16〜ピンチは突然に〜
「え、買い出し……ですか?」
「せやで」
稔の叱咤を受けて出向いたバイト先。
いざ、信也さんとの顔合わせだ!……と意気込んで来たのに、信也さんは店長の指示で買い出しに出掛けているという。
そう教えてくれた藤原さんを前に、私はなんだか肩透かしをくらわされてしまって動揺してしまった。
なんだぁ……いないのか。
「ん、どしたん?咲子ちゃん」
「あ、いえ、何でもないです!」
失礼します、と私は頭を少しだけ下げるとそそくさと藤原さんから離れた。
実はあの手を肩に置かれて以来、藤原さん苦手なんだよね……申し訳ないんだけれども。
(もしかして店長また気をまわしてくれたのかなぁ)
それは充分に有り得ることだった。
店長は何かと気配り上手だし、人間関係に敏感な人だ。
告白されたあの日。
いきなり店を飛び出したのだから、店長が私と信也さんの異変に気付かないわけがないんだ。きっと私と信也さんが気まずくならないよう、離してくれたんだ。
(でもここで逃げるわけにはいかないよ……!)
忘れかけていた、頑張る気持ち。
逃げているなんて嫌。
だから、信也さんに言おう。
――私も……信也さんが好きです……て。
でも、美央が許してくれるまで待ってて下さい、て。
――それが、私の出した答えなの。
信也さんも美央も大好き。
だからこそ、美央に反対されたまま付き合うことはできない。
だから、待っててくれますか?……と。
回りくどいかもしれないけど、それが私の望むカタチだった。
(とにかく、店長の誤解は解かなくちゃ!)
信也さんがいない時は、厨房をまわすのは店長だった。
私は店長のもとへ行こうと厨房へ足を向けた……が。
チリーン、とドアの開く音がした。
「いらっしゃいませ!……ほら咲子ちゃん、仕事やで」
「あ、はい!」
タイミング悪く続々とお客が入ってきた。
(仕方ない、また後にしよう)
落ち着いた時にまた声をかけようと考え、私はまだ慣れない営業スマイルでバイトに勤しんだのだった。
時刻は三時半。
四時にあがる予定の私は、まだ店長に話をできないでいた。
(こういう日に限って忙しいんだから〜)
できれば落ち着いた状態で話をしたいし、また後日改めてしようかなぁ。あ、でもちょっと客も少なくなってきたし、帰りがてらに声かけてもいいかなぁ?
そんなことを考えていたら。
「咲子ちゃん」
藤原さんに声をかけられた。
なんか今日はよく藤原さんと話すなぁ。
「はい」
「ちょっと裏の倉庫から予備のおしぼり出してきてくれへんか、足りんねん」
「あ、わかりました」
エデンの店の倉庫は厨房と反対の位置にある。
倉庫というよりも物置部屋といったそこに、私は足を向けた。
お客さんから見えないよう配慮された倉庫は、一歩入ると賑やかな店とは違う雰囲気になる。
「えーと、おしぼりおしぼり……」
あれ、いつもは手前にあるのに今日は奥にある。
おかしいな……と思いつつも私は倉庫の一番奥へと歩いた。
その時。
――パタン。
静かに閉められた扉の音と、カチャリとかけられた鍵の音。
(え……!?)
振り返るとそこには、なぜか藤原さんがいた。
「藤原さん?」
なんでおしぼりを取りに行かせたのに、わざわざ来るの?
ううん、それよりも……あの鍵の音は……。
「ようやく二人きりになれたなぁ」
私に近づいてくる藤原さん。
そこにはいつもの愉快な関西のお兄さんの顔は……ない。
「あ……あの」
急に鼓動が早くなる。
警報みたいなのが私の中で徐々に強くなる。
何……?
怖い……っ!
動けないでいる私の目の前に、にやりと笑った藤原さんが立った。
気付けば私の後ろには冷たい壁。
その壁に、藤原さんが片手をついて私に近づいた。
何……これっ。
強張って動けない私を見て、藤原さんの目が細くなる。
「咲子ちゃん、ほんと可愛くなったよなぁ」
そう言って藤原さんの手が私の顎にかかる。
(いや!)
そう思っても声が出ない。
体が強張る。
藤原さんはにやにや笑いながら言葉を続ける。
「実は入ってきた時から目ぇつけててん。最初は芋臭い感じやったけど、えぇ感じになったなぁ。好みやわ」
言っている言葉は告白のよう。
けれどその声が、表情が。まるでモノを見ているかのように感情がなく、怖い。
信也さんのしてくれた告白とは全然違う――。
「いや……!」
逃げようと無理矢理体を動かした――のに。
「おっと」
藤原さんの反射神経は早く、両手を壁につかれて私はその中に閉じ込まれてしまった。
「ひどいなぁ、咲子ちゃん。人が告白しとんのに」
告白?そうなの?
それならこんな風に警戒しているのは、確かに悪いけれど……。
「咲子ちゃん俺と付き合わへん?」
どうして、藤原さんはにやにやしているんだろう……。
「ご……ごめんなさい、私、好きな人いるんですっ」
勇気を出して私は断りの言葉を口にした。
私が好きなのは信也さんだけ、他の人は今、考えられない!
「それ、山田さんのことやろ」
「えっ」
ば、ばれてるっ。
「せやけどな〜それは不平等あらへんか?俺にも一回くらいはえぇやろ?」
不平等?
一回?
藤原さんの言っている意味がわからない。
不平等と言われても、大抵の人は好きな人は一人だけでしょう?
それって、どういう……。
「まぁぶっちゃけ付き合わへんでもいいから、一回くらいやらしてな」
――その時。
最悪のシナリオが頭を過ぎった。
密室状態の倉庫の中。
藤原さんから逃れる術は――なかった。




