第9話 「ノイズの静寂」
高校に入ってから、マサオ(魔竿)は、中学時代よりも、ほとんど喋らなくなった。
正確には――喋る必要がなくなった。
(あいつ、近寄るなよ)
(目、合わせるな)
(関わると面倒なタイプだ)
言葉より先に、相手の“判断”が流れ込んでくる。
だから会話は始まる前に終わっていた。
教室の隅。
窓際でも、後ろでもない、中途半端な席。
そこが一番ノイズが少なかった。
教師の声。
クラスのざわめき。
誰かの笑い声。
それらはすべて「表の音」で、その下に必ず、もう一層濁った音が重なっている。
(つまらない授業)
(早く終われ)
(あいつウザい)
マサオは、もう驚かない。
怒りもしない。
ただ、聞こえてしまうだけだ。
***
放課後、駅前。
パチンコ屋の前で、見覚えのある連中がたむろしていた。
中学時代に絡んできた連中。
誰かの先輩で、誰かの舎弟で、今は何者でもない男たち。
「お、久しぶりじゃん。覚えてる?」
声は軽い。
だが、ノイズは違う。
(ビビってんだろ)
(反応したら絡める)
(逃げたら笑える)
マサオは足を止めなかった。
目も合わせない。
その瞬間。
(あ、こいつ……違う)
空気が変わる。
相手のノイズが、微かに揺れた。
――何もしていないのに。
――何も言っていないのに。
ただ、“見抜いている”という事実だけが、相手をひるませる。
「……チッ」
舌打ちだけが背中に飛んできて、それで終わった。
***
夜。
自室で横になり、天井を見つめる。
静かなはずの部屋でも、完全な無音はない。
隣の家の生活音。
遠くを走る車。
自分の呼吸。
そして、その奥にある――ノイズ。
(このままでいいのか)
(どうせ変わらない)
(面倒だ)
それは、誰の声でもない。
自分自身の中から滲み出たものだった。
マサオは目を閉じる。
幼稚園の縁石。
兄の蹴り。
鼻の傷。
殴り合った夏。
家庭裁判所の空気。
すべてが一本の線で繋がっている。
――聞こえすぎる世界で、
――何も言わずに立ち続けること。
それが、自分の生き方になっていた。
***
数日後。
街の外れのコンビニ前。
黒いスーツの男たちが、低い声で話しているのを見かけた。
笑っている。
だが、ノイズは異様に静かだった。
(計算)
(支配)
(損得)
感情が削ぎ落とされた、冷たい音。
――危険だ。
直感がそう告げる。
だが同時に、どこかで興味が湧いた。
(この人たちは、ノイズが少ない)
それは、救いにも似ていた。
マサオは、無意識のうちにその場を通り過ぎながら、思う。
――この世界には、
――ノイズを出さない人間もいる。
そして、
――いつか、自分もそちら側に立つのかもしれない。
その少し先の未来で、
翔也という少年と出会うことになるとも知らずに。
――――――
第10話「現在へ」へ続く




