第10話「錆びたブルーと、進路未満」
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放課後の校舎裏は、いつも中途半端な時間が流れていた。
帰るやつ、部活に行くやつ、何となく残ってダベるやつ。
マサオは、そのどれでもなかった。
校舎の隅に停めたボロいベスパ ――
自分で塗ったブルーメタリックは所々剥げ、下から赤茶色の錆が浮いている。
(ボロい。 サビ。 ちゃんと下地やれよ、って思われてんだろうな)
そう思った瞬間、ノイズが走る。
(ダセぇな)
(でも、あれ一人でやったんだろ)
(金ないのに、ようやるわ)
褒めでもケナシでもない、半端な感情。
マサオはヘルメットを被り、ノイズごとエンジン音で潰した。
***
バイト先は、個人経営のホットドッグ屋だった。
鉄板と油の匂い、刻まれる玉ねぎの音。
「マサオ、ソーセージ焦げるぞ」
「……すみません」
言葉は少ない。
けれど、この店ではそれでよかった。
(真面目だな)
(不器用だけど、嘘はつかねぇ)
店主のノイズは、静かで温度が低い。
マサオは、この空間が嫌いじゃなかった。
ファーストフード店の面接で浴びたノイズ――
(片親か)
(なんか面倒そうだな)
あのときより、ずっと。
***
閉店後、ベスパで夜の街を流す。
信号待ちの隣に、原チャリが二台並んだ。
視線が、来る。
(錆びすぎだろ)
(でも音、悪くねぇな)
マサオは何も返さない。
青信号と同時に、ただ前に出る。
速さじゃない。
勝ち負けでもない。
ノイズが、少し遠のく。
(……走ってるときだけ、静かだ)
それが、自分の答えだった。
***
夜、部屋で工具を広げながら、雑誌をめくる。
今のベスパも、気に入ってるし、102ccにはボアップしたが、やはり排気量を上げて、たまにはかわいい子乗せてドライブしたいし、加速感に余裕も欲しいし。。
ランブレッタ。
ベスパ200ラリー。
イタルジェット・ドラッグスター。
(どれも、全然資金足りね〜し。)
卒業後の進路欄は、まだ白紙だ。
就職?(面接のノイズがいたいし)
大学?(金も頭も足りない)
そんな余裕は、どこにもない。
(とりあえず、バイト増やすか)
現実的で、夢のない答え。
だが、ノイズは鳴らなかった。
静かだった。
***
その夜、帰り道のコンビニ前。
黒い車が一瞬だけ視界に入る。
スーツの男たち。
どこかで見たような、見ていないような。
(……面白そうなの、いるな)
一瞬だけ届いた、はっきりした悪意のノイズ。
マサオは立ち止まらなかった。
まだ、関わる気はない。
ただ――
世界が、少しずつ近づいてきているのは、分かった。
錆びたブルーのベスパで走りながら、
マサオは思う。
(逃げ道は、走ることしかないな)
その選択が、
いずれ「魔竿」と呼ばれる理由になるとも知らずに。




