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俺が食べた飴は、その昔ある問題を起こして販売中止になった物の復刻版らしい。
その当時も、この目の前の女のようにドジなヤツがいたらしく、うっかり天界から地上にその飴を落とし、俺みたいな怖いもの知らずの馬鹿がそれを口にした。
そいつは背中から羽根を生やし、大問題になったらしい。
散々協議した結果、地上に置いて置くわけにもいかず・・・結局天界に召し上げられたそうだ。
問題を起こした飴は、当然の如く販売停止の処分を受けた。
しかし、その飴は天使には一切何の影響も無く、子供達にとても人気があった品なので、復活を望む声は多かった。
それを受けて材料を変更し、味が変わらぬように改良に改良を重ね、ようやくこの度の復刻となったそうだが・・・改良の甲斐はなかったらしい。
今回も見事に羽根が生えた。
「バレるのは嫌だったけど、こうなっちゃったら上に報告するより他に無いし・・・。でもまず先に製造メーカーに問い合わせてみたら・・・今までの謎が解けたわ。」
女は剥れているが、そうしたいのは俺の方だ。
「・・・報告して、どうなったんだ?」
「前回のマニュアルに従い、あなたも天界へ受け入れるんですって。」
「なるほど。」
前例通り・・・よく聞く話だな。
「まったく・・・そんな綺麗な羽根、私より格が上よ?」
「知るか。じゃぁ、今の俺の生活はどうなる? 仕事は? 家族は?」
「何言ってんの、改ざんに決まってるじゃない。」
そんな事を、天使がサラッと言うな。
「つまり・・・俺はこの世界から消されるって事か?」
「そうよ。」
それは、見下されているという事になるんだろうな。
天界から見れば、地上は野蛮?
神話なんかでは、確かにそう扱われているが、実際にもそうなのか?
「ま、結婚もしてないし、特定の彼女も居ないし。あなた身軽だからいいじゃない。」
しかしこの女・・・・否定とは言わないまでも、もう少し何か他に言いようは無いのか?
あまりにも身も蓋もない物言いは、さすがに神経を逆撫でされる。
「・・・そういう問題じゃないだろう?」
「あなたが寝てるうちに色々調べてみたんだけど、今回は羽根が生えただけじゃなくて、完全に天使の体になってしまっみたいよ。体の組成が天使のそれで・・・たぶん寿命もかなり延びたんじゃない?」
・・・は?
話を聞いてるうちに、俺はかなり冷静になり、色々と考えられるようになってきていたのだが・・・それには驚かされた。
「マジか!?」
種を飛び越えるって、どれだけ危険な飴なんだよ!?
「マジです。しばらくは施設で天界についての勉強する事になるらしいわよ。その後は、普通に生活する事になるんじゃないかな?」
普通って、もう俺にはすべてが普通じゃない。
「その羽根なら、ひょっとして結構出世が出来るかもよ?」
「出世? ・・・余所者が出世って無理だろ?」
「分からないわよ? 前例が無いからどんな結果になるか想像もつかないし。でも羽根だけなら凄いんだから。」
女はそう言って、可笑しそうに笑いやがった。
そうして、まるで納得がいかないながらも、色々と天界の話を聞かされた。
そしてそのうちに、お偉いさんとやらが姿を見せ、俺はごく事務的な扱いを受けて、天界へと連れて行かれた。
◆◆◇◆◆◇◆◆
俺は暫くの間、施設・・・と言うか、役所の一室でざっくりとしたこの世界の説明を受けた。
やっぱりここのヤツらはどこか事務的で『ただ仕事だからやっている』そんな印象だ。
上辺だけの笑顔の裏に、面倒な事には関わりたくないという本音が見え見えで・・・自分の事なんだが、正直どうでもよくなってきた。
そしてそれが終わると、俺は再びあの女・・・俺が人間から逸脱してしまった原因の天使と顔を会わせる事になった。
「まぁ、いくら説明した所で、実践には適いません。一見は百聞にしかずですよ。これからは、このサフィーナに色々教わって下さい。今後彼女があなたの世話係になります。では、私はこれで失礼します。」
今日の担当だった講師は、丁寧に頭を下げた後、
「責任取るのは当然ですよね?」
そう、に囁いて、部屋から出て行った。
そして仏頂面の女は・・・あいつそんな名前だったのか。
「もう、何度も何度も・・・言われなくても分かってますよ、そんな事。」
と、呟いてさらに険しい顔をした。
そういえば、こいつはどうなったんだろう・・・って、現状を見れば想像がつく・・・か。
どうしてああいう無責任で使えないヤツらは、人の失敗を論うのが好きなんだろう?
これだけ希薄なお役所だ、叱責はさぞ相当なものだったんだろう。
こいつが今後、俺の世話係になるという事は、今までの観察課とやらの仕事も失ったと見て間違いないだろう。
だが・・・まぁ、それは俺の知った事じゃない。
俺は、こいつが引き起こした事の被害者で、こいつが責任を取らされたのは、当然の報いである・・・と、そういう認識は持っている。
しかし、こいつがこの世界で一番マシだとも思っている。
「責任・・・か。」
何も知らない異種族の新参者。
やつらにしてみれば、さぞかし迷惑な存在だろう。
その俺の保護責任者は、たらい回しのあげく、ここ、文句の言いようの無い元凶に落ち着いた・・・と、いう訳だな。
でもそれは、俺にとっても好都合な事だ。
既に俺は、いちいち腹を立てたり、憤ったりする気は無い。
不満を言った所で元の体に戻れる訳も無く、俺の存在していた世界には、もう既に居場所が無い。
無理に居続けた所で、一人時間の流れの違う自分は、10年も経たないうちに生き難くなると分かりきっている。
天使は人間と同じくらいのスピードで成長し、成人年齢も大差無いらしい。
しかしそこから先は、まるで違う。
下級の天使でも人の10倍ほどの寿命を持ち、老化する事は無いそうだ。
上級になれば、寿命という概念すら消えるらしい。
つまり俺も、27歳現在のこの姿から、外見年齢が変化する事は無いそうだ。
・・・これが俺じゃなくて、始皇帝なら大喜びだっただろうに。
講師から色々な事実を知らされる度、大き過ぎる変化について行けなくなった俺は、つい『観察』という目線で物事を見るようになってしまった。
その観察の結果分かった事は、この世界には早く慣れる事が出来そうだという事だ。
ただしそれは、とても残念だとしか言いようが無い。
「天界って、人の世界より酷いとこなんじゃないか?」
昔から人間は天国に希望を抱いてきた。
それは己を律するため、そして、信者を増やすために。
清らかな麗しい世界、華やかで幸福な世界、正しく公平な世界。
それが人々の思い浮かべる天国像だ。
なのに・・・今俺が見たものは、人の世界と何が違う?
人間は神の姿に似せて造られたというが、こんな所まで似てたのかと、正直かなりガッカリした。
「私は知識としての地上しか知りませんが・・・、そんなにここは酷いですか?」
「酷い。・・・皆やる気が無さ過ぎる。」
口を開いた女のよそよそしい態度に、俺は少し苛っとした。
あの日とも、さっきとも違う・・・他のヤツらと変わらない口振り。
・・・俺はもっとマシな会話がしたい。