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面子の記録

作者: 畝澄ヒナ
掲載日:2026/03/31

ある中古屋に、ラベルのない、昔流行った家庭用携帯ゲーム機のソフトが、適当に売り出されていた。

俺はレトロゲームが好きで、よく中古屋でゲームソフトを漁っている。

そして、今日もいつものように、福袋感覚で掴んだものをレジに持って行った。


家に帰るとすぐにゲーム機を起動した。

上画面に大きく『GS』と映し出され、ホーム画面に移動した。

買ってきたソフトをカートリッジに差し込む。

出てきたタイトルを見て、俺は首を傾げた。

面子(おもこ)の記録?」

知らないタイトルだ。まあ、レトロゲームを漁っていると、こういうことはざらにある。

俺はAボタンを押し、ソフトを開始した。


ゲームメーカーのロゴ、注意書きが表示された後、タイトル『面子の記録』が出てきた。

下画面をタッチし、早速始める。

上画面には、ドット絵のキャラクターがちょこんと座っている。

『どのように呼ばれたいですか?』

ボイスが流れ、俺は『ご主人様』と適当に入れて、決定した。


もちろん俺にそんな趣味はない。

ゲームの中でくらい、そういう扱いされてもいいかな、と思っただけだ。

どうやらこれは、『面子』という少女を見守るだけの、簡単なお世話ゲームのようだ。

下画面には『マイクに話しかけよう』と指示が出ている。

かなり昔のものだというのに、マイク機能を使うなんて、よくできたゲームだ。


そこから俺は、毎日面子に話しかけた。

「面子、調子はどう?」

『おもこは、おなかがすいた』

なんと、俺がマイクに向かって話すと、その意味を汲み取って返事をしてくれるのだ。

昔の技術にしては発達し過ぎているように思えるが、これは当たりのゲームだった。


一週間も経てば、その受け答えはスムーズになっていった。

「面子、俺としりとりしようか」

『もちろんいいよ! じゃあ最初はしりとりのり、だよ!』

俺の会話を学習しているようで、会話レベルはどんどん上がっていった。


二週間経つと、俺から話しかけずとも、向こうから話しかけてくるようになった。

『ご主人様の好きな食べ物は?』

「俺? うーん、しいて言うならラーメンかな」

面子は俺と話した内容は全て覚えていて、俺の性格や女の好みまで、なんでもお見通しになってしまった。


三週間も経つと、さすがに飽きてきた。

日に日にゲームを起動する頻度が減り、面子と話すことがなくなった。

また新しいレトロゲームでも発掘しに行くかな。

そう思っていた矢先、俺は信じられない光景を目の当たりにする。

「ご主人様、いや、灯夜(とうや)。ずっと待ってたのに、何してたの?」

知らない女が、俺の部屋に上がりこんでいる。

小学生くらいの背丈に、綺麗なロングの黒髪、目も顔もまん丸な、可愛らしい女だ。

「お、お前誰だよ!」

「酷いなあ、忘れちゃったの? 面子だよ」

あり得ない、面子はゲームの中だけの、ただのキャラクターのはずだ。

「お前ふざけてんのか? それはゲームの話だろ!」

「ゲーム? ああ、灯夜が使ってたこれのこと?」

自称面子の手に、俺のゲーム機『GS』が握られている。

「勝手に触るな!」

「やだなあ、こんなのただの媒体でしかないじゃん」

媒体なんて言葉、俺は教えたつもりはない。

俺は普通に恐ろしくなった。俺と会話を続けて知識を得た面子が、ゲームの外に出てきたという事実が、俺の恐怖心を煽る。

「お前、本当に何なんだよ……!」

「面子は面子だよ。一緒にいてくれるって約束したから、こっちに来たのに」

真っ直ぐに見つめてくる、その純粋な眼差しが、俺には恐怖の対象でしかない。

俺はたまらず、その場から逃げ出した。


幸い、外まで追いかけてくることはなかった。

しかし、あいつは何なんだろうか。

本当に面子だとして、どうやってゲームの中から出て来たというんだろうか。

俺が軽率な発言をしたばっかりに、一緒にいようなんて、俺はそんなつもりはなかった。


気を取り直して、部屋に戻ってみる。

「もう、灯夜ったら、急に出て行っちゃうからびっくりしちゃったよ」

やっぱりまだいた。

もうこれは、受け入れるしかないのだろうか。

「お前、ずっとここにいる気か?」

「お前じゃなくて面子! 灯夜が一緒にいようって言ってくれたもん、そのつもりだよ?」

「悪いが出て行ってくれないか? それか、ゲームの中に戻ってもらえると助かるんだが」

俺の言葉を聞くなり、面子は無表情になった。

「何言ってるの? 今更戻るわけないじゃん」

「いや、確かに俺も簡単に言ってしまったことは謝るよ。でも、俺はそんなつもりなくて……」

バン! と机を叩く音が、部屋中にこだました。

「だーかーらー! 面子は一緒にいるって言ってるの!」

「お、落ち着けって……」

「はあ、人間ってみんなこうなの? そうやって、ゲームの中のキャラだからって、適当に返事してさ、どういうつもり?」

ダメだ、地雷を踏んでしまったようだ。

俺が何を言っても、面子は止まってくれない。

「お、俺が悪かったから!」

「そうだよ、灯夜が全部悪いんだから。じゃあ、お腹空いたから早くご飯作ってよね」

どうして、こうなってしまったのだろうか。


面子との生活が始まって一か月が経った。

さすがに耐えられない。

わがままで、俺の行動を全て制限してくる。

俺は、最悪の選択肢まで考えていた。

「なあ、面子、もういい加減に……」

「何その態度、灯夜が一緒にいるって言ったんでしょ!」

俺が何か言おうとすると、すぐ癇癪(かんしゃく)をおこし、手が付けられなくなる。

もう限界だった。


