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7〜初めてはピンクネイルで〜

ローズピンクにターコイズブルー。

パールホワイトにラメ入りオレンジ――。


色とりどりのマニキュアボトルに囲まれて私と美央はネイルを塗っていた。

信也さんはまだ外出中ということだったので、帰ってくる間マニキュアを塗ろうということになったのだ。

初めてのマニキュアに苦戦しながらも、なんとか私は両手に塗ることができた。

淡いピンクのエナメルネイルだ。

「わ〜可愛い……」

自分の両手を目一杯広げて見てみると、指先がキラキラ輝いて見えた。

オシャレって、不思議。

ちょっと爪にマニキュア塗っただけで、こんなにもドキドキワクワクできるんだから――。

「乾いたらトップコートも塗ってね。そしたら完成だから!」

そう言った美央は、私よりも凝ったマニキュアの塗り方をしていた。

ニ色使って、爪の先から根本までうまくグラデーションしている。

私ももっと練習したら、上手く塗れるかな……?

少しだけいびつな塗り具合いの自分のマニキュアを見て、私はもっと上手になりたいと思った。

「でも美央ごめんね、マニキュアいっぱい使っちゃって」

服とは違ってマニキュアは消耗品だから、やっぱり申し訳ない。

でも美央はウインクすると笑顔で答えた。

「気にする必要ないよ!結構安いのばっかだし。これなんて百均だよ〜」

「え、百均にマニキュアなんてあるの!?」

「うん!値段のわりになかなかいいのあるよぉ〜。百均他にもコスメ関係色々あるし、物揃えるには便利だよ!」

「そうなんだぁ」

「ふふ、咲子って結構世間知らずだよね。お嬢様みたい」

お嬢様……って、そりゃ美央の方がそう見えるんだけどなぁ。

柔らかい笑い方とか、キラキラした雰囲気とか、その容姿とか……。

でも美央は全然そんなことには鼻にかけない。

……というか、自分がそういう雰囲気を持ってることに気付いてないんだろうなぁ。

美央のそんな天然なところが、私は大好きだったりする。

「よ〜し、じゃあ仕上げにトップコートいきますか!」

「なんだ、シールとかチップは付けないのか」

「だってちょうどきらしてるんだも〜ん。…………って」

私と美央が、同時に振り返る。

「おにいちゃん!」

「信也さん!」

二人の声は同時に発せられた。

いつの間にか私たちの背後に信也さんがいたのだ!

い、いつの間に……。

気配感じなかったんですけど……!?

「よ、乙女たち!オシャレしてるねぇ〜。どっか行くんかい?」

驚かすことに成功した信也さんは、まるでコマーシャルのようにニカッと白い歯を見せて笑う。

久々の信也さんに、私は少しだけ緊張してしまう。

「も〜おにいちゃん、驚かさないでよぅ」

プーと頬を膨らませて美央は怒ったフリをする。

「まぁまぁ。だって二人があまりにも真剣にネイルしてるから、ついちょっかい出したくなってさ〜」

ケラケラ笑う信也さんは本当に年上だとは思えないくらい、やんちゃな感じがする。

「……よ、咲子ちゃん久しぶり。元気してた?」

「あ、は、はいっ。元気です!」

「ははは、その様子じゃそうみたいだな」

(信也さん、全然変わってないなぁ〜)

一週間しか経ってないのだから変わってなくて当たり前なのだが、それが何故か嬉しかったりする。

「……で、おめかししてどっか行くのか?」

信也さんはさっきの質問をまた繰り返す。

「行かないよ〜。これは咲子の練習!ファーストネイルだもん、ね〜咲子」

「うん」

首を傾げて同意を求める美央に私は答える。

ふ〜ん……と信也さんは穏やかな瞳でそんな私たちを見つめる。

「じゃあ、邪魔しちゃ悪いから俺は退散しますかね」

「あ!待っておにいちゃん!」

振り返り出ていこうとした信也さんのシャツの裾を、美央がしっかり捕まえた。

「あ?」

「頼みがあるの、咲子がバイトしたいって言ってるんだけど、おにいちゃんのバイト先ってバイト募集してる?」

美央がそう言って私は今日美央の家に来た目的を思い出した。

そうそう、そうだった!それがそもそもの目的よね!

