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17〜欲しかった温もり〜

自慢じゃないけれど。

私は生まれてこのかた、十六年間告白なんてされたことはなかった。

……というか、異性からそういう目で見られたことなんてない。

だからもちろん、ナンパや痴漢なんてのにも遭ったことはなかったから、平和に十六年間を過ごしてきたのだ。

それが私――神崎咲子の人生だった。


なのに。

――それなのに。



「好きやで、咲子ちゃん」 

到底、告白をしている風な表情に見えない藤原さんの両腕に封じ込められて。

「―――……っ!」

こんな状況にどうしていいかわからない私の頭の中は、パニックに陥っていた。

ここはバイト先の倉庫部屋。

いくら離れているからって、大声さえあげれば届くはずだ。

でも、肝心の声が……出ないっ……。

「まぁそんなに怯えんといてや、何も今、やろうちゅーとんやないんやし」

「……っ……」 

何を藤原さんがやろう、と言ったのかなんて考えたくもない。

ただもう、早く藤原さんから逃れたい!

それしか今は頭にはなかった。

だから、藤原さんの目がすっと鋭くなったのを私は見ていなかった。

「せやけど……味見くらいはさしてな」

「――!!」

顎を持ち上げられて顔を近づけられる。

キス、される―――!?


「いやっ!!」


ようやく声が出たと同時に、思い切り藤原さんを突き飛ばした。油断していたのか、藤原さんの体が思ったよりも飛んだ。

「おっと」

その隙に私は扉まで駆け寄る。

鍵を外して外にさえ出れれば……!

けれど私のその希望は、藤原さんに捕まることでたやすく無くなってしまった。

掴まれた腕ごと引き寄せられて、私はまた藤原さんの腕の中に封じ込まれてしまう。

「そんなに嫌がらへんでもえぇやんか……山田さんにはやらせてるくせに」

(私と信也さんはそんな関係じゃないのに……!どうしたらいいの!?)

鼓動が早くなる。

絶体絶命のピンチだ。

そんな中……頭の中に浮かぶのは、大好きなあの人のこと。


――ああ、こんなことなら、信也さんに好きって言えば良かった!


――そうだよ。

私まだ、信也さんに本当のこと伝えてない……!


私、何もしてない。

そう考えたら、無我夢中で信也さんを呼んでいた。

「し……信也さんっ!!信也さん……!」

震える声。抵抗する手には怖さからか力が入らない。

それでも私はありったけの力で藤原さんに抵抗する。

「こんな時に他の男の名前出すなや……っ」

抵抗する私にいい加減イラついてきたのか、藤原さんの声が低くなる。

――怖い……!

そう思った瞬間。

ふわりと体が浮き……そして鈍い音と共に体が床に押し付けられた。

背中に痛みが走る。

「……っ!」

「咲子ちゃんが悪いんやで。下手に抵抗したりするから……」

もう藤原さんの顔に笑みは、ない。

藤原さんの片手が、私の体に伸びる――。


(いや……!!)

もう――駄目……!。


と、次の瞬間。


バンッ!

「!!」

鍵をかけられている扉の向こうから、強い衝撃がきた。

誰かが扉を強く叩いている。

「咲子ちゃん!ここにいるか!?」

(!……信也さん!!)

聞き間違えるはずなんてない。

扉の向こう側にいるのは、確かに信也さんだ!

「信也さん……た、助けて!!」

「咲子ちゃん!?」

私のただならぬ叫びに信也さんが動揺したのがわかった。

藤原さんは私を押さえ付けたまま扉を凝視し、やばい、といった表情をしている。

そして。

カチャリと金属的な鍵の音と、弾けるように壁に叩きつけられた扉の音はほぼ同時だった。

「咲子ちゃん!」

開け放たれた扉の向こうから、まだバイト着さえ着てない信也さんの姿が現れた。

(信也さん――!!)

一瞬、私の願いが見せた幻かと思った。

でも、違う。

確かに信也さんはそこにいる――!

床に押さえ付けられたままの私と藤原さんを見た信也さん。

「っ……まぇ!何してんだ!!」

今までに見たこともない形相に変わった信也さんが、見えぬ早さで藤原さんに駆け寄る。

「やべっ……」

と私から離れようとした藤原さんだった――が。「きゃあ……!」

「ぐぁっ!」

殴られる鈍い音と激しく倒れる音。

気付けば信也さんが倒れ込む藤原さんの前に立ち、睨みつけていた。

(信也さんが……殴った……!?)

