和どのとは話が合うでしょうね。」
「私はただの木っ端役人ですよ。相手にもされないんじゃなですか?」
「何いってるんですか。文和どのはかの張良陳平の再来とまで言われる'西方の賢士'じゃないですか。大丈夫ですよ、すぐに私なんかより出世しますって。」
淳于沢の陽気な物言いにお世辞や美辞礼句の匂いはない。
その為人とでもいおうか、中原の人間には珍しく涼州人を見下すところも全く感じさせないこの若者はおおむね好意をもって迎え入れられていた。
"私が張良や陳平なら、あなたには高祖に通じる何かがあるんですけどね。"
心のなかでそうひとりごちながら、賈詡は淳于沢とともに届いた荷をあらためるために街のはずれへと足を向けたのだった。
賈詡 字を文和 147年生まれ 武威郡姑臧県の人
後の'西方の謀士'




