第21話 頼りになる?
「勿論、わし(郭泰)や偉節(賈彪)も奇妙に同意すればこそ、足を運ばせてもらったのよ。」
いまさらながら郭泰のフォローが入る。
「そういうことであればすぐにご案内いたしましょう。張将軍(張奐)も林宗どののご来訪をたいへん喜んでおりますゆえ。」
淳于瓊から視線を外すことなく、董卓が答える。どうやらすでに完全にロックオンされたようで‥。
「趙索、積もる話もある。賈郷での暮らしも聞きたいしな。後でゆっくり話をしよう。奇妙と一緒にわしのところに来い。」
「もちろんです。みやげの酒も持って行きますよ。」
董卓の誘いに趙索が2つ返事で答える。
ええと、こちらの都合も聞いて欲しいんですが。ダメですか、そうですか。
予測不能の成り行きにうな垂れて董卓の宿営所をあとにする淳于瓊であった。
三人が本営へ案内されていくと、度遼将軍の張奐が待ち構えていた。董卓の言葉通りたいへん上機嫌な様子が傍目にも見て取れる。郭泰はもちろん、オマケの趙索と淳于瓊に対しても下にもおかぬ扱いだ。
"まぁ、これが普通か~。知識人と軍人の相性とか心配するまでもなかったか。"
淳于瓊はしみじみとそう思う。
この時代の士大夫の名声は、いかに高名な人物に評価して貰えるか、がほぼ全てだ。
武将としての評価とはまったく別物なのだ。
第一級の名士たる郭泰に認められれば、それだけで準一級としての名声が得られるのだから、扱いが徒やおろそかになろうはずも無い。
その意味では逆に董卓のほうが異質であるといえる。
"礼を失するわけでなく、かといってへつらうことも無い。董卓には郭泰さんに取り入ろうとする気配はなかったな。"
張奐や皇甫規といった勇名鳴り響く'涼州三明'でさえへいこらしているのに、である。
その一方で、兄の涼州行きまで把握しているほどのきめ細かい情報収集力と、潁川淳于家の立ち位置を推察するだけの分析力も持っている。今回の件が李膺の考えによるものでないことも看破してみせた。
つまり現在の董卓は、中央の情勢を詳しく調べているにも関わらず、中央での名声を得ることに汲々とはしていないことになる。
"小さな名声など意に介さないということかな。やはり、そうとうの野心家なのか…"
その董卓に目をつけられた以上、どう振舞うかはかなり微妙な問題となってくる。
興味をもたれないのがベストだったがそれはもはや望めない。
いまさら無邪気な子どもの振りをしようにも、趙索が董卓と昔なじみでつながっているのだから速攻でばれる危険が高い。
今の董卓を信じて誼を通じるという手もある。史実を知らなければ、智勇兼備で義侠心もある董卓は味方につければ心強いところだろう。
少なくとも目の前で浮かれている将軍よりよほど頼りになるだろう。
「将軍の勇名を前に夷狄も怯えて震えておるともっぱらの評判ですぞ。内に我らが政をただし、外に将軍がにらみを効かせていれば騒がしい天下もたちどころに静まりましょう。」
「おお、そのように言って頂けるとは光栄の極み。ぜひ共に漢朝を支えてまいりましょうぞ。」
リップサービスの多分にはいった郭泰の言葉に、張奐は清流派にくみする言質をあっさり口にしてしまっている。手間がかからなくていいのだが、少しは董卓を見習ったら、と思わないでもない。
こうして張奐への協力要請交渉はつつがなく終えることができた。
「馬に乗るのに補助具を使っているって、恥ずかしいから黙っててくださいね。」
将軍による歓迎の宴が終わったあと、淳于瓊は董卓の宿営所へと向かいながら趙索に釘をさしておいた。
”あぶみ以外はばれても困るようなものはないはず。気合をいれていかないとな。”
淳于瓊にとってはむしろこれからが本番である。
「おう、来たな。趙索、奇妙。まあ座れ。」
宿営所につくと董卓と董旻がすでに待ち構えており、ささやかな小宴が開かれた。
董卓らと趙索は久しぶりの邂逅ということもあって、お互いの近況報告話に華が咲いた。
趙索が賈彪に仕えるきっかけとなったいきさつとか、淳于瓊にとっても初耳で意外なものであったが、
董卓の話はそれ以上に興味深くおもしろい。
涼州では遊侠のような生活をしていた時期があり羌族の有力者とも親交を結んだこと。
彼らが訪問してきた際に牛を殺してもてなしたところ、後になって十数頭もの牛が送られてきたこと。
やがて州郡の従事に任命され、盗賊の取り締まりや胡族討伐で武勲をあげたこと。
'涼州三明'の一人である段熲に推挙され、都で羽林に属するようになったこと。
弓が得意で羽林のなかでも右にでるものがいないこと、etc
「わしの騎射の腕は羌族でさえ舌を巻くほどじゃぞ。わしが出向けば夷狄などたちどころに追い払ってくれるわ。」
なかなかの男っぷりである。それだけ腕に自信があるのだろう。
”普通に頼れるあんちゃんだよなぁ。史実さえ知らなければ。この人にこの先いったいなにが起きるんだろう?”
現時点の董卓からは危険な香りはしないだけに淳于瓊の心中は複雑である。
一方の趙索は気楽なものであった。酒も入って上機嫌でとんでもないことを言い出した。
「奇妙。兄上は涼州でさぞ心細い思いをしておるだろう。董の兄貴の知り合いで腕の立つ人を紹介してもらったらいいんじゃないか?」
”趙索さん、マジ自重して!それ死亡フラグ!!”
「ええええと、あ、兄上は典型的な文官ですから武官とはそんなつながりが無いと思うのですが…」
「いや、ならばなおのこと傍に武勇にすぐれた者が傍におらねばならんぞ。涼州には気性の荒い者がおおいからな。なあ兄貴。」
「うむ、兄上は漢陽の冀の令であったな。いくらか心当たりの者がおる。紹介しよう。」
これはもはや話の流れ的に遠慮させてもらえる雰囲気ではない。
淳于瓊は観念して素直に頭をさげるしかなかった。
「お心遣いありがとうございます。(兄さんゴメン)」
心の中で西方にいる兄、淳于沢に手をあわせる。
とはいえ、意外とショックを受けていない自分がそこに居た。
実際に会って話をしてみて、この董卓なら大丈夫ではないか、との思いがどんどん強くなってきていたからだろう。
”まあ、董卓が変わってしまえばその時に距離をおけばいいか。でもどうしても引っかかる点があるんだよなあ。”
董卓と繋がりを持つ以上、そこはどうしても確認しなければならない点である。
少し逡巡した後、思い切ってストレートに聞いてみることにした。
「仲潁(董卓)さんも清流派に勝ち目がないと判断されているのですか?」
淳于瓊の発言に董旻と趙索が、ぶほっとむせ込んだ。




