表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/28

14〜Sweet Dream・Bitter Real〜

「お待たせいたしました、ストロベリータルトです」

「え、違いますけど……」

「!……し、失礼しました!」


慌てて私はストロベリータルトをトレーに戻した。

お客さんであるキレイなお姉さんが、きょとんと私を見ているのがわかって、私は恥ずかしくなった。

あぁ、これで今日何度目の失敗だろう……。

自然と重い溜め息が、口から吐かれた。


今日は金曜日。 

明日は学校が休みだから、バイトのシフトはラストまでになっている。

今までなら、信也さんと長く働いていられる!……て喜んでいたけど、今は素直に喜べない。

美央と喧嘩したあの日以来、私は信也さんとまともに話せないでいた。

なぜなら……。


『なんでおにいちゃんなの……?』

『私、許さないから!』


――信也さんと親しくすることは、美央に対しての裏切りになるような気がして……。私は、信也さんを避けていた。

それに信也さんが気付いているのかは、私にはわからないけど……。




最後の客が帰ると、私は店内をホウキで掃き始めた。

今は厨房に信也さんが、ホールに私と店長がいる。

店長はテーブルチェックをしながら、私に話しかけてきた。

「咲子ちゃん、今日は疲れちゃったかしら?大丈夫?」

その声は本当に心配そうで。

失敗続きだった私は、とても申し訳なく感じてしまった。

「今日は……すみませんでした!失敗ばかりで迷惑かけて……っ」

メニューを違うテーブルに運ぶわ、水をこぼすわ、壁にぶつかるわ……。

本当にひどい。

けれど店長はそんな私に、優しい言葉をかけてくれる。

「いいのよ、別に!それよりも……」

店長が厨房を気にしながら、声をひそめた。

「美央ちゃんとは……どう?仲直りできた?」

「………」

あの時居合わせていた店長だけが、私と美央のことを知っている。 

私はふるふると頭を振った。

「そう……、早く仲直りできるといいわね」

優しい店長の声が、じんわりと心に染みる。

実は知っていたんだ。

私が信也さんを避けていることに店長が気付いて、なるべく私と信也さんを二人きりにならないように気を配ってくれていたこと。

店長は、本当にいい人だ……。

――と、その時。

「店長、厨房片付け終わりました!」

信也さんが厨房から顔を出し、声をかけてきた。

「はい、ご苦労様!上がっていいわよ〜」

店長が明るい声で信也さんに返す。

が、しかし。

「あ、その前に咲子ちゃんちょっと来てくれる?」

「えっ」

なぜか信也さんが私を厨房に呼ぶ。

挨拶と仕事の内容以外は話していなかったから、ドキンと胸が跳ねた。

ど、どうしよう……?

ちらりと店長を見ると

「いってらっしゃい」

と優しい目をしていた。

これ以上避けるのは限界だと、店長は気付いていたんだ。

私は、きゅっと唇を結ぶと足を厨房へ進めた。

中に入ると信也さんが笑いかけてくれた。

「咲子ちゃん、こっちおいで」

そう言って信也さんは私を厨房の奥へと連れていく。

奥まで行くともう店長の姿は見えないから、まるでふたりっきりになったような錯覚に陥る。


……ううん、錯覚なんかじゃない。

確かにこの厨房には、私と信也さんしかいないんだから……――。


(な、何の用だろ……避けてるのやっぱ、バレちゃった?)

悲しいかな、私は嘘がつけない性分。

けれど信也さんはニコニコして、厨房の一番奥にある作業台の前に立った。

私に正面を向けて、後ろに何か隠してる……?

「ふっふっふっ……咲子ちゃん、見て驚くなよ」

含み笑いをする信也さん。年上なのに、少年みたい。

「??」

訳もわからずきょとんとする私に、信也さんが派手なアクションをつけて後ろにあるものを見せた。

「はい、じゃーーん!」

「あ!」


それは、ケーキだった。

とても小さなチョコレートケーキ。

真ん中に《SAKO》てホワイトチョコペンで描いてある。

その横にはなぜか犬の菓子人形がちょこんと置いてある。


これ、信也さんが作ったの……?

