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「な、何て事するんですか!? 12個しか無いんですよ? 12個!! 私は200年待ったのに! あなた本当に何様のつもりなんですか!?」
何様?
何様って、俺は弁護士だ。
だがその言葉を音にする事は出来なかった。
背中に違和感を感じると、すぐに体中に鋭い痛みを感じた。
「がはぁっ・・・何だこれ? 何だよ、この痛みは・・・?」
「知りませんよ。天界の食べ物を人間が食べたらどうなるかなんて。」
イカレた女に言い捨てられた言葉は、ただ耳に届いただけで理解には至らなかった。激痛のため、何も考える事が出来ない。
俺は死ぬのか!?
しかし、その恐怖よりも、さらに痛みの方が激しい。
俺は、そのあまりにも激しい痛みに耐えきれず・・・あっさりと意識を手放した。
◆◆◇◆◆◇◆◆
「・・・もう、副作用なんて知らないわよ。」
側で聞こえた抑揚の無い声に目を開けると、ピンクの羽根が見えた。
「・・・って、あ、起きた。何であなたは私の飴食べたのよ? そうじゃなきゃ、ちゃんとコッソリ戻れたのに・・・。」
ものすごく不満そうな声が、そう言って盛大な溜息をついた。
もう俺の背中に痛みは無く、あいかわらず俺の部屋にいて・・・死んだ訳では無さそうで安堵した。
どうやって移動させたものか横向でベッドに横たわっており、背中には激しく違和感を感じる。
・・・良く見れば裸で・・・驚いて起き上がろうとして、背中の重みと、新しい感覚に更に驚いた。
「背中が重いんだが・・・。」
「綺麗な羽根よね、私初めて見たわ。虹色に輝いてて・・・まるで絵で見たアイリスみたい。」
「・・・羽根?」
無理に体を起こすと、確かに視界の端に羽根が見えた。
羽毛の一枚一枚が蛍光灯の光を受けて、動くたびにその色の加減を変えた。
「確かに綺麗だな。」
そう応えたものの・・・おい待て、羽根だと?
女の羽はピンク色で、この羽根とは色が違う。
手で探ると、その羽根は自分の背中に繋がっていた。
・・・待て、どういう事だこれは?
裸にされたのは上だけで、下はそのままで、そこは安心した。
だが、もう既にそんな次元の問題ではない。
違和感の元である感覚を意識すると、羽根に至った。
今まで無かった感覚で新しい神経を意識し、新しい筋肉を動かしてみると、背中の羽根が意識した通りに動いた。
自分の意志で動くって事は、俺の背中から生えてて、これは作り物にしては、あまりにも精巧な出来で・・・
「何だこれ!? 何で俺こんなの生えてんだよ???」
「あなた、天使に昇格しちゃったみたいよ。」
床に三角座りで溜息をつく女は、さらに意味不明な事を言った。
「はっ?」
・・・何言ってんだこいつ?
俺は背中の羽根について聞きたいわけで、天使がどうのって・・・
「って、天使!?」
「そう、あなた天使になっちゃったの。」
女は自分の口の中に、この元凶である飴を放り込んで、幸せそうな顔をした。
玄関のオレンジの光ではなく、蛍光灯の明るい光の下でよくよく見れば、確かに日本人離れした顔で、瞳の茶色も明るめだ。という事は、髪も染めたものではなく天然なのかもしれない。
しかしそうなると、ここまでしっかり日本語で意思の相通が出来ている事の方に疑問を感じる。
「天使はどの言葉でも理解出来るのか?」
「まさか。昔激怒した神様が、勢いで色んな言葉作っちゃったから、その昔の天使達も迷惑しちゃってね、急いで万能の翻訳機を開発したんだって。で、それは今この端末に組み込まれてるの。」
女は、まるで笑い話をするように言って、左手のブレスレットを少し触って、空中に何かの画面を表示させた。
「・・・あぁ、そう。」
バベルの塔の崩壊は、天使の中ではそんな扱いなのか?
・・・って、俺天使がどうのって話を信じてきてるのか?
自分の背中から生えた、自分で動かせる羽根には疑いようがなくて、
女が操作する端末と呼ぶブレスレットは、まるでSF映画のような代物で、現在この世界には存在しない。
俺は、天使を信じる信じない・・・というより、この状況を認められるか否かで、一人頭を悩ませていると、女は再び飴を口に含み、やっぱり幸せそうな表情をしやがった。
くそ、何だこいつ。
俺を信じられないような目に合わせておいて、一人で浮かれやがって。
「やっぱり美味しい。昔と原材料を少し変更してるだなんて、全然分からないな。」
俺は、お前の言っている意味が分からない。
「・・・一体何の話だ?」
「あなたが勝手に私の飴を食べちゃうのが悪いんだからね。」
そう不満の一瞥をくれた後、女の語った内容に俺は言葉を失った。