01 プロローグ
空は、抜けるように青かった。
どこまでも澄みきっていて、まるで何もかもを見透かしているみたいに、静かだった。
潮の匂いに混じって、土のやわらかい香りがする。
朝の風はまだ少しだけ冷たくて、頬を撫でるたびに意識がはっきりしていく。
俺はしゃがみこみ、畑の土に手を当てた。
ひんやりとしているのに、奥の方はかすかに温かい。
まるで生き物みたいに、ゆっくりと呼吸している。
「……もう少し、元気になれたらいいな」
誰に向けたわけでもない言葉は、風に紛れて消えていく。
特別なことはしていない。
祈り方なんて知らないし、難しいことも分からない。
ただ触れて、感じて、少しだけ願う。
それだけで――ほんの少しだけ、世界は応えてくれる。
指先に伝わる感触が、わずかに変わる。
固かった土が、ゆるやかにほどけていく。
それを確かめて、俺は小さく息を吐いた。
「……よし」
顔を上げると、風に揺れる葡萄の蔓が目に入る。
まだ青い房が、朝の光を受けて、ほんのりと紫を宿しはじめていた。
今年も、きっと甘くなる。
そんな、いつも通りの確信。
「エルム! お昼だよ!」
遠くから、弾むような声が飛んできた。
振り向くと、畑の向こうで手を振っている姿が見える。
思わず口元がゆるんだ。
「今行く!」
立ち上がりながら返事をして――ふと、足を止める。
空を見上げた。
さっきと同じ青空。
変わらないはずなのに、ほんの一瞬だけ、何かが“引っかかった”気がした。
波の音が、わずかに遅れて聞こえる。
風が、ほんの少しだけ不自然に止む。
「……?」
理由は分からない。
でも、それはすぐに消えてしまった。
気のせいだ、と自分に言い聞かせる。
そんなことより、腹が減った。
俺はもう一度だけ空を見てから、畑を後にした。
この時の俺は、まだ知らなかった。
この島が、どんなふうに終わるのかも。
自分が、何を壊してしまうのかも。




