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ー 5 ー 異常事態

突如感じた異様な気配に嫌な予感がして店の外に出ると、碧は目の前に広がる光景に息を呑んだ。そこにあるのは有形であり無形である無数の黒い(もや)。道行く人々には見えていない。人のような形を取ったそれははっきりと碧を認識してこちらに向かって来る。


素早く辺りを見渡した碧は持ってきていた日本刀を取り出した。鞘に取り付けられたベルトの内側にある短いベルトを腰に合わせてずれないように右側で固結びにすると、鞘の上下で異なる長さになっているベルトによって刀が左腰に斜めに固定される。左手を添えた鞘からすらりと刀を抜くと、陽の光に当たった刀身がきらりと妖しい光を放った。初夏の湿った風が、頭の真ん中よりも下辺りで結ばれた茶色の髪を揺らす。


一度大きく深呼吸をした碧の姿は周囲の人々には見えていない。誰にも見えていない黒い靄を真っ直ぐに見据えながら、「紫礼!」と声を飛ばす。紫礼は碧を追って丁度店から出て来たところだ。


「弓具持ってるでしょ? 人のいない方に追い込むから来乃波と薪原くんをどこか…駅に送った後手伝ってほしい。私はここで足止めしておくから」


そう言った碧の姿が、紫礼にだけは見えている。即座に状況を理解した紫礼は来乃波と蓮を連れて駅の方へ走り出す。


「ちょっと待ってよ、紫礼。どうなってるの? 水咲は? 水咲はどこに行ったの?」


「何が起こってるんだ? どうして急に橘さんを置いて駅に……」


現状が把握できていない二人が紫礼に疑問をぶつけるが、紫礼はそれに答えている暇はない。全力で走って駅まで辿り着くと、紫礼は二人を構内にいるように言って再び元来た道を戻ろうとする。が、来乃波が紫礼の袖を掴んで引き留めた。


「待って。ねぇ、どうしたの? どこに行くの?」


見ると、来乃波も蓮も不安そうな顔で紫礼をじっと見つめている。


「何が起こっているかは言えない、ごめんね。でも二人がここで待っててくれたらすいちゃんと帰って来るから」


普段はふわふわ穏やかな雰囲気の紫礼から発せられるぴりりとした緊張感から、只事ではない事態なのだということが伝わってくる。


「わ…分かった。よく分からないけど、でも気を付けてね」


「うん。ありがとう、来乃波。蓮くんも」


そう言って、紫礼は碧の元に戻るべく最短ルートで駆け出した。



・・・❇︎・・・❇︎・・・❇︎・・・



碧を狙って撒き散らされる靄を避けるが、腕の形をしたそれを完全には(かわ)すことが出来ず刀を振り下ろす。しかし、有形であり無形でもあるそれは触れれば碧はダメージを受けるが碧がダメージを与えることは出来ない。碧の刀で切られると軌道は変わるが、それはあくまで一時的なものでしかない。案の定、分離した靄は意思のない亡霊のように揺らめいて本体部分に吸収された。再び辺りに広がった靄を避け、大きくジャンプするとその黒い物体の胃の辺り、一際濃い黒を纏っている部分を一突きにする。ぱきんっと何かが割れる音がすると同時に黒い靄は霧散した。


後に残された残骸を見ると、青っぽい色合いのプラスチックの破片だった。


「プラスチックって……。どういうこと? 何考えてるの、あの男」


一人と呼ぶに相応しいのかは分からないが、一個体が破壊されたことで手前にいた三体が一斉に向かってきた。一応退路を確保しつつ胸の辺りに伸ばされた暫定“腕”を素早く屈んで避けると、今度は別の個体の“足”が目の前に迫って来たため後ろに跳んで距離を取る。が、前を見ると視界に映る戦闘状態の個体が二体しかいない。


(もう一人は……?)


周りにはいない。とすると。


(上!)


