6〜乙女のシビアな事情〜
キーンコーンカーンコーン……――。
ざわめきだす教室。
席を立ちお喋りし出す生徒たち。
放課後のいつもの風景の中、私も帰り支度をしていた。
――魔法をかけられてから一週間が経っていた。
メイクがまだ上手くできない私は、今日美央に誘われてコスメショップに寄り道することになっていた。
私はメイクは別にまだ高校生だし、そんなに必要ないと感じていたのだけど……。
『せっかく可愛くなったのに、ノーメイクなんてもったいないよぅ!』
……と美央が言うので行くことになったのだ。
(……でもなぁ)
実は、今日の寄り道は気乗りしないのだ。
別にメイクが嫌とかじゃない。むしろ、私ももっとメイクのこと知りたいと思う。
でも、のっぴきならない事情を私は抱えていた。
それは…――。
「咲子!準備できた?行こう!」
「あ、う、うん!」
美央に呼ばれ私はハッと我にかえる。
ターコイズの付いたコンコルドで髪をまとめた美央は今日も可愛い。
私も前よりはだいぶましになったとは思うけど、美央のようになるにはまだまだ道のりが長そう…――。
「あのねぇ、そのコスメショップすっごい品揃えいいんだぁ!オリジナルコスメとかもあったし時間忘れてついつい長居しちゃったんだ〜」
「へー、なんか楽しそう」
私たちは途中の駅で降りると、美央の案内で目的のコスメショップに向かった。
私の家と学校の間にあるこの駅は、美央いわく可愛くて良い店が多いらしい。
この辺では買い物もできるくらい色んな店がある、結構栄えている駅だ。
しばらく歩くと目的のお店に着いた。
外観は白と赤で色鮮やかな印象を受けた。
どうやら、コスメ以外にも小物も売っているみたい。
お店の看板には『コスメショップLALA』と書いてあった。
「さ、はいろ」
「うん」
自動ドアをくぐりぬけ店内に入ると、売り物のコスメや小物が可愛く配置されていた。
外観の赤と白のデザインは、内装にも使われている。
「わ〜すごい…」
「このお店ちょっと変わっててね、普通メーカーごとにコスメって配置されてるんだけど、ここはリップはリップ、マスカラはマスカラって種類ごとに置いてあるんだ。中には見にくいって言う人もいるけど、私はこっちのが見やすくてスキなんだぁ」
「へぇ〜」
言われてみると、リップがずらりと並べられているコーナーもあれば、マスカラばかり並んでいるコーナーもある。
確かにあまり見ない配置の仕方かもしれない。
「よし、咲子何見たい?」
ウキウキしたように聞く美央に、私はえぇと……と答える。
「まつげカールさせる道具とマスカラがほしいかなぁ」
雑誌で研究した結果、アイメイクがやはり一番力を入れるべきポイントだと学習した私は、アイメイクセットを揃えることにした。
目が変われば顔の印象もだいぶ違う!……らしい。
「ビューラーとマスカラね!それならアイライナーとアイカラーも見てみようよ」
「う、うん!」
美央の勢いに押され、私もなんだかワクワクしてきてしまった。
コスメをまさか選ぶ日が来るなんて、数週間前には考えてさえもいなかったのに。
――が、しかし。
(えぇ!マスカラ下地がいるの!?)
(うわ!アイカラー思ってたより高いっ)
(あ〜これ可愛くてほしいけどこの値段は〜……)
のっぴきならない事情に、案の定私はつまずいていた。
――そう、私のその事情とは……経済事情。
中身の薄い財布でコスメが買えるかどうか不安だったけど、やっぱりその予感は的中していた。
「ねーこのマスカラ良さそうだよぉ!カール力が強いって!」
……と言って美央が薦めてきたマスカラは二千五百円。私の昼食代何日分さ!?
安いのも中にはあるけど、アイメイク道具全部揃えたら結構かかりそう……。
こりゃ絞って必要最低限のものを選ぶしかないなぁ。
オシャレにはお金がかかる――それは仕方のないことかもしれない。
「私これ買おーっと!」
美央はお店のカゴに次々と商品を入れていく。私のは空っぽなのに……。
「ねぇ、美央」
「ん?なぁに?」
「美央って何かバイトやってる?」
でなきゃ、こんなにバンバン買えないよね?
ふと聞いた質問に、美央はにっこり答える。
「うん!高校入ったと同時に始めたんだ。カフェで働いてるよ〜」
やっぱり……と思ったと同時に、私はうーんと考えた。
「私もバイトやろうかなぁ。これから色々と買いたいのあるし、お小遣いだけじゃまかなえないや」
ただし、親がOKしたらの話だけど。
私がそう呟くと、美央の顔がパッと輝いた。
「なら私のとこでバイトしようよ!咲子も一緒なら私も嬉しいし」
うん、そっちのが私も助かるなぁ。
けれど次の瞬間美央はハッと何かに気付いた。
「あ……でももしかしたらダメかもしんない。バイト募集この前締め切ってたから……」
「え、そうなの?」
それじゃあ美央と同じとこではバイトできないかぁ……。
「あ、でも店長に私から頼んでみよっか?」
「ううん、無理言っても悪いし他のとこ探してみるよ」
「そっかぁ〜……うぅん、残念!」
私も残念だけど、やっぱいつまでも美央に頼ってばかりじゃダメだよね。
――信也さんに魔法をかけてもらったあの日以来、私は積極的に自分を変えようと意識していた。
以前は変わりたいとは思っても、動こうとさえしなかった。
でも。
美央にぐいぐい引っ張られるうちに。
信也さんにどんどん変えられているうちに。
私も動かなきゃって。
自分自身の気持ちを変えなきゃって。
――そう思うようになったの。
それもこれも全部、美央と信也さんのおかげ……。
(そういえば信也さん、元気してるかなぁ)
一週間前に会って以来、当たり前だけどずっと会ってない。
何だか、懐かしいなぁ……。
「あ、おにいちゃんとこならどうかな!?」
「え!?」
突然美央がそんなことを言ったから、思わず大げさに驚いてしまった。
み、美央タイミング良すぎ〜!
ドキドキ……と心臓が鳴ってしまう。
いや、それよりも、信也さんとこ……って?
「し、信也さんとこ?」
「うん!おにいちゃんもバイトしてるからそことかは?」
「で、でも信也さんに迷惑が」
「も〜咲子ったら遠慮し過ぎ!私と咲子の仲でしょ」
いや、この場合私と信也さんの仲を考えるべきでは!?
しかし美央が決めたら一直線な性格だということを知っている私には、美央の勢いを止めることはできなかった。
結局、この後美央の家に寄って信也さんに話を聞くことになった。
でも信也さんに会えるのは……正直嬉しい。
恋愛感情とかではなく、純粋に信也さんの人柄は好きだから。
何でも正直に言っちゃうとことか。
意外と気を遣う性格とか。
大きく笑う仕草や、私の頭を叩くごつい手のひらとかが……――。
(なんか、好きだなぁ)
この、信也さんに対しての穏やかだけどちょっとドキドキする気持ち……何なんだろう?
結局、私はビューラーとマスカラとピンクのアイカラー(どれも安いけど……)を、美央は例の高いマスカラとチークとマニュキア数本を買った。
美央の家着いたらマニュキア塗りあいっこしよう!……てことになったけど、私上手く塗る自信ないよぉ。
でも、買ったコスメよりもこれから信也さんに会うことばかり気になって。
美央の家に着くまで、私は何度も鏡チェックをする羽目になったのだった……――。