私の名前が描かれた、チョコレートケーキ。

驚く私に、してやったりの信也さんの顔が覗きこんだ。

「驚いた?」

「お、驚きますよ!だってこれ……え?え?」 

慌てふためく私を見て、信也さんが柔らかい笑顔になる。

「俺から咲子ちゃんへのプレゼント。最近元気なかったろ?だから、さ」

「あ……」

そうか。

私が避けていたのを、信也さんはそう受け止めていたんだ。

元気がない、て。

だから励ましてあげようと、こんなプレゼントを……?

どうしよう……すごく嬉しいよ……!!

胸が優しい痛みで満たされる。

私やっぱり、信也さんが好き――。

「ありがとうございます」 

自然と笑顔とお礼の言葉が溢れた。

好きな人にこんなことされて、嬉しくないはずがない。

「喜んでくれた?」

「もちろんです」

ニコリと笑った私に、また信也さんもニコリと笑う。

美央ごめん、私やっぱり信也さんが好き……。

片思いなら、許してくれる……?

「咲子ちゃんチョコ好きだったろ。名付けて『SAKO’Sスペシャルわんこケーキ』!どう?」

「あは、何でわんこなんですか?」 

「だって咲子ちゃん犬っぽいもん」

「え〜、そうですか?」

久しぶりに話した信也さんとの会話は、やっぱり楽しい。

私の中で何かが満たされていく感じがあった。

ぽかぽかと、温かい何かが。

「私犬に似てますか?」

「うんうんそっくり!くりくりしてる目とか、頭なでたくなるとことか」

冗談ぽく笑う信也さん。

しかし次の瞬間、少しだけ真面目な顔をした。

「あと……ほおっておけないとことか」 

――え……。


ピリ、と何か空気が変わった。

信也さんは私を見つめている。

ただその瞳が、いつもの優しい目じゃなくて。

何か、熱いものを秘めているような……そんな目。

「信也……さん?」

――違う。

いつもの信也さんじゃ……ない?

「咲子ちゃん」

信也さんはさらに強く瞳を向けた。

そして、信じられない台詞を発した。




 

「好きだ」




――え……?



「……じゃなくて、好きです」 

照れ臭そうに言い直す信也さん。

けれど茫然とする私には、まだ今の状況が理解できていなかった。


え……ちょっと待って。

今、何て言ったの……? 


好きだ。

好きです。

――信也さんが私に、そう言ったの……?



ドクン……と、一気に鼓動が激しく鳴り出そうとした――次の瞬間。



『認めないから…!』



美央の悲痛そうな声が聞こえた。


(あ……っ!)

気付けば私は、後ずさってガタン、と作業台にぶつかっていた。

駄目……!

私……私は……!


「……ご…ごめんなさいっ!」


気付いた時にはもう、手遅れの台詞を発していた。

でも今の私には、これしかない。

信也さんの顔が見れなくて、すぐに背を向け走りだし厨房を出た。

途中店長の声が聞こえたけど、すぐに休憩室に飛び込んでしまった。 

――まさか、信じられなかった。

あの信也さんが私のことを好きだなんて。

涙が出るくらい嬉しい……!

夢みたい……っ!

――でも。

私にとって美央の存在は、信也さんと同じくらい……もしかしたらそれ以上なのだろう。

一瞬よぎった美央の悲痛な叫びが、私を止めた。

美央にあんな表情をさせたまま、信也さんに好きだなんて言えない……っ。

大好きな人からの告白。

夢にさえ見ていなかった夢だった。

でもそれは、決して飛び込んではならない居場所。

飛び込んだらきっと、私は後悔する……。 

「これで……いいんだよね」

小さく呟いた言葉は誰にも届かず休憩室に消えていった。

これでいいんだ。

そう考えても何かが胸を締め付けて、私は込み上げてくる鳴咽を吐き出した。

とめどなく流れる涙が止められない。


これでいいんだ、これで……。



遠くでぼんやり、そう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