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そして、文化祭当日。
文芸部は文化祭号と称した部誌を出展教室で配布していた。
そこはまわりの喧騒とかけ離れていて、まるで別世界のようだった。
「よお、高橋。久しぶり。あれ、塚本と鈴木は?」
その教室に男が入ってきた。その男を見た裕文は顔をほころばせた。
男は、去年卒業した文芸部の元部長だった。
「先輩! お久しぶりです。二人は仕事の時間じゃないんで、色々見てまわってると思います」
それを聞いた男は椅子に腰かけて、机に置いてあった部誌をぱらぱらとめくりながら、
「一年生は何人か入ってきた?」
と聞いた。男の問いに、裕文ははっとした。裕文がなにも答えられないでいるのを見た男は、部誌を見ながら、
「・・・・・・そうか。文芸部がなくなるのは寂しいな」
と言った。その言葉を聞いた瞬間、裕文は教室を飛び出していた。
人の波をかきわけながら裕文は体育館に向かった。
緊張しながら文芸部の部室の扉を開けたこと。先輩たちが温かく自分を迎え入れてくれたこと。塚本と杏との思い出。体育館に向かう間、裕文の頭には文芸部での思い出がめぐっていた。
文芸部をなくさせたくない。入部してくれる人がいたらいい。でも、文芸部があったということを知ってもらうだけでもいい。
体育館は、ちょうど吹奏楽部の演奏が終わったところだった。そのため、生徒と一般の来校者が大勢いた。裕文はステージにのぼってマイクを取った。
突然の出来事にその場がざわめいたが、裕文はそれを気にすることなく、大きく息を吸いこんで、話しだした。
「私は文芸部部長の高橋裕文と言います。いきなりすいません。勝手なことだと思いますが、どうしても聞いてもらいたいことがあるんです」
ただ、文芸部をなくしたくなくて、
「現在、文芸部は私を含めた三年生三人で活動しています。しかし、一、二年生が一人もいません。このまま私たちが卒業したら、文芸部はなくなってしまいます」
ただ、誰かに文芸部のことを知ってもらいたくて、
「文芸部に興味がある人は、見学にでもいいので、一度文芸部に来てみてください。今日も部誌を配布しているので、手に取ってくださるだけでもいいです」
ただ、誰かに文芸部のことを覚えていてもらいたくて、
「私は、この文芸部をどうしてもなくしたくないんです。ずっとずっと前からあった文芸部が、これからもずっとずっとあり続けてほしいんです。どうか、よろしくお願いします」
ただ、文芸部をつないでいきたくて、
「部誌が全部なくなったな」
塚本は、まるで自分のおかげだと言わんばかりに誇らしげだった。
体育館での出来事のあと、教室には大勢の人が来た。
「これで文芸部に入ってくれる人がいればいいのにね」
「うん。でも入ってくれる人がいなくてもいいよ。きっとこの学校に文芸部があったことを覚えていてくれる人はいるだろうし、部誌もこうしてもらってもらえたしね」
裕文は満足していた。自分にできる事は精一杯やったのだ。
そのとき、教室の扉がゆっくりと開いて、男子生徒が入ってきた。
「あのう、文芸部に入りたいんですけど・・・・・・」
その男子生徒はどことなく緊張しているように見えた。しかし、三人も鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。そして裕文が男子生徒の顔を見て、あっ、と声を上げた。
「君は確か吹奏楽部に入部した・・・・・・」
男子生徒と裕文は、前に音楽室の前で会ったことがあった。
「はい。僕は、前に部長さんになかなか音楽室に入れなかったのを助けてもらいました。でも、体育館で部長さんが話していたのを聞いて、自分が本当は文芸部に興味があったことを思い出したんです」
裕文と杏と塚本は顔を見合わせた。
「私たちも入部していいですか?」
さらに、二人の女子生徒が入ってきた。
たて続けに起こったまさかの出来事に、裕文と塚本と杏は喜びを隠せなかった。一等賞を取った子供のようにはしゃいでいた。
裕文の目は輝いていた。自分の話を聞いて部誌を手に取ってくれた人たちがいて、そして、こうして文芸部に入部してくれる一年生たちがいて。
それがとても嬉しかった。文芸部をつなげることができる。さらに、人々の間に文字として、記憶としても残せることができた。自分たちがいるのは短い間だけど、伝えよう。そしてそのあとも、どうかつないでいってほしい。
この、大切な文芸部を―――。
「よーし、じゃあ文化祭の打ち上げもかねて、これから歓迎会をしよう!」
ただ、文芸部が大好きで―――。