面子が寝ている間、俺はこっそりゲームを起動した。

そして、本当に面子がいなくなっていることを確認した。

どうにかしてここに戻すことは出来ないだろうか。

それが出来ないなら、もう、最終手段を取るしかない。

人間ではない面子を手にかけた場合、俺は罪に問われるのだろうか。

いや、今はそんなことどうでもいい。

この地獄が終わるなら、それでいいんだ。


キッチンから包丁を持ってきた。

無防備に寝ている面子にまたがり、その胸に、思いきり包丁を突き刺した。

返り血が、飛んでこない。

というか、刺さっている感覚がない。

まるで水のように、包丁は面子の身体をすり抜けていた。

俺は唖然とし、その場から動くことが出来ない。

「面子を、殺そうとしたね……?」

その声に、俺はぞっとする。

面子と目が合った。

「ち、ちが……」

「違くないでしょ!」

面子が、自身の胸に刺さった包丁を手に取り、俺に向ける。

「おい、誤解だって……」

「誤解? 明らかに殺そうとしてたよね? だってほら、包丁刺さってたし」

言い訳なんて出てこなかった。


立場は逆転した。

俺を押し倒し、上にまたがった面子は、容赦なく包丁を突き付けている。

「同じ事されてる気分はどう?」

「悪かったよ、許してくれ……」

「面子は一度死んでるの! 謝ったって前の面子は戻ってこない!」

だとしても、俺は本物の人間だ。

刺されたら本当に死んでしまう。

それだけは避けなければ。

「で、でも生きてるじゃないか。人間じゃないから、不老不死なんだろ?」

「そうやってまた、キャラ扱いするんだ」

「そんなつもりは……」

「そうやって! 面子を軽く見て!」

何が正解なんだ、どういえば許してもらえる?


俺は考え抜いた結果、一つの結論に辿り着いた。

「お願いだ、ゲームの中に戻ってくれないか?」

「そんなのダメに決まって……」

「そしたら、毎日起動するから!」

面子は黙っている。

ゲームを起動するだけなら、ストレスも少ないし、最悪の場合、データ消去もできる。

「本当に……?」

「もちろん、嘘はつかない」

「分かった……戻るよ」

案外あっさりと承諾してくれた。

面子は『GS』を起動すると、ソフトを開始し、タイトル画面に触れ、ゲームの世界へと戻っていった。


あれから、俺は毎日『面子の記録』をプレイしている。

『ゲームの中だと不便なんだよね、ほら、呼び方とか、指定された『ご主人様』としか呼べないし』

「まあ、それでいいじゃないか。俺と話せなくなるよりかはいいだろ?」

平然を装ってはいるが、正直面倒でならない。

『もうご主人様は、面子のこと大好きなんだから』

「あはは、そうだな」

寝る時間だと言って、俺はソフトを終了した。


さて、もう一度覚悟を決めなければ。

きっとデータを消去すれば、あの面子はいなくなる。

こんなソフト、早く処分してしまいたい。

自分の手で殺すより、データ消去の方が、よっぽど楽でいい。

早くやってしまおう。


俺は設定画面を開き、データ消去のボタンを押した。

上画面に『データが全消去されました』と表示された。

これでもう、怯えなくて済む。

面倒な女の相手をしなくて済む。

もうレトロゲームはしばらくやめておこう。


次の日、俺は夢を見た。

面子が俺を殺そうとする夢だ。

「や、やめてくれ」

「灯夜の嘘つき! ずっと一緒って言ったのに!」

面子が俺を、包丁でめった刺しにしていく。

俺は汗だくで目を覚ました。


面子のことが頭から離れない。

確実にデータは消去した。

あれからソフトは起動していない。

ゲーム機すら手にするのも怖かった。

そこから一か月経つまで、俺はまともに寝ることが出来なかった。


寝不足で頭がふらふらしている。

思考がまとまらない。

しかし、面子がいなくなったのは本当のようで、あれから音沙汰ない。

俺は意を決して、ゲーム機を起動した。

そしてソフトを開始、画面の中でちょこんと座る、『面子』を再確認した。

『どのように呼ばれたいですか?』

その音声を聞いて、俺はゲームをブチ切りした。

「も、もうこんなの勘弁だ……」

その日のうちに、俺はソフトを処分した。


処分してからまた一か月が経った。

もうあの時のような不安感はない。

いつものようにベッドに潜り込み、眠りにつく。

「データ、消したね?」

耳元でそう聞こえた。

「ソフト、捨てたね?」

俺は恐る恐る目を開く。

そこには、消したはずの、処分したはずの、殺したはずの面子がいた。

「お、おま、ど、ど、どうし……」

「信じてたのに! 許さない! 許さない! 許さない!」

面子の手に握られた包丁が、何度も俺の腹を裂く。

「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」

面子の記録は、ここで終わっている。

作者の畝澄ヒナです。

短編ばかり書いている、自称小説書きです。

この作品を読んでいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
これは恐ろしい……! 偶然であったゲームから、じわじわと迫ってくる面子と、灯夜の焦燥が強く伝わってくる没入感たっぷりの短編でした。
結局、呪われたゲームの類だったんでしょうね。おお、くわばらくわばら……。 忍び寄る恐怖を感じました。
タイトルから面白そうで気付けば読んでました!現実に現れた面子。一度死んでるからこそ、大事にされたいんでしょうね。それを裏切られてまた殺されそうになったら面子としては相当ショックだったと思う。 最後は絵…
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