8〜多分好き、絶対好き〜
「ね、お願い!このとーりだから!」
「もー、駄目って言ってるでしょ」
う〜、お母さんの石頭!
バイトくらい許してくれてもいいのに〜!
今日、信也さんから電話が来た。
信也さんのバイト先(ケーキカフェで名前は『エデン』)の店長が面接をしてくれるということで明日行くんだけど、肝心の親の了承が取れない状況にあった。
もー、バイトくらいOKしてくれてもいいのに!
「バイトなんて必要ないでしょ?」
「必要だよ!!」
「何に必要なの?」
「そ、それは……」
オシャレのためです……と言ってもお母さんは納得しないだろうなぁ。
どう言ったらうまくお母さんを説得できるか……と考えていたら。
「いいじゃん、バイトさせてあげれば」
生意気な声が背後から聞こえた。
弟の稔だ!
「咲子にとって社会勉強にもなるし小遣いもやらなくて済むし、反対しなくてもいいんじゃないかなぁ?」
「うーん、でもねぇ」
稔にしては珍しく、私をフォローしている。
これはチャンスかもしれない!お母さんは稔には弱いのだ。
私はすかさず稔の助け舟に乗った。
「そうだよ、お母さん!これからは必要なものは自分のバイト代で買うようにするし」
「うーん……」
「暇な日だらだら過ごしてるよりは、よっぽど有意義になると思うの!」
「そうねぇ……。そのバイト先のとこはきちんとした店なの?」
夜遅くまでとかはないわよね?……とお母さんはまだ心配顔。
「その点は大丈夫!友達の紹介だし、ケーキカフェだから深夜まではやってないよ」
営業時間は聞いてないけど、まさか真夜中までやってはないでしょう。
すると、お母さんは少しだけ安心した表情になった。
よし!もう一押し!
「勉強もおろそかにはしないから!ね、お願いします!」
両手を合わせて頭を下げると、お母さんはやれやれ……と苦笑した。
「仕方ないわね、咲子がそんなに言うならやりなさい。ただし、成績が落ちるようならすぐにやめさせますからね」
「う、うん!ありがとう!」
やった〜、承諾成功!
あとは面接に受かるだけ……(これで落ちたらやだなぁ)。
部屋に戻る階段の途中で、私は稔に声をかけた。
「稔、さっきはありがとね」
すると稔はニヤニヤしながらこう言った。
「いいって、好きな男とバイトしたい咲子のためならあれくらい」
「な!何それ!?」
カーッと顔が赤くなる私の頭に浮かんできたのは信也さんの顔。
え、え、好きな男―――!?
「さっきケータイで楽しそうに話してたろ。でその後に母さんにバイトの話切り出すし。咲子、お前の行動はわかりやす過ぎだ」
生意気にフフン、と笑う稔に私は口を金魚のようにパクパクさせるばかり。
「し、信也さんはそんなんじゃ……っ!」
「へぇ、信也って言うんだ、咲子の好きなやつ」
あーっ!しまった、つい口が滑ってしまったぁ!
よりによって一番厄介な相手にっ。
案の定、稔は身を乗り出してさらに追求しようとする。
「どんなやつだ?クラスメイト?格好いいか!?」
「もーっあんたには関係ないでしょお!」
これ以上ボロが出ないうちに私は自分の部屋に逃げ込んだ。
あ〜、ちょっとでも稔に感謝してしまったことが悔しい!
稔のバカ、す、好きな人がいるからバイトをするわけじゃないんですからね!
自分を磨くためにお金が必要なだけであって、そんな下心なんかないんだから!
――なのに。
それなのに。
(どうして、こんなにドキッてるの……?)
稔が『好きな男』って言った瞬間浮かんだのが信也さんだったなんて……――。
(もしかして私……信也さんのこと…――?)
その先の答えをはじき出す前に、頭をフルフル振った。
そんな厚かましい考えしちゃだめ!
私なんか相手にされるわけないのに……。
多分、信也さんから見たら私はすごいガキなんだ。
それに私なんてまだまだ冴えない女の子だし……。
あ……なんか暗くなってきた。
ダメダメ!せっかくお母さんが了承してくれたんだから喜ばなくちゃ!
とりあえず、面接用に履歴書を書かなきゃね!
