ー 10 ー 文化祭準備① あるべき日常
色々とイレギュラーなことが起こったが、話し合いをした翌日には碧も紫礼も通常通り登校した。因みに、前日の欠席は体調不良ということにしてあるため来乃波と蓮以外に疑問を持たれることはない。その二人についても、先日の出来事を誰彼構わず話す程馬鹿ではない。そこは紫礼からきちんと口止めがあったようだ。
教室に入ると蓮が駆け寄ってくる。
「橘さん、この前のことなんだけどさ、」
「おはよう、薪原くん」
「あ、おはよう……それで、」
「ごめんね、それは言えないんだ。紫礼もそう言ってなかった?」
冷たい言い方にならないよう出来るだけ丁寧に断り、話は終わりとばかりに顔を逸らすが「でも…」と蓮は食い下がる。
「薪原くん、世の中には知らない方が良いこともあるんだよ」
特に、黒御に関することは。
そんな言葉を呑み込んで、碧は思わず鋭い視線を向けた。その勢いに押され、蓮はごくりと喉を鳴らす。
(ちょっとやりすぎちゃったかな)
意図的に顔の筋肉を動かし、少し顔色の悪くなった彼に柔らかい表情を向けて安心させる。
「大丈夫、“私”と関わる分には問題ないから。“紫礼”もね」
碧の言葉には“橘水咲”と“九谷紫礼”という仮の名前が隠れている。しかし、蓮はそんなことは知らないし碧も由依や愛以外にバラすつもりはない。何より、学校では普通の学生生活を送ると決めていた。いつもと変わらない表情を浮かべる碧を見て蓮が何を思ったのか、それでも安堵の表情を浮かべて「分かった」と言って去っていった。
「積極的だな、蓮」
「……翔也」
蓮が友人と話しているのを傍目に窓の外を見ると、今日も嫌になる程の快晴だ。雨の少ないこの気候の変化が吉と出るか凶と出るか。その答えが一月後に出ることを、碧はまだ知らない。
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「えー、模試も終わりましたし、丁度一ヶ月後、七月の始めにある松祝祭の準備が今週から本格的に始まります」
朝のホームルームで文化祭についてそう言った担任の言葉にクラスが湧く。
「やった! 暫く授業減るよ」「ねぇねぇ、企画何やりたい?」「おい、お前メイド服着て喫茶店やれよ」「はぁ? やだよお前がやれ」
賑やかで楽しげな会話が教室中に広がる。ぱんぱんっと手を叩いて担任の教師が注目を集め、必要事項を説明していく。
「今日の六時間目に各個人の大まかな役割と企画、それから出来ればグループ分けまで決めてもらいます」
「やっぱり飲食系が良いよね」「お化け屋敷とかもやってみたい!」「メイド喫茶は?」「ははっ、お前どんだけそれ好きなんだよ」「ねぇ、一緒に買い出し係やらない?」「やるやる!」
再び会話の渦が巻き起こる中、担任は「まぁ、今朝のお知らせは以上なので。あんまりはしゃぎすぎないように」と恐らくクラスの殆どが聞いていないだろう言葉を残して教室から出ていった。
碧が何となく教室を見渡すと紫礼と目が合った。口パクで何やら伝えようとしている。
(じ、…、こ、う、い、……え、松祝祭実行委員?やだよ)
両手の人差し指をクロスさせて×印を作り、拒絶の意を伝える。誰かの上に立って主導するのは企業経営だけで十分だ。紫礼はぷくーっと頬を膨らませているが碧の意見は変わらない。何故急に実行委員をやりたいと言いだしたのか休み時間に尋ねたところ、どうやら蓮がやるつもりだと言っていたのだと言う。補佐を含めて男女二人ずつの枠があるため碧と共に実行委員になることは可能だが、本当にやりたいのなら一人で立候補すれば済む話だ。そう言ったところ「私を見捨てないでよ、すいちゃん!」と人聞きの悪いことを口走る。そんなに一緒にいたいのならいっそのこと当日一緒に回るよう誘えば良いとどうにか説得して、実行委員への強制的な立候補は避けることが出来た。
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暫く学園青春モードです。




