13〜雨と傘と涙と〜
窓の外をふと見れば、目では見にくい細い雨が降っていた。
緑の葉が、濡れて艶を増している。
もう梅雨も終わりかと思っていたのに……。
(よかった、折り畳み傘持ってきて……)
降水確率三十パーセント。朝のニュースを見てすぐに折り畳み傘をカバンに忍ばせたのは正解だった。
廊下を一人歩きながらそんな風に考えていたら、背後から聞き慣れたダミ声が聞こえた。
「悪い、神崎!この資料を数学準備室まで運ぶの手伝ってくれないか?」
振り返ると、担任のミネさんが重たそうに資料を数冊を抱えていた。
ミネさん――もとい峰山先生から半分くらいの資料を受け取ると、私は一緒に歩き出した。
「いやぁ〜悪いな、神崎」
「いえ、これくらいいいですよ」
「ん、そうか?神崎はイイ子だなぁ」
はっはっは、とダミ声で笑うミネさん。
私はそんなミネさんが好きだった。どちらかというと頼りなさげで背も低いし、女子生徒の憧れの的ではないけれど、かもしだす雰囲気は柔らかく親しみやすい。
だからミネさんは人気のある先生で、そんなミネさんが担任でよかったと思っている。
照れ臭くて本人には言えないけど、ね。
「そういえば神崎」
「はい?」
のんびりとした口調でミネさんが問う。
「最近山田と一緒じゃないな、どうした?」
その言葉に、私の顔がひきつった。
――ミネさんは、本当によく生徒のことを見ている……。
「……ちょっと、ケンカしちゃって」
あれをケンカと呼ぶのかはわからないけれど、現状ではそう言った方が適切だろう。
あのエデンでの出来事以来、美央は私を避けているんだから……。
ツキン、と胸が痛んだ。
「そうか、いつも仲イイお前たちにしては珍しいな」
ミネさんは苦笑している。
私はなんて言ったらいいのかわからず、曖昧に笑うしかなかった。
雨の秘やかな音が微かに響く静かな廊下。
ミネさんはそれ以上私に何も聞かなかった。
そんな心遣いが、ちょっとだけ心に染みた……――。
『認めないから…!』
そう言った美央。
正直、私はあんな風に否定されるなんて全然考えていなかった。
美央ならきっと、笑ってくれる………どこかでそう思い込んでいた。
――でも、違った。
美央は、私が信也さんに好意を持つことに反対した。
でも……その理由がわからない。
やっぱり私なんかじゃ信也さんに似合わないから?
理由を探そうとすると、そんなことぐらいしか思いつかない。
……でも、本当にそんな理由?
美央はそんな風に私を見ていた?
うぬぼれかもしれないけど、私は自分と同じくらい、美央に親友と思われていると感じていたのに……――。
ねぇ、美央。
美央が、わからないよ……!
外は雨。そして私の心の中にも、悲しい雨が降っていた……。
「あれぇ、美央傘ないのー?」
放課後の帰り支度の合間に、クラスメイトのそんな声が聞こえた。
廊下側に座る美央をふと見ると、クラスメイトの子に話しかけられていた。
正反対の窓側に位置する私は、遠巻きにそんな美央を見ていた。
「うん、天気予報見忘れちゃってて」
「そうなんだ〜まだ雨止んでないよね?傘入れてってあげようか?」
「あ、いいよ!置き傘があるから大丈夫だよ」
「そうなんだ、なら安心だね」
楽しそうにクラスメイトと喋る美央。
今日は私と一回も話してないのに……それどころか、目も合ってないのに。
ツキン、と胸が痛む。
……やだな、こんなの嫌だよ……。
けれどふと次に美央の方を見ると、もうそこに美央の姿はなかった。
あれ……もう帰ったのかな。素早い美央の行動に、なぜか置いてきぼりをくらったような気分になる。
一体どのくらい、美央と帰ってない日が続いているんだろう。
重たいため息を口から吐き出すと、私はガタン、と椅子を鳴らし立ち上がった。
雨はまだ降っていた。しかも、さっきよりも強い降りだ。
傘なしでこの中を行けば、雨が痛いに違いない。
人気のない下駄箱で靴をはきかえると、私は出入口の近くに立って折りたたみ傘を取り出した。
水玉模様のお気に入り。
開けようとするその時に、ふと目の端に何かが映った。
――見間違えるはずなんて、ない。
困った表情で空を見上げていたのは、まぎれもなく美央だった。
美央は、私の存在に気付いていない。
「美央……?」
思わず呟いた私の声は、雨の音に掻き消されて美央に届くことはなかった。
……どうして?
確か、置き傘してあるって言ってたのに……。
なぜ、美央が雨を前に途方に暮れているのかわからなかった。
置き傘があるなら帰れるはずなのに。
でもああしてるということは、ないってこと?
どうしよう……今は美央に避けられているけど、こんなの見逃せないよ!
「……美央!」
いつの間にか私は美央を呼んでいた。
美央ははじいたように私を見ると、その大きな目を見開いた。
驚愕――といった表現がぴったりだった。
「咲子……っ」
困ったような、気まずいような顔をする美央。
――そんな顔、しないで……。
「傘……ないの?」
「………」
「よかったら、一緒に帰らない?私傘あるし」
「………」
私が笑っても、美央は表情を強張らせるばかりだ。
途端に、胸の奥がうずきだした。
……美央。
どうして、そんな顔をするの?
……何も言ってくれないの?
悲しい。
避けられるなんて嫌だよ……!!
――そんな私の悲しみは、どうやら胸の中に収まりきらなかったらしい。
視界がぼやけた瞬間、頬に熱い筋が通った。
それはポロポロと瞳から落ち、とめどなく溢れた。
「美央……なんで……!?」
「咲子っ……!」
「わた……し、何かしたかなぁ……?」
美央が驚き、戸惑っていたのはわかった。
でも、私にはどうやってこの涙を止めればいいのかわからない。
悲しみが一気に溢れ、止まらないのだ。
「私が信也さん……好き、だから……?こんな……私が……好きなのは、許せない……?」
途切れ途切れにしか声が出ない。
ひっくひっく、としゃくりを上げる私はまるで子どもみたいだ。
「咲子……」
美央は私を見つめている。
呆れているのか、困っているのか、涙でぼやけた私にはわからない。
――しばらく下駄箱に、私のすすり声だけが響いた。
そして、美央がぽつりと呟く。
「……咲子……ごめん。ごめんね……」
そう言った美央の声は震えていた気がする。
美央はきびすを返すと、次の瞬間外に出て、どしゃぶりの雨の中に飛び込んでいった。
「美央!!」
バシャバシャと水しぶきをあげて、美央は遠ざかっていく。
……美央!
そんなに、私と一緒は嫌なの……?
でも、あの悲しそうな声は……。
美央の背中がどんどん遠ざかっていく。
雨が、美央を隠してしまう。
「……美央」
わからないことだらけだ。
でもそんな中でわかるただひとつの真実は、私は美央とまた一緒にいたい――。
それだけなのかもしれない。
どしゃぶりの雨の中。
私は涙を拭って、一人傘をさして歩いた。
うってつけの空模様の中を……歩いた。
だいぶ遅い更新になってすみませんでしたm(__)m汗!メッセージも何通かいただき、こんな私の小説を楽しみにしている方がいることがわかりとても嬉しかったです!!まだまだ文章力の足りない春野桜ですが、精一杯描くので応援よろしくお願いします(^-^)ノ☆




