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“魔竿(まさお)“  作者: リキュウ


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1/7

第1話「冬、エンジンの音が胸に刺さる」  「心声が聴こえる少年。暴走する街で真実へ走る。」

アマチュアレース大会まで、あと二時間。

高3の冬休み。まだ薄暗い朝。


マサオは古びたVespaのキックを踏んだ。

小さなエンジンなのに、胸に直接響くような音を立てる。


鉄工所で切り落とした後部フレーム。

青で塗ったミシュランのサイドウォール。

小さな赤目のテールランプ。

内臓が露出したみたいなマフラー。


誰かに褒められるわけでもないカスタム。

でも、マサオにとっては “唯一、自分の手で組み直せた人生の歯車” だった。


今日はなぜか胸騒ぎがする。

理由は分からない。ただ、朝から世界が“少しだけノイズが多い”。

そんな感覚がしていた。


***


レース会場へ向かう途中、国道の交差点。

信号待ちの対向車線に、薄紫色のボロい YAMAHA JOG が止まっていた。


乗っているのは見たこともない少年。

制服の上に黒のMA-1。

けれど、視線だけが妙に印象に残った。


(……なんだ、あいつ)


目が合った瞬間、少年の“内側”が流れ込んできた。


──カッケ……

──あのベスパ、めちゃくちゃイカしてる……

──ああいうスタイル、マネしてぇ……


声として聞こえたわけじゃない。

でも“響いた”。


胸の奥のスピーカーが勝手にオンになったような、あの感じ。


マサオは思わず視線を逸らした。

この感覚は、小学生のとき一度だけ経験した“あれ”と似ていた。


体育館裏の階段。

3人組にツバをかけられた瞬間、胸の奥で“何か”が弾けた。

自分でも制御できない衝動。

周囲の“感情の波”が混線して押し寄せてきた、あの瞬間。


まさか、あれがまた……?


信号が青になった。

薄紫JOGの少年が、マサオと同じ方向へ曲がってくる。


(ついてきてる……?)


また“声”が流れ込んだ。


──やべ、なんでついて行ってんだ俺。

──でも、あの人……なんか目を離せない……

──あのカスタム、写真撮りてえ……

──名前……知りてえな……


マサオはブレーキを握った。

世界が一瞬だけ静かになる。

白い息だけが空気に溶けた。


(……なんなんだよ。ほんとに聞こえてるのか?)


しかしJOGの少年は、マサオに気づかずそのまま前を通り過ぎていく。

ふと振り返ったその目と、ほんの一瞬だけ視線が重なった。


そして、遠くへ走り去った。


名前も知らない。

でも胸に残った“残響”だけが消えない。


***


レース会場の駐車場に着く頃には、ようやく呼吸が整っていた。


(……今日、何かが始まる)


理由は分からない。

でも確信だけが胸に残っていた。


あの薄紫JOGの少年。

後に “翔也” という名を知ることになるその少年との出会いが、

マサオの人生を「地上」から「別のレイヤー」へ引き上げていく始まりだった。


Vespaのアイドリングが安定する。

白い息が空気に滲む。

胸の奥は、それ以上に熱かった。


そして、この冬──

マサオの “第二覚醒” が、静かに始まろうとしていた。

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