3〜幸せの黄色いキャミソール〜
――まず困ったのが、服だった。
一体何を着ていくべきか……うぅ〜ん。
全身鏡の前で下着姿で悩む私。はたから見たらちょっと面白い光景かもしれない。
(山田さんちに行くんだからそれなりにオシャレしてかないとね。いつも制服だから困るなぁ〜…)
こういう時に可愛い服がないのは困る。
でもせっかく可愛くなる(あくまで予定、だが)のだし、ダサい格好はしたくない。
「あ、そうだ!確か黄色いキャミがあったよーな……」
ふいに、前気まぐれでお母さんが買ってきてくれたキャミソールのことを思い出した。
フリルが恥ずかしくて一度も着たことなかったけど、私が持つ服の中では一番可愛いのだ。
「確か二段目に……あったあった!」
タンスの引き出しから例のキャミを取り出す。うん、やっぱり可愛い。
よーし、今日はこれを着てこうっと!
「下はジーパンでいっかな〜」
「なんだサコ。デートか?」
「なわけないじゃん、友達んちに行くだけよ」
………て、……ん?
この声は―――!
「ちょっと稔!何勝手に入ってきてんのよ!」
いつの間にか今年中学一年生になった弟、稔がいた。
小憎たらしい態度でずけずけと言う。
「いいだろ減るもんじゃなし。てかどーせサコの部屋だし〜」
「呼び捨てにするなって言ってるでしょ!早く出ていきなさいよぉ!」
稔は小さい頃から口達者で私はいつもからかわれている。
このひねくれた性格、誰に似たのかしら!しかも稔はクラスでモテモテらしいし……ほんとに私の弟!?
「友達って、高校のか?」
「そうよ!悪い!?」
「美人か!?」
興味深々に聞いてくる稔。……悪いけど、それは愚問だわ。
「……かなりね」
ふふん、と得意気に笑った私。お〜…と稔も感心をする。
「今度家に連れてこいよ、俺の女の一人にしてやる」
……つい最近までランドセル背負ってた子どもの言うことか!
でも実際いつもハーレムに囲まれている稔が言うから冗談に聞こえないのが怖い。
「馬鹿言わないでよ。てか、今私着替えてるんだから!出てよ〜!」
ぐいぐいと不満そうな顔する稔を部屋から追い出すと、ほ〜……と溜め息をついた。
ほんと、似てない姉弟。
(……山田さんのお兄さんは山田さんに似てるのかな?)
そしたらすごい美形に違いない。
またウキウキしてきた私は、黄色いキャミを初めて着た。
――素敵な日曜になりそうな予感!
爽やかな六月の風が吹く駅前。
高鳴る期待を抑えて駅前の時計に目をやる。
(十時ジャスト……もう来るかな?)
と、その時。
「神崎さん、お待たせ〜!」
山田さんが小走りにやってきた。
今日の私はカンがいいらしい。
(うわ〜!私服の山田さん可愛い〜!)
白い膝丈のワンピース。
胸下のリボンラインがよりその可愛さを強調している。
羽織っただけの七分袖のボレロの黒色が、よりワンピースの甘さを際立たせていた。
まるで、雑誌のモデルさんみたい……。
「ギリギリになっちゃってごめんね、待ってない?」
「大丈夫、私も今来たところだから」
……実は早く来すぎて二十分位立ってたけど、恥ずかしくて本当のことは言えなかった。
「よかった。じゃあ行こうか!」
「うん」
こんなに可愛い山田さんの隣を歩くのは何だか気後れするかも……。
私は少しだけドキドキしながら歩き出した。
駅から山田さんの家まで、歩いて十分くらいだという。
「それにしても今日は晴れて良かったよね、もうすぐ梅雨入りだから心配してたんだぁ」
「う、うん。そうだね」
あれ、何だか緊張しちゃうな。やっぱ制服と私服じゃ雰囲気違うからかなぁ。
しかし、山田さんは変わらない笑顔で私に話しかけてくれる。
「神崎さんのそのキャミ、可愛いね〜」
「ほ、ほんとに?」
「うん!黄色って好きだなぁ。明るい色、いいよね」
そう言われて、私の緊張がふとほぐれたのがわかった。
山田さんは可愛くて、優しい。
「ありがとう。可愛いのこれくらいしかなくて……」
照れながら言うと、山田さんはじゃあさ……と提案した。
「なら午後買い物しない?安くて可愛いお店紹介するよ〜!」
「ほんと?うん、行きたい!」
私は可愛い服屋さんなんて全然知らなかったから、紹介してもらえるのはすごく嬉しかった。
ほんとにいい子だなぁ、山田さんは。
「あ、それと今の話とは全然関係ないんだけどね」
「?」
私が首を傾げると、山田さんははにかみながらこう言った。
「名字やめて、名前で呼び合わない?他人行儀っぽいし。私、咲子って呼びたいな」
咲子……稔が言ったらむかつく呼び捨ても、山田さんが言ってくれると途端に嬉しい。
私は笑って応えた。
「もちろんいいよ!えっと、じゃあ私は……」
「美央、て呼んで」
「う、うんわかった。み……美央」
今まで友達を呼び捨てにすることがなかったから、言う時にとても緊張してしまった。でも一度口にしたら、ぐっと山田さん……じゃなかった、美央との距離が縮まった気がした。
これも、魔法のひとつ?
