第22話 現実主義(リアリズム)
年度末がわりで公私ともばたばたして
随分間が空いてしまいましたm(__)m
2話+α更新です。
「仲潁(董卓)さんも清流派に勝ち目がないと判断されているのですか?」
淳于瓊の問いかけに董卓はにやりと笑って切り返してきた。
「それはつまり、奇妙もまた勝ち目が無いと思っておるのだな?」
事実上の肯定である。
”やはりか・・・”
清流派と張将軍(張奐)の橋渡しをする立場にありながら自分自身については清流派に売り込もうとしない董卓に疑問を感じていたのだが、それならば納得がいく。
史実から判断するに、董卓は決して宦官派というわけでもないのだろうが。
「今の党人(清流派のこと)と繋がりをもっても戦場ではなんの役にもたたんからな。わざわざ勝ち目の薄いほうにつくこともなかろうて。」
なるほど辺境で戦う上では清流派と繋がりを持っていてもメリットはない。
それどころか中央の宦官連中に目をつけられて後方から足を引っ張られるリスクさえある。
まして清流派の勝ち目が薄いという判断を下しているなら猶のこと距離を置こうとするだろう。
「清流派が張将軍と組んでもまだきびしいんですかい?」
と、董旻が口をはさんでくる。
「大勢は変わらん。結局は天子の腹の内次第よ。そしてその天子は党人を疎んじている。」
董卓の返答は正鵠を射ている。
武力を確保したことにより天子と宦官にプレッシャーを与えるだろうが、それだけだ。いわば'あがき'みたいなものでしかないことは淳于瓊も判っている。
実際にクーデターを起こす覚悟が無い以上、精強な兵を味方につけても張子の虎でしかないのだ。
「しかし、偉節さま達は政をただし民を救う為に奔走されてるんですよ。大義は清流派にあるんじゃ!」
趙索が食い下がる。敬愛すれ主君がヤバイ状況にあるといわれて、心穏やかではないのだろう。
だが今度は淳于瓊がそれを否定する。
「偉節(賈彪)さまや林宗(郭泰)さまに限ればそうでしょう。しかし、他の者の多くは違います。清流派といってもただ単に濁流派が要職を占めることに腹を立てている者か、名声欲しさに清流派に入りたがっているだけの者がほとんどです。」
前者の代表が太尉の陳藩や司隷校尉の李膺で、後者が張奐将軍といったところかな、と淳于瓊は判断している。
「そもそも大義があるかないなんかで、政争の勝敗が決まるものではありませんよ。」
「ほう、ならばなにで勝敗が決まると思う?」
董卓のつっこみに対する淳于瓊の答えはシンプルであった。
「ずばり、'利'です。」
「「'利'?」」
董旻、趙索が口を揃えて聞き返してくる。
現代の感覚を併せ持つ淳于瓊には人が'利'によって動くということにさほど抵抗はないのだが、やはりこの時代ではなかなか受け入れるのが難しいようだ。
「はい。特に天子に対しいかに'利'を示すか、ということに尽きます。天子に清流派を重用することが'利'にかなうと思わせるしかありません。」
「・・・天子さえも'利'で動くと申すか…」
董卓がドスの利いた低い声を絞り出す。
'利'で動くのは匹夫の振る舞いで、君子たるもの儒教の教えに従って当然と誰もが思っている。君子の中でももっとも尊い筈の天子までもが'利'で動くというのはかなりの暴論である。
「現実です。」
しかし淳于瓊はそう言い切って董卓の目を見返した。
このリアリズムこそが、現代知識と並ぶもうひとつの武器なのだ。
内心はビビリまくりなのだが、といって簡単に放棄するわけにはいかない。
「まるで法家と話しておるようだな。奇妙は偉節どののもとで儒を学んでおるのだろうに…」
6歳児ににらみ返された董卓はそうつぶやいた。その顔には戸惑いが浮かんでいる。
「韓非や孫武の教えは木を切り倒し石を敷き詰めて道をつくるようなもの。一方で孔孟は道標と言えましょう。私は相反するものとは思っていません。」
「ふん、道標だけで道がなければ目的地にはたどり着けぬ。が、道標がなければどこにたどり着くか判らぬということか…。」
さすがに董卓は理解が早い。
善悪はともあれ歴史に名を残すだけのことはあるな、と淳于瓊は素直に感心する。
「だが党人は天子にとって'不利'なことしか謂わんな?」
董卓が眉間にしわを寄せながら聞いてきた。
これまたまったく的を得た意見である。
「まさにそれが問題なのです。贅沢をするなとか、身を慎めとか、宦官を遠ざけろとか、そういう主張には天子に'利'がありません。しかも、天子が渋々その手の諫言に従っても世が治まっていないのですから猶更です。」
「'天子に諫言を躊躇わぬ名士である'との評判欲しさに、そういった諫言をする者が後を絶ちませんが、はっきり言って逆効果です。具体的に目に見える成果がでるような奏上をこそ、なすべきなのです。」
辺境の異民族対策、激増する流民対策、打ち続く不作による食料不安の改善、通貨の改革と流通の促進。
やるべきことはいくらでもある。
だが夷狄や田畑と戸籍を捨てた流民、商売を生業とする商人などを軽蔑している清流派にはそれらに対処する能力は期待できない。
それどころか清流派の母体ともいえる地方豪族のなかには流民を私奴婢として大量に囲い、大規模な荘園を経営する者も多い。
"清流派の勝利が本当に世の為になるんだろうか?"
淳于瓊は口にはださないが疑問に思っている。
賈彪や郭泰みたいな'本物'には今回の政争から距離を置いてもらいたいというのが本音なのだ。
「ならば、どのような提案ならば'利'を示すことができる?」
「それは‥」
董卓の問いかけに、淳于瓊は詰まってしまった。
確かにいくつか腹案が無いではない。
が、濁流派はもちろん清流派からも協力が得られるようなものではないそれらの案には実現性が無い。
"いっそクーデターでも起こして全権を握れば実現のめがあるんだけどな‥それこそ189年の董卓のように。"
ふと、そんな妄想が淳于瓊の頭をよぎる。
それならば淳于瓊は董卓の強権のもとで存分に腕をふるい成果をあげることができるだろう。
正史からは大きく外れることになるが、なかなか魅力的な妄想である。
もちろん将来においてもこの頼りになる董卓のままという条件付きだが。
しかしいずれにせよ董卓が都を制圧するのは24年後のことで、いくらなんでも先走りすぎだ。
"無難な案でお茶を濁すしかないな”
と淳于瓊が口を開きかけたそのとき、伝令が天幕に駆け込んできた。
「仲潁さま、例の連中の陣がなにやら騒がしくなっています。どうやら近くの郷を襲って来たみたいですがいかがいたしましょう?」
長い夜は続く。
韓非(子) 戦国末期の思想家、法家の祖
孫武 春秋時代の兵家の代表的人物
孔孟 孔子、孟子




