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9〜可愛いって言われたい!〜

「咲子可愛くなったねぇ〜」

「ごふっ!」


美央が突然変なことを言うもんだから、汚くも思わず飲んでいたドリンクを吹いてしまった。

昼休みのランチタイム。

机をひっつけて向き合っている美央が、私をまじまじと見つめてくる。

な、何?

「み、美央変なこと言わないで…っ」

「え〜ほんとのことなのにー!咲子ほんと、可愛くなったよ?」

そんな風に言われて嬉しくないわけがなかった。

「あ、ありがと…」

「ふふ、魔法がうまくいってよかった。でもこれだけ可愛くなったのは、咲子の努力のたまものだね」

「そ、そっかな」

「そうだよ!今日のヘアスタイルもすっごく可愛いし!」

美央が誉めてくれた今のこのヘアスタイルは、実はバイト先で信也さんに教えてもらったものだ。

髪をまとめてひねってピンで留めるだけなんだけど、信也さんの手にかかるとすごく可愛くなった。

それを再現したくて今日の朝は頑張ったんだけど、その成果はあったみたい。

(信也さん……)

私の好きな人。

そして美央のお兄さん。

もし、美央が私のこの気持ち知ったら、どう思うかな……?

ちらりと美央を見る。

「ん、何?咲子」

「う、ううん!何でもないっ」

うぅ〜ん、やっぱしばらくは美央には言えないや。

美央に言ったら『じゃあおにいちゃんとの仲とりもってあげる!』……て言われそうで怖い。

今はまだ信也さんのそばにいるだけで幸せ。

だからしばらくこの気持ちは、自分だけにとどめておこう。

そんなことを私が考えているとは少しも知らない美央は、無邪気に笑ってこう言う。

「今度行っちゃおうかな〜エデンに!咲子のバイト姿見てみたーい」

「え、なんか恥ずかしいなぁ〜」

美央の相変わらず可愛い笑顔に、少しだけ後ろめたさを感じた。

うぅん、友達のお兄さんを好きになるって、難しい……。






「咲子ちゃん、これ16番テーブルにお願い!」

「はい!」


土曜のケーキカフェ、エデンはとても忙しい。

特にランチから夕方にかけての時間帯はカップルや女性でとても賑やかになる。

まだ不慣れな私は、とにかくバタバタと慌ただしく店内を駆け回っていた。

あぁ、接客業は大変だとは聞いてたけど、まさかここまでとは思わなかった。

店長は『そんなの慣れよ』とか言ってたけど、いつ慣れるのか……。

「咲子ちゃんごめん、これ2番テーブル」

「あ、はい!」

キッチン担当の信也さんが、カウンターから呼び掛けてくる。

「咲子ちゃん、頑張ってね」

「は……はい!」

どんなに忙しくても、不慣れでも。

信也さんの笑顔があれば私は少しも辛くなかった。

(よーし!頑張るぞ〜っ)

どうやら恋は女の子を強くさせるらしい。

私は土曜のピークを信也さんの笑顔を支えに、何とか乗り越えることができたのだった。




「は〜、ようやく落ち着いたわねぇ」

お客さんがまばらになった午後四時、店内には私と信也さんと店長、そして藤原さんが残っていた。

藤原さんは私より二つ上の高校三年生の男の子だ。

気さくな関西弁(小さい頃兵庫県から引っ越してきたらしい)を話す面白い人だ。

「あ〜やっぱ土曜はしんどいなぁ、なぁ?咲子ちゃん」

そう言って私の肩に手を置く。

「え、えぇ」

藤原さんは気さくで話しやすい。

でも、このボディータッチの多さは少しだけ苦手だった。

「な、咲子ちゃんちょっと休憩せーへん?疲れたやろ〜」

そう言ってぐいっと私を肩ごと寄せようとする。

(え!?やだ……!)

ちょっと強引過ぎやしないかと思う行為に私は困惑する。

肩に置かれた手が嫌……っ。

――と、その時。

「バカ原、お前はまだ厨房の片付け残ってんだろ」

「い、ででで〜!」

信也さんがバカ原……じゃなくって藤原さんの耳をぐいっと引っ張ったおかげで、肩の嫌な温もりが消えた。

(た……助かった)

藤原さんには失礼だとは思いつつも、ほっとしてしまった。

「いってーよ、山田さぁん!」

「さぁさ、とっとと片付け片付け!」

そのまま信也さんは藤原さんの耳を引っ張ったまま、厨房へと藤原さんを連行していく。

……もしかして。

……助けてくれたのかな?

しかし、すぐにその考えは打ち消す。

いやいや、そんな都合の良いように考えちゃだめだ!

ただ単に藤原さんが片付けまだしてなかったから、信也さんは連れて行っただけで……。

「ふふ、山田くんたらヤキモチかしら」

「え!?」

傍にいた店長が変な含み笑いをしてそんなことを言う。

ヤ、ヤキモチ!?

「そ、そんなわけないですよ」

私は慌ててそれを否定する。

やだ、私の都合の良い考えよりももっと図々しい考えだよぉっ。

信也さんがヤキモチなんて、焼くわけないのに……!