「ふふ、そのうち呼びなれるよ。てか今日おにいちゃんもいるし、山田さん……だとどっち呼んでるのかわからないしさ」
「あは、確かにそーかも」
山田さん、と呼んで二人とも振り向く姿を想像して笑ってしまった。
柔らかな初夏の風が、ふわりと吹いた。
美央の家は本当に私の家から近かった。学区が違うから中学は分かれていたけど、こんなにご近所さんだったのかと驚いてしまった。
小さな庭のある普通の一軒家。
私の家とそう変わりないつくりに妙に安心してしまった。
いやだって、美央のことだからテレビに出てくる豪華な家……ていう展開があってもおかしくないんだもん!
玄関の隅にある色とりどりの花は美央のお母さんの趣味らしい。
「どうぞ、入って」
「おじゃましま〜す」
遠慮がちに玄関に入ると、くつを脱いで上がった。
中も、私の家とそう変わりはなかった。
――つ、ついに来てしまった!
ドキドキしながら立っていると、美央が大声で二階に続く階段に向かって叫んだ。
「おにーちゃーん!友達来たよぉ!」
(つ、ついに美央のお兄さんが……!)
緊張が一気に高まった。
階段の奥から、男の人の声が聞こえる。
「んー、今行く」
トン、トン、トン。
階段を下りてきた美央のお兄さん。
(わ………格好いい!)
それは想像以上の格好良さだった。
まず目に着くのが瞳。美央と同じ、パッチリ二重なんだけど、切れ長にも見える。
美央が甘い瞳なら、こっちはちょい辛って感じかな?
すっと筋の通った鼻。端正な口元。
そして美容師を目指しているだけあって、髪型も格好いい。
短めに切られた髪の毛は茶色がかっていて、ワックスかなんかで逆立ててある。
身長も高い……百八十あるかもしれない。
Tシャツとジーパンという普通の服装なのに、すごくオシャレに見える。
きっと、高い服なんだろうなぁ……。
「おにいちゃん、この子が神崎咲子ちゃんだよ。咲子、おにいちゃんの山田信也」
「は、はじめまして!よ、よろしくお願いします!」
私は深くお辞儀をした。
こんなに格好いい人に髪を切ってもらえるなんて……どうしよう〜!……いや、別に何があるってわけでもないが。
しかし。
「こりゃまた……だせぇの連れて来たな」
私の胸の高鳴りは。
「お、おにいちゃん!?」
一瞬にして砕け散った。
――はい?
私はポカンと美央のお兄さん――信也さんを見上げた。
「髪は重くて暗いし背もちまいし。こりゃいじり甲斐がありそうだ」
――な、な、な。
(なんて失礼なやつなのー!!)
私の怒りバロメーターは一気にマックスになった。
「ちょっと、失礼じゃないですか!」
「そうよおにーちゃん!咲子に謝ってよ!」
「何だよ、ほんとのことだろー?」
「ぼ、ほんとのことでも言っていいことと悪いことが……っ」
「そーよ!そーよ!」
「ははは、元気がいーなお前ら」
呑気な信也さんの台詞に、ガクッと力が抜けた。
こ……この人、稔に似てる……。
容姿はともかく、この性格。自信に満ちて私を見下してる感がそっくり……。
「えーと、咲子ちゃんだっけ?」
「は、はい」
突然呼ばれ緊張してしまう。
「まぁ今日は俺がとびっきり可愛くしてあげるからさ。よろしくね」
にこりと笑った表情に思わずドキッとなる。
あんなひどいこと言われたのに……も〜!美形ってなんて卑怯なの!?
「よ、よろしくお願いします」
悔しさと緊張をごまかすため大きな声で言うと、信也さんはまた笑った。
――あ、美央に笑い方そっくり……やっぱ兄妹なんだなぁ。
そんなことをぼんやり考えていると。
「でもキャミは可愛いしよく似合ってるね。好きだよ、そーいうの」
あまりにもさらりと言われた誉め言葉に、私の顔は真っ赤になった。
「あー!おにいちゃん咲子に毒牙かけないでー!」
「何言ってんだ、ほんとのこと言っただけだろー!?」
……こ、この人って。
思ったこと何でも言わなきゃ気が済まない人なんだ……。
なんだか信也さんのキャラがわかりかけてきた私は、これからの展開にどう期待していいのかわからなくなった。
魔法使いの兄は同じように魔法使いなのか――それとも。
上った階段の先にその答えはある。
私は胸を張ってキャミソールを強調すると、美央たちの後に続いて階段を上り始めた。




