ー 11 ー 文化祭準備② 日常的喜劇
実行委員は結局蓮と他三名が担うことになり、碧と紫礼は装飾係を務めることになった。役割を決めるために席を自由に移動しているため、紫礼は碧の隣に座っている。その日一日何かにつけて文化祭実行委員のメリットを説いてきた紫礼は碧がそれを頑なに拒否したことをまだ不服に思っているのか、じっとりとした視線を向けてくる。
「私と同じのじゃなくても好きなのやれば良いのに」
「私にはすいちゃんを守るという使命があるの!」
むんっと体の前で拳を作る紫礼。
(何か昨日愛が余計なこと言ってたからなぁ……)
そんなことを考えていると、係決めがスムーズに進んだためかクラス企画の決が始まった。黒板に蓮が大きく『メイド喫茶』と書く。一部の男子が「おおっ」と盛り上がった。
「俺としては、……あくまで売上のために、た…橘さんとかがメイド服を着ると良いかなって……売上のために!」
(いや、それ今言うこと!?)
隣で紫礼ががたっと音を立てて席を立つ。
「蓮くん、それなら私が着る! 蓮くんのために!」
(いやいや、ちょっと紫礼!?)
教室で、それもクラスメイト全員が見ている中で行うやり取りではないと突然のことに視線を行き来させる碧だが、何故か周囲の反応は生暖かい。
「相変わらずだね……」「あの二人良く親友でいられるよな」「橘さんと九谷さんな」「ねー。凄いよね」「私だったら絶対無理」
(……あの二人には羞恥心というものがない訳??)
企画が決まる前から頭痛により既に疲労困憊の碧だった。
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その後一週間の話し合いと全学年の実行委員との討論の結果、碧たちのクラスはクレープショップをやることに決まった。メイド喫茶にならなかった決定打は名指しされた碧がメイド服の着用を断固拒否したことである。蓮は嘆いていたが嫌なものは嫌と己を貫き、愛に鍛えられたルナアイホールディングス役員会議でのプレゼン力をここぞとばかりに遺憾なく発揮した。それならばせめてエプロンをと泣き付かれたため、何故かクラス中から説得されクレープを作ることになった。
『松祝祭』と呼ばれる、碧たちが通う藤沢市立第二中学校の文化祭開催まで後一週間に迫っていた。碧が放課後に広告看板や店舗の装飾を仕上げつつ家庭科室で試し焼したクレープを食べていると、来乃波がやって来た。部活がある紫礼は一時間程前に弓道場に行ったためここにはいない。
「久し振り、水咲。最近会えなくて寂しかったよー」
甘えん坊の猫のように寄ってくる来乃波の行動は、パーソナルスペースの広い碧にとって距離が近いように感じられるがどこか愛らしさがあり嫌いにはなれない。人生をやや達観している節のある碧からすると、幼く見える来乃波の振舞いを見ることには羨望も含まれているのかもしれない。
「“最近”って言っても一昨日会ったでしょ?」
「一日会わなかったら水咲パワーはリセットなんだよ!」
来乃波は背凭れのない椅子に座り、膝の上にクレープを食べる碧を乗せているが重くはないのだろうか。尋ねても恐らく「全然平気ー」と返ってきそうなので、自分でやっていることだからと好きにさせておく。
「“水咲パワー”って何?」
「水咲に会うとチャージされるあたしのエネルギー源だよ」
「何てエコなエネルギー」
「あたしは水咲と紫礼出来てるからね」
碧の腰に腕を回した来乃波がそう答えた。彼女は日頃から『小さくて抱っこしたくなる』と言って碧を抱えているのだ。背中に何か固いものが当たるが、来乃波が体勢を変えたことで感触がなくなった。セーラー服の胸ポケットに入ったメモ帳かシャーペンといった類のものだろう。
「ちょっと怖いよ」
あははっと体を揺らして笑う来乃波。楽しそうで何よりだ。「松祝祭、絶対に一緒に回ろうね」と言う来乃波に頷くと、満足気な笑顔で家庭科室から出て行った。
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碧と来乃波が家庭科室で話していた頃、教室では蓮が友人の久保翔也と向かい合っていた。椅子に浅く腰掛け背凭れに体を預けた翔也が、何を思ってか目を伏せる。
「お前、いつまであんなこと続けるつもりだよ」
「……それ以外に方法があるか? あれが俺の限界だ」
蓮は溜め息を吐いて、翔也の向かいの机に寄り掛かった。
「我ながら自分に嫌気が差すよ」
それは、碧や紫礼が知らない自虐的な表情だった。
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学校での紫礼は暴走しがちな変人タイプです。