私は信也さんのことを無理矢理頭から追い出すと、履歴書を買いに出かけた。
――今は、キレイになることだけを考えよう。恋は、その後だ。
そう、決心した。
「じゃあ、今度の土曜の十時からということで」
「は、はい!」
――意外にもあっさりと面接は終わり、さっそく働く日が決まってしまった。
私は今ケーキカフェ『エデン』の店内で面接を終えたところだった。
『エデン』の内装はナチュラルなつくりで、木の丸いテーブルと椅子が並べられ所々に観葉植物やキレイな写真が飾られていた。落ち着いた雰囲気で、昼下がりとかにのんびりするにはとてもいい感じだ。
店長の内山さんは二十代後半のとても素敵な落ち着いた男性だった。
ただ少し驚いたのは、女性らしいしゃべり方や動作をすることぐらいで…――。
「でも本当によかったわぁ〜。バイトの子が全然足りなかったから、咲子ちゃん来て大助かりよ」
「いえ、こちらこそ」
野太い声の女言葉に違和感を感じつつ私は答える。
店長、見た目はすごい素敵なお兄さんなのに喋るとギャップがあるなぁ……。
でも、男の人と話すのが苦手な私にとっては、店長の話し方は逆にとっつきやすかった。
「咲子ちゃんは、山田くんの紹介だったけど、どんな関係なの?」
信也さんの名前を出されて一瞬ドキッとする。
「えと、信也さんの妹と私が友達で、私バイト探してたら紹介してあげるって言われて…」
「あら、あなた美央ちゃんのお友達なの〜」
「美央のこと、知ってるんですか?」
「この店にちょくちょく来るわよぉ。とっても可愛いから、私たちの間でも有名だし」
ふぇ〜……さすが美央。
でもよく考えたら、信也さんのバイト先だし美央の好きそうな店だしよく来るのも納得だ。
「てことは咲子ちゃんも清良高校?」
「はい」
「や〜ん、いいわねぇ。あそこの制服すごく可愛いわよね〜。おっきいリボンがオシャレで!今度着て来て〜」
見た目はお兄さん。
でも女性のようにくねくねと身をよじらせて制服に憧れている様子がなぜか自然だ。
面白い店長だなぁ〜。
怖い人だったらどうしようかと思ったけど、この人は好きになれそう。
と、その時店の扉が開いた。
鈴の音と共に入ってきたのは、信也さんだった。
「店長おはようございまーす!あ、咲子ちゃん!」
信也さんの爽やかな笑顔に私は戸惑う。
い、いきなり登場だなんて、こ、心の準備が……っ!
「こ、こここんにちはっ」
思わず変にひきつる声。
やだ、私なんでこんなに意識してるの?
う〜これ絶対稔が変なこと言ったせいだぁ。
「山田くんおはよ、咲子ちゃんの採用決まったわよ」
「やったじゃん咲子ちゃん!じゃあこれからはバイト仲間だな!よろしく」
「は、はいっ」
どう信也さんを見ていいのかわからず、私は目を泳がす他なかった。
最近やっと挙動不振な行動がなくなってきたのに……とほほ。
「えと、それじゃあ私、そろそろ失礼します」
これ以上怪しい行動をしないうちに帰ろう。
そそくさと席を立つ私に、信也さんと店長は残念そうな声を出す。
「あらもう?」
「え〜せっかく今会ったのに」
「す、すみません」
そんな風に言われると申し訳なくなる。
けど、これ以上不審にならないうちに、今は退散したい気分……。
「咲子ちゃん、バイト入るのいつ?」
信也さんが聞く。
「ど、土曜の十時からです」
「お!俺もその日入ってるよ。なら一緒に頑張ろうな」
そう言った信也さんの柔らかい笑顔。
瞬間、緊張がふと和らいだ。
自然に私も笑うことができた。
「はい!」
その様子を見て、店長が微笑んでいたことに私は気付かなかった。
私は信也さんに挨拶をすると、店長に見送られて店の外に出た。
「じゃあ咲子ちゃん、遅刻しないようにね」
「はい」
すると、店長はニマ〜と笑って小さな声でこう言った。
「山田くんとのこと、応援するからね」
「……へ!?」
突然の話題転換に私は驚く。
お、応援!?
「隠さなくてもいいわよ〜。山田くんのこと好きなんでしょ!?」
「ち、ちち違います!」
やだ、稔だけならまだしも店長までー!?
「ふふ、顔真っ赤にして可愛いわぁ〜」
「ほ、本当に違いますってば!信也さんはただの友達のお兄さんで……っ」
「あら、咲子ちゃんほんとに気付いてないの?自分の気持ち」
――え……?
気持ち……?
「まだ自覚がなかったのね、山田くんへの恋愛感情に」
恋愛……感情。
――ドクン、と胸が鳴る。
本当は、気付いていた。
でも、どうせ無理だから諦めようと押し殺していた。
でももう隠せない。
今はっきりと、自覚してしまったから。
私の本当の――気持ち。
(私……信也さんが好き……)
認めてしまった。
もう、戻れない。
でも認めてしまったら、案外心はすっきりした。
そうか……私好きなんだ、信也さんのことが。
無理に否定していた時よりも、認めたほうが心が楽になった。
私はか細い声で、店長に言った。
「あの……信也さんには言わないで下さい」
自分の気持ちは認めても、まだ伝える気なんてさらさらなかった。
「もちろんよ!私は恋する乙女の味方なんだから」
そう言ってウインクした店長がおかしくて、私はつい笑ってしまった。
本当に、店長がこの人でよかった……。
信也さんが好き。
ようやく気付いた……というよりも認めた、私の気持ち。
でもよりによって、美央のお兄さんを好きになっちゃうなんて……。
これじゃあ、美央には相談しにくいなぁ。
帰路を歩く中、初夏の匂いを含んだ風が私の肌をなぜる。
次に信也さんに会うのは土曜日。
その時は、挙動不振にならないよう気をつけなくっちゃ。
この時私はまだ思いもしていなかったのだ。
このバイトが、私と信也さんと美央の運命を、大きく変える一歩になることを。
……まだ、知らなかったのだ。