碧の頭上から靄を傘のように、(ある)いは膜のように大きく広げた三体目が降ってきた。重力に従って落ちて来るそれが自身に触れる直前、碧はぴぴぴっと刀を振ってその靄に隙間を作る。僅かに生じたその隙間を通って三体目の上に跳び出し、建物の壁を蹴ってそれの上を掠めるように反対側に着地した。再び集まった一体目と二体目の動きを予測しながら、碧の望む配置に誘導していく。三体が一列に並んだとき、一番手前の靄を躱して真ん中の個体の横に着地するとそのまま刀を大きく薙いだ。


碧の刀は三つのプラスチックを正確に両断しており、靄は空気に溶けていった。


一つ息を吐くと、再び碧は前を見る。


眼前には百体を超える数の黒い靄。いくら碧のみを狙っており周囲の心配をしなくて良いとは言え、一人で相手をするには数が多すぎる。一対三程度ならまだしも十体以上で向かって来られると流石に厳しい。


そんな碧の思考を読んだかのように、今度は一度に十数体が向かって来る。靄に触れないように注意しつつ一体ずつプラスチック片を破壊していくが、次々と新しい個体が加わるため相手をしなければならない数は一向に減らない。時折、避け切れなかった靄で頬や首、手の甲に切り傷ができる。碧に触れるときには刃物のように鋭くなるため容易に受けることは出来ない。


(これはちょっときついかも……)


小さな体躯から発せられているとは思えない程の体力(エネルギー)で動き回る碧だが、それにも限界があるためいつまでも同じことを繰り返す訳にもいかない。靄は無限に現れる訳ではないが、持久戦である以上恐らく全ての個体を倒すより碧の体力が尽きる方が先だろう。四十体近くを倒した頃には息が上がり動きの切れもなくなってきた。


真横に刀を薙ぎ横にいた靄のプラスチック片を破壊した碧だったが、後ろの個体の存在には気付いていなかった。気配を感じその存在を認識したときには、体勢が整っていない上に関節の可動域的に刀を振れる状態ではなかった。即ち、避けることも刀で防ぐことも不可能。


「やばっ……!」


心臓に伸ばされる腕を、ただゆっくりと見つめることしかできない。目を閉じ掛けたが、最後まで目を離すまいと思い睨むように見据え奥歯を噛み締める。


次の瞬間、風を切る音がしたかと思うと碧の胸の前で靄が消えた。その後も次々とプラスチックが割れる音がして、残りが半分になったところで靄は集まってどこかに消えてしまった。


屋根の上から、弓を手に持ち右手に(かけ)を挿した少女が跳び降りた。二つに結った三つ編みが風に揺れている。


「あぁ、もう! 怖かったよぉ! 何あの黒いの、いつもとなんか違くない?」


駆け寄ってきた紫礼が碧に抱きついた。


「ありがとう、紫礼。ちょっと危なかったよ」


「本当だよ! ちょっとどころじゃなかったからね!?」


背中に矢筒を背負った紫礼は碧の前に膝を付くと弽を外して袋に仕舞い、絆創膏と消毒液を取り出して碧の顔や手にぺたぺたと貼っていく。


「無茶しすぎだよ、すいちゃん」


その声には心配と安堵が含まれていた。すぐにでも碧と共に靄の対処をしたかったであろう紫礼が、その気持ちを呑み込んで碧の言葉に従ってくれたことに碧は感謝している。とは言え、実際に碧が紫礼に討伐を申し入れるとそれはそれで怖いからと嫌がるのである。


「ごめんね、紫礼。でもありがとう。あの二人に何かあったらもっと早く死んでたかも」


「縁起でもないこと言わないでよ!」


謝る碧と怒る紫礼だが、その表情は穏やかだ。


見える範囲の怪我の応急処置を終えた紫礼は弓を三分割にすると矢筒の中に仕舞った。紫礼の弓は伝導性の繊維を大量に含ませた特殊な木材で作られており、組み木のような構造になっている。本来なら分解できない弓だが、オーダーメイドの発注により作られたため世界に二つとないものだ。元々は弓道家の命とも言える弓をばらばらにすることに紫礼は難色を示していたが、今ではそんなことも言っていられず持ち運び易さ重視である。弽も、弽紐部分がマジックテープになっており非常事態でも即座に射の動作に入れるようになっている。


手当ての跡を()()()()()()()してから駅で来乃波たちと合流すると、別れてから紫礼が何を言ったのか心底安心したように抱きつかれた。何があったのかを話すことは出来ないが、二人が無事であったことに碧も安心する。そのまま解散することになり、電車で帰宅した。


家が近い碧と紫礼が来乃波と蓮と別れて二人きりになると、先程までの雰囲気から一転して険しい空気になる。


「紫礼、明日って何もなかったよね?」


「……多分。普通に授業だけだと思う」


「そっか。……じゃあ明日私の家に来れる? 申し訳ないけど学校は欠席で。他は全部私がやっておくから」


冗談という空気ではなく、至って真面目にそう言う碧の瞳には決意が宿っていた。


「分かった」

お読み頂きありがとうございます。


戦闘シーンです。今回は少し長くなってしまいました。

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