攫ってやる
このお話は、以下のお題で作成させて頂きました。
やってやる33の御題(御題配布所*せっと様(更夜亭)閉鎖)
短編連作の形で続きを書きたいなぁ~と目論んでいます。
大丈夫。困った事があったら絶対僕が助けてあげるから
今はもう、遠い声。
無邪気に何でも出来ると信じていられたあの頃を懐かしいと思ってもどうに
もならないけれど。
***
「その花嫁を貰い受けるのは、わたしだ」
激しい稲妻と雷鳴と共に突如鳴り響いた大音声の言葉を、参列者の殆どは聞
き取る事も無く気絶していた。
「な、何も、者だ!!」
どもりながらも、及び腰に槍を構え誰何の声を上げる幾人かの果敢な衛兵を
目掛けて空から稲妻が突き刺さり、彼等は悲鳴を上げて槍を放り出すと、
半分抜けた腰を引きずるように慌てて逃げ出した。
花婿も、その親族も、そしてあろう事か花嫁の親族達もその場から我先にと
逃げ出し、花嫁はその場で動けず一人強く両耳を押さえながら蹲っていた。
…夢なら醒めて…醒めて…早く
ただそれだけを願い、意識を失えずに震える彼女を嘲うようにその肢体は不
意に持ち上がり、彼女は不意打ちのショックに今度こそ意識を失ったのだっ
た。
***
「気付いたかい?」
覚醒し始めた意識の中に、柔らかいその言葉が届き、少女はうっすらと瞳を
開いた。
「…?誰?」
「僕を忘れちゃった?」
おどけた様に肩を竦めてそう問い返す青年の様子に、少女は思いっきり眉根
を寄せて不信の眼差しを向けた。
「…何処の何方か存じませんけど、質問に答えて頂けます?此処は何処で、
私はどうして此処に居るんですか?」
堅苦しい、バカ丁寧な少女の口調に、青年は穏やかな苦笑を返すと素直に口
を開いた。
「此処は僕の家で、君は僕が連れて来たから此処に居るんだよ」
「はぁ?」
にっこりさらりきっぱりと、とんでもない台詞を吐いてくれた目の前の青年
の様子に思わず間の抜けた返答を返した少女に、くすくすと楽しそうに笑い
ながら青年は更に口を開いた。
「それで?まだ思い出さないの?小さなユリア?」
「…って、アンタ、もしや…」
驚きに大きく瞳を見張って言葉を紡ぐ少女を楽しそうに見ながら、青年は口
を開いた。
「うん、もしや?」
「シュー?…ファルシュイエ?」
「あはは。大正解~♪」
嬉しそうに手を叩く青年に、少女は無言のまま右ストレートをお見舞いした。
***
大丈夫。困った事があったら絶対僕が助けてあげるから
遠い昔そう約束したのは、本当。
その約束をした片方は、紛う事無く、目の前で殴られた頬を痛そうにさすっ
ている青年。
そしてこの青年はその後何故か失踪して行方知れずとなり、結婚式当日に乗
り込んできた時はあろう事か魔法使いとなっていた。
…ハレの結婚式の真っ最中に自分を攫った魔法使いは蓋を開けてみれば幼馴
染の変わり者だった…なんて洒落にもならない、と心の内で少女は毒付いた。
それに何より。
少女は一つ溜息を付くと、自分より遥かに長身の青年をきつい視線で睨み上
げた。
「で?あんた、これからどうするワケ?」
「うん?どうするって何が?」
「いきなり結婚式ぶち壊して!無事で済む筈がないでしょうが!!」
能天気な青年の言葉に少女は思わず声を荒げた。
何年経とうと変わらないこの危機感の欠片も無いようなのほほんぶりに一瞬
本気で殺意を覚える。
この『結婚』は成立させなければ、ならない。
この国と、あちらの国にとって。
あの式はそういう類の『結婚』だった。
それに何より。
…約束した相手が、違うのだ。
昔、まだ外で遊ぶ事が許されて無邪気に過ごせた頃、私達は出会い、そして、
約束した。
領主の末娘としての心得を、何れ何処か知らない土地へ嫁ぐ事への不安に揺
れる心を慰める為に、約束した。
…目の前の青年と、そしてあの方が。
約束したのはアーデレイド様。御領主の末娘。
そして、今日は『お嬢様』の結婚式。
***
「ちょっと!!何よこれ!」
周囲の惨状を目にすると、少女は横たわっていたベッドから勢い良く飛び起
き、目を吊り上げて怒りながら猛然と掃除を始めた。
素直と意地っ張りが面白いように同居している少女の変わらぬ様子に、青年
は小さく苦笑を漏らした。
自分よりも年下なのに、しっかりした愛らしい少女。
艶やかなアーデレイドの傍で小さいながらもしゃん、と一人で立っていた少
女のその潔さに好感を覚えた。
そしてそれと同時に危うさも、覚えた。
誰にも頼らずに、頼れずに、一人で立つしかない、まだほんの小さな女の子
の、懸命さに。
あの約束は確かにアーデレイドと交わしたもの。
けれど、ユリアと交わしたものでもある事を、自分はしっかりと覚えている。
…ユリアは忘れているようだけれど。
実は、アーデレイドとは連絡を取っていた、と知ったらユリアは烈火の如く
怒り狂うだろうな、とてきぱきと部屋を片付けていく少女の背中を見ながら
ぼんやりと思った。
ついでにアーデレイドの駆け落ちにも手を貸した、って言ったらどうなるだ
ろう?
輿入れが決まった時、彼女には身分違いの恋人が居た。
父親に、許しを請おうと思っていた矢先の出来事だけに、彼女は諦められな
かったのだ。
だから、手を貸した。
後始末も含めて。
聡明な彼女は、父親が自分の身代わりにユリアを使う事を見越していたのだ。
領主の末娘が居なくなった事が相手側に知られれば戦争にもなりかねない上
にどうしても誼を結んでおきたい相手。
都合の良い事に相手は『領主の末娘』の存在は知っていても、顔も年も知ら
ない、と来たら、領主が思いつくのは一つだろう。
アーデレイド付きのメイドであるユリアをアーデレイドと偽ってそのまま嫁
がせる事だ。
だから派手な演出をして、ユリアを式の最中に攫った。
相手側は面子に賭けて花嫁を探そうとするかも知れないが、此処居るのは
『領主の末娘』では無く、ユリアだ。
領主としても探し出されては困るのだから、本腰を入れる訳が無い。
何と言っても相手の目の前で行われたのだから、『娘は攫われた』という
大義名分もまかり通るだろう。
さて。
全てが僕とアーデレイドの筋書きだと知ったら、君はどんな顔をするんだ
ろうね、小さなユリア?
愛らしく一生懸命動く小さな幼馴染を見ながらくつり、と小さく笑んだ。