信也さんに助けられた私は、壁に背中を預けへたりこんでいる。

信也さんから、目が離せられない。

「てめぇ……何してた」

……それは聞いたこともない、低い、抑揚のない声。

私に向けられた声じゃないのに、ビクン、と私の肩が揺れた。

「や、やだな〜山田さん……冗談ッスよ、冗談……」

そう言う藤原さんの顔はひきつっている。途端に、信也さんはカッとなって藤原さんの胸倉を掴んだ。

「……っざけんな!!」


(――あ!駄目……!)


駄目!

そんな風に魔法の手を使わないで――!!


「やめて!信也さんっ!」

気付けば私は、信也さんの振りかざされた腕を必死になって止めていた。

「咲子ちゃん……!?」

「駄目です……こんな風に……殴らないで!」

こんな風に、魔法の手を使わないで……。信也さんの手は、私を幸せにしてくれる手なの―――。

ぎゅ、と信也さんの腕にしがみついた。

心臓の音はやたら早くて、それがさっきまでの危機のせいなのか信也さんがいるせいなのかはわからない。

でもとにかく私は、信也さんに人を殴ってほしくなかった……それだけだった。

「咲子ちゃん……」

信也さんの表情が、落ち着いていく。

ああ……いつもの信也さんだ……!

――と、その隙に床にへばっていた藤原さんがあたふたと部屋から逃げ出す姿が目の端に映った。

が、しかし。いつからいたのか、扉には怖い顔をした店長が仁王立ちをしてそこにいた。

「逃がさないわよ、藤原くん」

「て、店長!」

藤原さんの声がひっくり返った。

「今までバイトの女の子たちがバタバタ辞めてったのは、やっぱりあんたが原因だったのね」

え、そうなの!?

確かにウエイトレス不足だからこのバイトに誘われたけど……藤原さん前々からこんなことを!?

「い……いや〜、その……」

藤原さんの顔はひきつる。白状しているようなものだ。

――途端、店長のドスの効いた声が静かに響いた。

「ふざけんじゃねーぞ……このクソガキ」

「!!」

しかし次の瞬間にはにっこり笑い、藤原さんの耳を引っ張っていった。

「まぁお仕置きは後でするからあんたは仕事に戻りなさい」

「い、いでで!」

ぐいぐい藤原さんを引っ張っていく店長は、一瞬私に優しい目を向けて扉を閉めた。

パタリ――と静かに響いた部屋に、私と信也さんだけが取り残された。

私は今だに信也さんの腕にしがみついたまま……何も考えられないでいた。



――ええと……今、何が起きていたんだっけ。

店長が来て……信也さんが来て……。

信也さんが藤原さんを殴って。でも私は殴る信也さんを見たくなくて、止めて。

でも、そもそも信也さんが藤原さんを殴ったのは……。

殴ったのは……。

「ぁ……」

突然振り返した恐怖感。

あのまま信也さんたちが来なかったら、私……今頃……っ。



「……ふぇ……っぇ」

「さ、咲子ちゃん!」

――それは恐怖感からじゃなく、安心感からきた……涙。

怖かった……本当に怖かった……!

震え出した体を止めることができなくて、私は信也さんから手を離して自分の体を抱きしめた。

涙は止まらなくて、情けない鳴咽が溢れ出す。

「……ぅ、ひっく……ぅ……っ」

もうわかんない。

頭がぐちゃぐちゃで、涙の歯止めが効かない。

そんな私を見て信也さんはどう思っているだろう。

そんなの、困っているに違いない。

けれど……。

「咲子ちゃん……」

――ふわり、と温かい何かに包まれた。

それは信也さんの胸の中。

床に座り込んで泣いている私を、信也さんは静かに抱きしめていた。

遠慮がちに緩めに私を包む腕の温もりが、すごく……気持ちいい。


(信也さん……っ)


――ひどいよ信也さん。

そんなの逆効果だよ。


温かい腕の中。

安堵を得た私は、何だかますます泣きたくなって、さらに声を上げて泣いた。

いつの間にか信也さんに寄り添うようにしがみついても、信也さんは静かに抱きしめて頭を撫でてくれた。


――そう、この温もりが……欲しかったんだ……。

相変わらず遅い更新ですみません(汗)それと、コメント・評価ありがとうございます!私にとってこれ以上の元気の素はありません!コメントに関しては返信機能が付いたので、小説が終わったらコメントをしてくださった皆様にそれぞれ返信させていただきます(*^_^*)でも「キレイの魔法」はまだ続くのでかなり遅くなるかと…(汗)こんな春野桜ですが、頑張って書きますのでよろしくお願いしますm(__)m

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