「あら、私にはそう見えたけど?」

「もう店長、からかわないで下さいっ」

うぅ、店長って少し美央に似てる気がする。

そういえば美央が『私店長とは大の仲良しなの〜』とか言ってたけど、確かに気が合いそう……。

「あら、からかってなんかないのに」

そう呟いた店長の台詞を、私はあえて聞こえないフリをした。

これ以上、欲張りになりたくない。

今はただ信也さんの傍にいれるだけでいいから……。

今はそれだけで、いいの。






午後六時。

エデンは午後八時までの開店だったけど、私のシフトはそこまでだったので先に上がることとなった。

私はバイト用の休憩室で帰り支度をしていた。

「よし、髪オッケー……と」

飲食店なのでエデンでは髪を結ばなければならない。

ピーク時にドタバタと走り回ってた私の髪は乱れに乱れ、それを直すのに少々時間をかけてしまっていた。

だって、髪型にはいつも気をつかっていたい。

信也さんに少しでも良い印象を残したいから……。

そんなことを考えていたその時。

「あれ、咲子ちゃんまだ居たんだ」

「し、信也さんっ」

休憩室に姿を現した信也さん。

うわぁ、これって何て言うんだっけ?噂をすれば……ってやつ!?(ちょっと違うか……)

わたわたと慌てる私。

「す、すみませんっ」

「プッ……何で謝るの?咲子ちゃんてほんと面白いなァ」

クスクス笑う信也さんに私の顔はかぁーッと赤くなる。

あぁもう、何でうまく立ち振る舞えないんだろう?

とんちんかんな行動は信也さんの前ではなるべくしたくないのになぁ……。

信也さんはどうやら休憩しに来たらしく、備え付けのパイプ椅子に座り、ふぅ……と息を吐いた。

厨房もなかなか忙しそうだったもんなぁ。

「お、お疲れ様です」

「ん、咲子ちゃんもね。今日はホール忙しかったろ?」

「はい、もう目がぐるぐるでした」

「ははは、確かにそんな感じしてたなぁ」

「あ、ひっど〜い」

思わず私も笑ってしまう。

あぁ……やっぱ好きだな、信也さん。

なんていうか、空気が好き。

話してると穏やかになる。

最近は意識しっぱなしでドキドキしてばかりだったけど、落ち着いて喋れば不思議と穏やかな気持ちになる。

そんな空気が、私は好きだった。

「そういやさ……咲子ちゃん」

「はい?」

突然神妙な面持ちになる信也さん。

え……何だろう。

首を傾げ次の言葉を待つ私に、信也さんは言いづらそうに言った。

「その、藤原は大丈夫か?」

「え……?」

藤原さん……?

「変なこと言われたりされたりしてないかな?その、あいつ良いやつなんだけど、軽いとこあっから……」

変なこと……って。

ええぇー!?

「な、ないですよ!」

ぶんぶんと手を横に振る私の脳裏に、ちらりと肩に手を置かれた時のことがかすめる。

で、でもあれは別にただのコミュニケーションみたいなものでしょ?

「ほんとに?」

眉間にシワを寄せる信也さんなんて初めて見た。

私はコクコクと首を縦に振る。

「ほ、ほんとです!あの、確かに藤原さん過剰なとこありますけど、変なこととかは別に……っ」

「でも今日のアレは嫌だったんでしょ?」

「え……」

ドキッとなる。

アレというのが、肩に手を置かれた時のことだとはすぐにわかった。

「咲子ちゃん表情固くなるからすぐわかったよ」

ニッと笑う信也さん。

えー、私ってそんなに表情出やすいのかな!?

「嫌なら俺からもあいつに言っておくからさ」

「あ、いいです!大丈夫です!」

「え、でも」

「本当にいいんです、その……こんなことでバイト先の人と気まずくなるの嫌だし」

こんなことで信也さんに迷惑をかけたくない。

でも、私が嫌がってるって気づいてくれたのは、とても嬉しかった。

「でもその……助けてくれて、ありがとうございます」

あの時藤原さんを連れて行った行為が私のためだったとわかって、私はとても嬉しかった。

思わず笑顔になってしまった私を、信也さんが目を細めて見つめる。

「咲子ちゃん……可愛くなったな」

「へ!?」

――デジャブ?とも思える発言。

しかしその発言は美央の時とは比べようもないほど私の胸を高鳴らせた。

え……今、何て……!?

「そんなに可愛いから藤原なんかに狙われるんだ」

「し、信也さん何言って……」

信也さんは嘘をつけない人だって知っている。

だからますます混乱する。

本当に私のこと、可愛いって思ってくれてるの――?

「じょ、冗談はやめて下さい!」

「冗談なんかじゃなくまじで!咲子ちゃん可愛くなったよ」

や、やめて!

好きな人にそんなこと言われたら、変な期待しちゃうよ……っ。

タコのように赤くなった私はとりあえず小さな声で

「ありがとうございます……」

と呟いた。

あぁ、美央と同じ会話のやりとりのはずなのに、こんなにも恥ずかしくて嬉しいなんて。

何だか居ても立ってもいられなくなった私は、とりあえず退散することにした。

「あ、あの、お疲れ様でした!先、失礼します!」

「え?あぁ、お疲れ様」

ペコリ、と頭を下げた私をきょとんと見る信也さん。

罪深い人……!

私は高鳴る胸を抑え、バイト先を後にした。

――信也さん、変に思わなかったかな……?




可愛いって言われることが、こんなに嬉しいとは思わなかった。

キレイの魔法をかけられる前には味わえなかった甘酸っぱい幸福感……――。

私はその味を噛み締めながら、ゆっくりと帰路を歩いた。


これからその先に、とてつもないもっと大きな幸福感が待っているとも知らずに………。



続き追加が遅くなりました(>_<)こんな拙い小説ですが、めでたく読者数450人突破しました!読んでくださった皆さん、ありがとうございます!「キレイの魔法」はまだ続きます〜!キャラも増え始め、そろそろ展開が変わってくるかも…!?続きもぜひ読んで下さいね!

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