……ネイルが楽しすぎて忘れてた。

「何、咲子ちゃんバイト探してるんだ!?」

「は、はい。……て言っても、ついさっきしたいなって思ったばっかなんですけど」

「はは、大方美央が話進めたんだろ。美央は猪だからな〜」

「何よそれ〜っ」

「目的に向かって一直線ってこと」

さすが兄、美央の性格は把握してるのね。

信也さんはふくれっ面の美央から私に視線を移すと、ニコッと笑った。

切れ長の瞳も、そうすると柔らかい印象になる。

「俺んとこなら、今人手不足だし大歓迎だよ」

「あ、あの、信也さんてどんな店で働いてるんですか?」

やっぱり美容師目指してるわけだし、そっち系かなぁ?

……と思っていたら。

「ケーキ屋さん。半分がカフェになってて、ウエイトレスの数足りないから女の子大歓迎だよ」

「ケ、ケーキ屋さん!?」

い、意外……。

もしかして信也さんて甘党?

「あれ、ケーキ嫌い?」

「い、いえ、大好きです!」

「なら話店長にしとこうか?俺も咲子ちゃんと一緒に働きたいしさ〜」

え……。

その一言に一瞬ドキッとするが、慌てて考え直す。

(信也さんは素直過ぎて誤解されやすい人だったんだ。

一緒に働きたいってのも、ほんと純粋にただ思っただけで……っ)

あぁ、私って何て厚かましいんだろっ。

「やったじゃん咲子!バイトできそうだね」

「う、うん」

「また店長の返事聞いて、よかったら面接になるから咲子ちゃんの連絡先教えてくれるかな?」

「は、はいっ」

私は慌てて携帯電話をカバンから探る。

未だに番号覚えてないのだ。

「えっと、090の……」

読み上げると、信也さんは慣れた手つきで自分の携帯電話に入力していく。

そして、私の携帯電話が着信音を鳴らす。

「それが俺の番号ね」

「はい」

――うわ〜、信也さんと番号交換しちゃった……。

携帯電話をギュッと握り締めて、私は少しだけ胸を高鳴らせる。

「咲子、バンバンイタ電していいからね」

「なんだと〜美央〜!」

信也さんは美央の頭を拳でグリグリする。

「きゃ〜いた〜いっ」

「兄を愚弄したバツじゃ〜」

微笑ましい(?)兄妹ゲンカに私は思わず笑ってしまう。

ほんと、仲の良い兄妹!

クスクス私が笑っていると、信也さんはふと私の方を見何かに気付いた。

「お、咲子ちゃんはピンクかぁ。似合うね」

「え?」

それがマニキュアのこと言ってることは、すぐにわかった。

「見せてごらん」

信也さんはそう言って私の手を持ち爪を見る。

(――うわっ)

大きくごつい手が、私のちんちくりんな手を包む。

こ、これはちょっと……っ。

「はは、まだ塗り方ムラがあるな」

「ぶ、ぶきっちょで……」

「でもまぁネイルは何度もやるうちに慣れるからな。咲子ちゃんもそのうちキレイに塗れるさ」

ネイルが上手い下手とかよりも、握られている手が熱くて。

心臓の音がすごくて。

じわっと手からにじみ出る汗を信也さんに気付かれたくなくて、私はどうしていいのかわからなくなった。

(し、心臓の音が聞こえる〜っ)

……と、その時。

「おにいちゃんそれセクハラだよーっ」

美央がぐいっと私の腕を引っ張ったので、信也さんの手から逃れることができた。

よ、よかった……。あれ以上繋いでたら、心臓壊れるとこだったっ。

「セクハラだとぉ〜!?」

「そうよぉ、咲子が可愛いからって妹の親友に手ェ出さないで」

美央が私を抱き締めながらべーっと舌を出す。

親友……という響きに、ちょっとくすぐったさを感じる。

「手はまだ出してないだろー?」

「まだって何、まだって!」

――あぁ、また始まった。

二人の可愛い兄妹ゲンカを微笑ましく見守るこの図は、どうやら定番になりそうだ。

その日は結局、六時まで美央の家で過ごしあとにした。

見送るよ、という二人の誘いは悪いので断り一人で帰路についた。




マニキュアはもうキレイに落としてしまったけど、自分の部屋で何度も手を見ていた。

今度、自分のマニキュアを買おう。

色は――そうだな、信也さんが似合うと言ってくれたピンク色にしよう。

そう思った瞬間、手のひらが熱くなる。

信也さんの手のひら。

大きくて。

あったかくて。

ごつごつと骨太い男の人の手。



携帯電話を枕元に置くと、私は布団をかぶった。

信也さんの番号が入った携帯電話。

今日は鳴るはずないけど、そのうち電話するって言っていた。

なのにどうして、こんなにも携帯電話が気になるんだろう。




――今日はなかなか、眠れなさそうだ。

夜の闇が深くなる中、私は明日を期待してゆっくりと眠りについた。

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