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淳于瓊☆伝  作者: けるべろす
賈郷篇
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第11話 情けは人の為ならず

「どうですか、この屋敷を気に入ってもらえましたか?」


翌朝、李栄が話しかけてきた。


「ええ、ものすごく。それにあんなに広くて良い部屋を用意して頂き恐縮です。」


「この屋敷に部屋は余っていますから気にしなくても大丈夫です。少し広すぎるかと思っていたんですが、波才と二人ということでちょうどよかったですね。」


淳于瓊はふと、屋敷に入る前には子どもたちがあれほどいたにも関わらず、この屋敷には一人も見当たらないことに気付いて、李栄に疑問をぶつけてみることにした。


「ところで李さん、この里には子どもがたくさんいるようでしたが、この屋敷にはいないのですか?」


「子ども?ああ、賈子のことですね。あの子達はこの郷全体で育てているんです。この屋敷に子どもはあなた達しか居ませんよ。」


「賈子?」


「ええ、あの子達はそう呼ばれています。」

李栄は賈子について説明してくれた。


かつて、賈彪さんがお隣の汝南郡新息県で官吏を務めていた時。

貧しい親が安易に幼い子どもを間引くことに心を痛めた賈彪さんが’子どもを間引けば殺人と同じ罰を下す’とお触れを出したこと。

そして子どもを養えない親に代わり、賈彪さんが私財を出して食べさせてやったこと。

そうやって命をながらえた子どもたちが千人にものぼり’賈子’と呼ばれるようになったこと。

’賈子’の内で結局は両親を失ってしまったものについては賈郷で引き取ったこと。


”だから五歳から十歳くらいの子どもばかりなのか。つーか賈彪さんの行動って基本的人権の発想すらないこの時代には考えられないことだろ。日本でも江戸時代までは間引きって割と当たり前におこなわれてたんだぞ。ありえないって。”


「偉節さまは想像以上に凄いお方だったのですね。改めて驚きました。」

淳于瓊は本心からそう言った。


「今ごろ気付いたんですか?我が君は天下第一の人物だと私は思っておりますよ。」


李栄が自慢げにに言う。


”なるほど時代の制約を超えた知性ってやつか…。これ程の人物が歴史に名前を残していないとはね…”


賈彪に師事できる幸運を、淳于瓊は感謝せずにはいられなかった。


と同時に淳于瓊は’賈子’達の微妙な視線の意味も理解した。

2重の意味で命を救ってくれた賈彪は、彼らにとって神仙を崇めるも同然の対象であろう。そこに自分達と変わらぬ歳の子どもがいきなりやってきて一緒に暮らし始めるのだ。

嫉妬とも羨望ともつかぬ感情を抱いてもおかしくはない。


”彼らとも仲良くやっていきたいけど、こればっかりはね。なにかきっかけが欲しいところだな。”


淳于瓊は軽くため息をついた。


一方、傍で話を聞いていた波才の心中はさらに複雑であった。

彼は3ヶ月前に両親を亡くしたばかりである。身につまされるところがあるのだろう。


「奇妙さま、お願いがございます。」


やがて、意を決したように波才が淳于瓊に願い出てきた。


「昨日、親の形見を落としてしまったんです。たぶん俺が倒れてた処にあると思うんで取りに行ってもいいでしょうか…」


淳于瓊は李栄と顔を見合わせた。15里(約7km)は決して遠くはないが野盗も出没しており、一人で歩いて行かせるには不安があった。


「俺もいこう。俺の前に乗れば半刻(1時間)かからずに着ける。気付かなかった俺にも責任あるし。」


淳于瓊はそう言ったのだが、今度は李栄が待ったをかけてきた。


「いや、馬で行くにしてもやはり子どもだけでは危ない。趙索の手が空いたら一緒に行かせますから、それまで待っていなさい。」


そういわれてやむなく淳于瓊と波才は趙索の手が空く昼まで待機することになった。


「なあ、なんで波才は草むらで倒れていたんだ?」


待ち時間に淳于瓊は疑問に思っていたことを訊いた。


「腹の足しにならないかと思って蜜を吸ってたんです。」


「蜜?」


「はい、紫雲草(れんげそう)がぽつぽつ咲き始めていたので…」


”紫雲草?ああレンゲか…そういえば子どもの頃、田舎でよく田んぼにはやしていたなぁ。ん?”


淳于瓊の中でなにかがひっかかった。20世紀の日本で意味もなく特定の草をはやす筈がない。確かに蜜をとれなくもないが、必ずしもそういう理由ではなかったような気がする。そしてなによりその植生は探し求めていたクローバーと似ている…!。


「あ、あの、奇妙さま?」


黙り込んでプルプルと震えだした奇妙に波才は戸惑いながら声をかけた。。


「くっくっく…レンゲか。そうだよな。ははっ、はははっ!やったぞ!」


いきなり笑い出した淳于瓊に波才は完全にドン引きである。

だが淳于瓊はそんな波才の様子に気を回すどころではなかった。


”情けは人の為ならず、か。よくいったものだな。これはでかい。でか過ぎる!”


思わず両腕で会心のガッツポーズを決めた淳于瓊だった。


命子賈子は史実に残る逸話です。

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