12〜置いてきぼりミルフィーユ〜
「はい、どうぞ」
「店長ありがとう!閉店間際だったのに、ごめんね」
「あらいいのよ、他ならぬ美央ちゃんだもの」
すまなそうな笑顔を作る美央に、店長はにこりと笑う。
美央の今日の服装は、段フリルのキャミにジーンズジャケット。アンダーは黒のミニスカートですごく可愛い。
そんな美央に魅とれてしまっている私は、向かいの席で座っていた。
バイトからちょうどあがったので、来店した美央とケーキを食べることにしたのだ。
「ん〜このミルフィーユ最高!」
ケーキを幸せそうに食べる美央を見て、何だか私まで幸せな気分になってくる。
私は自分のチョコケーキを口に運ぶと、ビターとスイートのコラボレーションに舌を喜ばせた。
(おいし〜!)
やっぱりダイエットやめてよかった〜!
こんな美味しいもの、食べなきゃ損損!
「こっちのチョコも美味しいよ〜」
「本当に?一口ちょうだい!私のもあげるから」
楽しそうに食べる私と美央を、店長が微笑ましそうに見ていた。
信也さんは厨房の奥で、明日の仕込みをやっている。
「あ〜あ、でも咲子のウエイトレス姿見たかったなぁ〜」
「来るのが少し遅かったね、事前に言ってくれればよかったのに」
そう言いつつも、あのタイミングで来てくれてよかった……とつくづく思ってしまう。あと一分早かったら、信也さんにたかいたかいされてるところを見られるところだった。
「だって咲子を驚かしたかったんだもーん」
そんなことを私が考えている事を知らない美央は、可愛く唇を尖らせる。ん〜、可愛過ぎるよ美央。
でもこんな風に美央と二人で過ごす時間が私は大好き。
最初は憧れの対象で、同じクラスだったけど話し掛けることのできなかったあの美央とこうしてケーキが食べられるなんて、あの時の私は思いもしていなかったろう。
美央に出会って。
キレイの魔法を教えてもらって。
信也さんに出会って……――。
ねぇ美央。
もし私が信也さんのこと好きって言ったら、どうする……?
「ねぇ、咲子」
不意に美央が私を呼んだ。
「え、な、何?」
今考えていたことが見透かれたような気がして、私はドキッとした。
――やだなぁ、私ったら過敏すぎ。
しかし次の瞬間、さらに私の鼓動が高鳴った。
「咲子の好きな人ってさ……」
(えっ……!)
大きく心臓が鳴り響いた。
美央はミルフィーユを食べる手を止め、テーブルを見つめている。
いつもはハキハキと言う美央が口をもごもごさせているのを見て、私までつい変な緊張をしてしまう。
美央……?
「好きな人って、誰?私には言えない?」
「………っ」
――美央……!
もしかして、何か気付いてる?
だからこんならしくない態度を……?
目の端に店長の姿が見えた。
私たちしかいない店内でのこの会話は、もちろん店長にも聞こえていて。
店長は、私がまだ美央に信也さんのことを言ってないことに、少し驚いているみたいな表情をしていた。
……やっぱり隠すなんて美央に失礼だったのかな。
美央に言ったら信也さんに伝えられてしまうなんて変な心配して、私はちょっとヤな子かもしれない。
それこそ美央を信頼してない証しだ。
美央をそんな子だと思ってるの?
(美央はそんな子じゃないよ……)
美央は優しい。
明るくて、素直で。
いつも笑っている太陽みたいな子。
――そう思ったら。
なんだか胸がすっとした。
そうだよ、恥ずかしいことじゃない……。
「あのね、美央」
カチャッとフォークを置くと、私は美央を見つめた。
「私の好きな人はね……信也さん」
思っていたよりも穏やかに、すんなりと言えたことに驚いた。言ったら心の中がふんわりと温かくなった。
美央。
私はあなたの、お兄さんが好きです。
信也さんが――好きです。
「………んで?」
え……?
「何……で?」
俯く美央の表情は見えない。
でもその雰囲気は、いつもの明るい美央のものではなく……。
「何でおにいちゃんなの……っ!?」
「!!」
突然前を向いた美央は、悲痛な表情をしていた。まるで、世界の終わりみたいに。
――美央……!?
「私、認めないからっ……」
そう言った美央の何とも言えない表情は初めて見るものだった。
美央はテーブルに手をつくと、ガタン!と椅子を弾くように立ち上がった。
「咲子がおにいちゃん好きだなんて、認めないから!!」
「美央っ!?」
そのまま店の外に飛び出していく美央。
突然のことに困惑する私は立ち上がりかけたまま動けない。
伸びた右手が所在なさげに虚空を掴む。静かになった店内に、私と店長だけが残された。
何で……?
美央、何で……?
静まり返ったエデンの店内。
残された私と食べかけのミルフィーユ。
ぽつんと立ち尽くして動けない。
美央が言った台詞が、何度も頭の中を駆け巡る。
『認めないから!!』
美央を追い掛けて行きたい。
でもまた抵抗されたら……?
そう思うと足が動かなかった。
店長と。
放りっぱなしのチョコケーキと。
残されたミルフィーユが。
動けない私を見ていた。
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