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第9話「通報されるまでがチュートリアル」

 県立運動公園。広い芝生とランニングコースを、健康志向の市民や親子連れが楽しげに駆け抜ける。その端に──明らかに“空気を壊す存在”が三つ、棒立ちしていた。まるでゲームに迷い込んだ不審NPC。通りすがりの視線がチラリと突き刺さる。


 水野慎吾、四十三歳。額の汗は運動ではなく緊張の産物だ。なぜなら──


(掲示板、ブログ、DM……ネットの向こうの存在だった二人が、同じ県内?いや、同じ生活圏?奇跡で括っていいのか?)


 ──いや、落ち着け水野。ほら、現実世界にカメラ戻せ。


 心のどこかで、冷ややかな声が囁く。


(物語なら“巨大な力”の介入フラグだ。でも現実?──ただの人口密集地だよ、バカ)


 しかし水野は止まらない。


(……いや、これは統計的に異常だ。つまり、このエリアこそが“召喚の震源地”!)


 ……はい、完全に目がイッてました。芝生にいるスズメが逃げるレベルで。親子連れはベビーカーごとUターン決めてます。


 隣で安田は“茂みで薬草採取を始めそうな静けさ”をまとい、清水は“脳内でマップ全景レンダリングしてる遠い目”。三人合わせて、初期村でスルーされる系モブ三体だ。いや、街角に出現した低レベルイベントのデバフ軍団と言ってもいい。


 そのとき──


 ――ダッダッ、と芝生に弾む軽快な足音。


「すみません、待たせました!」


 声の方を見た瞬間、水野の視界が一瞬ホワイトアウトした。


 スポーツウェアに爽やかな笑顔、適度に絞れた腕。汗で光る額。森本秀樹は、まるで“異世界チート勇者”── ……いや違う、ただの陽キャ。しかも限定SSRレア、初期ガチャで絶対出ないやつ。運営に愛されてるフェイスに、課金特典まで付いてやがる。


 水野の胸が軋む。(……クソ、こいつの背後にバフエフェクトが見える。攻撃力1500、こっちは陰属性、魔力極振り……なのに)


 親子の小声が風に乗って届く。


「ママ、あの人クエストマーク出てる?」「しっ、目を合わせちゃダメ」


 ──現実バッドステータス、永続付与中。


 * * *


 森本が軽やかに笑って、自己紹介を始める──と思いきや、開口一番にブチ込んできた。


「基礎体力、足りてます?」


 ……はい、3人そろってフリーズした。「……は?」のハモり具合は完璧だ。


 森本は、そんな空気など眼中にない。声をさらに張る。


「異世界で一番最初に死ぬのは、足の遅いヤツです!」


 その言葉、山の稜線で叫ぶ戦士のそれ。拳まで握っていた。


 安田の胸にグサリと突き刺さる。(……確かに、機動型ヒーラーを名乗る以上、走れなきゃダメだ……)


 清水は片眉を上げ、淡々と毒を落とす。「え、異世界にランニングコースあるんですか?異世界マラソン大会?」


 森本、揺るがず。「ランニングコースしかないです! 1にスタミナ、2にスタミナ。四の五の言わずに全部スタミナです!」


 水野は腕を組み、視線を下げる。「……確率論的に、足腰を鍛えることは……合理的、かもしれない……」


 言いながら、もう心が揺れていた。数字に弱い男ではないのに、筋肉論の圧に押されている自覚がある。


 森本は胸筋をピク付かせながら放つ。「スタミナは全RPGで最重要ステでしょ!逃げ足鍛えて生存率80%アップ目指します!」


 安田:「……つまり、今からランニングですか?」


 森本:「ええ、まずは5kmです!」


 水野:「ポーション持参してませんっ!」


 清水:「……クエスト名『はじめての五キロ』」


 ──この日、“異世界準備委員会(仮)”はフィットネスサークル(マジ)に進化した。


 * * *


 森本はスポーツタイマーを取り出し、陽キャSSR級の笑顔で告げた。「じゃあ確認しましょう。腕立て、腹筋、シャトルラン……あと、最後に5km走ですよ?」


 3人:「え?最後??」


 ──3人の顔、完全に“初期村でスルーされるモブ”状態。


「ほら頑張って!そんなんじゃゴブリン以下ですよ」


「ゼェ……ハァ……ちょ、ちょっと待って……」水野、腕立て10回目で潰れながら苦し紛れの言い訳を放つ。「身体強化魔法の発現が……まだなので……っ」


 清水は腹筋二回目で白旗を上げ、声を裏返らせた。「や、安田さん……ヒールを! 回復魔法を今すぐっ!」


 隣で安田が必死に呼吸を整える。「くっ……酸素供給が追いつかず……回復魔法が放てない……!」


 次の瞬間、彼は仰向けに崩れ落ちた。ギブアップ一番乗り。


 グラウンドに響くのは、リアルな「ゼェ……ハァ……」のハーモニー。もはやコーラス隊。


 ──ここまで“俺たちは選ばれし者”オーラ全開だったのに、ステータス画面を開けば全員HP赤ゲージ。異世界どころか町内運動会すら無理だ。


 森本は腕を組み、戦士の眼差しで告げる。「……基礎、ゼロです」


 水野は地面に突っ伏しながら、心の中で呻いた。(……このままじゃ異世界に行く前に“死亡ログイン”だ)


 * * *


 芝生に散らばる三人。水野、清水、安田──全員HPは点滅中、息も絶え絶えで「ゼェ……ハァ……」。一方、森本だけはまだ呼吸ひとつ乱れていない。格差、絶望的。脳内には「GAME OVER → Continue?」の文字が点滅しているレベル。


 森本はそんな死屍累々を見下ろし、汗を光らせて拳を握った。


 森本:「……最高だ! 魂に火がつく瞬間を、こんなにも感じたのは初めてです!」 「俺、自分の本気がバカだって笑われるの覚悟してました。でも……皆さん、上限解放したバカじゃないですか!ソウルスキル解放された気分です!」


 三人がかろうじて顔を上げた瞬間、森本は迷いなく言い放つ。


「俺も、皆さんの仲間に入れてください! 一緒にビルドアップしましょう!」


 清水:「……会議どこいった? このシナリオ、誰が書いたんだよ。読者アンケート結果か?」


 水野:「むしろ始まる前に転職クエスト失敗した感がすごい……」


 安田:「父さん……異世界でも心肺が先に限界だよ……」


 森本がスマホを取り出す。画面には《異世界準備委員会(仮)》──その下に追加された文字列。


【森本:体力班リーダー(物理)】通知音ピコン。


 森本はスマホを胸に抱き、涙目で笑った。安田が息も絶え絶えに呟く。


「……これで4人目……いや、死亡フラグも4倍……」


 水野は天を仰ぎ、曇ったメガネ越しに空を見つめる。(……異世界より先に現実でサーバー切断されそうだ)


 ──その横を、ジョギング中の女性二人組が通り過ぎながらひそひそ声。


「……あの人たち警察クエスト発生じゃない?」「報酬、ショボそうだからやめとこ」



 ▶【次回】第10話「支配者、Excelと補佐を連れてくる」

 美しい関数曲線であなたを断罪。そして、天然の一撃が会議を崩壊させる──。


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