ー 1 ー プロローグ
『碧水物語』 作者不明 八〇〇年頃成立
今は昔、或る所に色神といふこそおはしき。神、十二の女神創り給ひて一色ずつ与へ給ひて「其々の色を慈て一國を治め給へ」とおほせき。女神等、下界に降り上に己等の國を作らばやとおほせければ、上許し給ひ越後に國作り給ひき。湖碧水、小鳥囀る麗しき國となりき。渡女神等を崇めあわれがり、其の言の葉に従ひき。されど、或る程より日の本に異変起こりそめき。上、女神等の謀反と思し、國閉じさせ給ひき。女神等の末裔の存在は今も不明なり。
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試験管、フラスコ、顕微鏡、シャーレ。ガスバーナー、ラベルの貼られた小瓶。古文書、辞書、走り書きのあるノート、データ資料。ホルマリンに漬かった細胞片。
大量の物が散乱する空間に、一人の男がいた。真っ黒な瞳に妖しい光を宿している。丁度長年の努力が実を結んだところだった。手に持った半透明な容器の中で何かが揺れている。
「ははっ、はははははっ! 出来た。遂に完成した! これで漸く、私は────」
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蝋燭の灯りが揺らめく薄暗い室内に、十二人の人々が円形に座っている。仄かな光に照らされ橙色に染まった彼らの顔は、凡そ人間とは思えない程に整っていた。誰もがその顔に憂いと決意を浮かべている。月の名を冠する彼らが一堂に集うのは年に一度。今年こそは計画を行動に移そうと意思を確かめ合う。我々の代で終わりにするのだ、と。
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二一二五年、六月某日。
柔らかい風に頬を撫でられて、少女は目を覚ました。一度寝返りを打ってから体を起こす。クローゼットの隣にある姿見に映る自分を見て、溜め息を吐く。
キューティクルを纏った艶やかな薄い茶髪と長い睫毛に縁取られた榛色の大きな瞳。くりりとしたそれは垂れ目気味だ。一見ストレートに見える髪はよく見ると僅かにウェーブを描いており、サイドの髪の毛と前髪の一部が片側だけ脱色され白くなっている。やや日本人離れしたその外見は、美少女と呼ぶに相応しいものだった。
少女の名は水無月碧。今は橘水咲を名乗っている。
碧は姿見に手を伸ばして中の自分の顔に触れると、再び溜め息を吐いた。透き通るような白い肌を映すその板が吐息で僅かに曇る。長らく笑顔の浮かべ方を忘れたその綺麗な顔はどこか気怠そうに見える。
ちらりとベッドサイドに目を向けた後、制服に着替える。その視線の先には一太刀の日本刀があった。白い鞘に花結びの組紐が結ばれている。窓から入ってくる風で、四つの花弁の下から伸びている赤い組紐が揺れている。
「流石にそろそろ腹括らないとなぁ……」
胸元のリボンを結びながら碧は呟いた。
髪を後ろで一つに結えたところで、ちょうど階下から碧を呼ぶ声がした。母である橘由依の声だ。返事をし、リビングに向かうと既にテーブルの上に朝食が準備されていた。
「おはよう、母さん」
キッチンにいる由依に声を掛けると、由依も「おはよう」と返した。
碧と由依に血の繋がりはないが、碧が橘姓を名乗っている以上橘由依の娘ということにしておいた方が都合が良い。事情が事情なだけに初めは戸惑っていた由依だったが、最終的には快く迎え入れてくれたことに、碧は心から感謝している。
冷蔵庫から水を取り出した碧が椅子を引くと、由依も碧の正面に座っていた。
「最近はどう?怪我とかはない?」
由依が尋ねる。食パンにマーガリンを塗りながら、「大丈夫だよ」と碧。
特殊な生い立ちと境遇上、どうしても由依に心配を掛けてしまう。
碧には母がおらず、父も戸籍上の存在でしかない。幼少期からそのような環境で育ったため深く気に掛けたことはなく今では由依のことを母として慕っているが、最近になってその父とは名ばかりの男が怪しい動きを見せ始めた。まだ十五歳、中学生の碧なら気付かないと思ったのか、それとももしバレても平気だと思っているのか。どちらにせよ、碧たちを利用して何かをしようとしているのは明白だった。碧は同年代の平均よりも低い身長に加え実年齢よりも低く見られるような童顔だが、年齢の割にやや大人びている。精神年齢もさることながら、行動力や発想力は相当なものだ。
「それよりもね、今度学校で文化祭があるでしょ? 見に来れる?」
話題を変えた碧に対し、由依は苦笑気味に行くことを約束した。
碧が通う藤沢市立第二中学校では毎年大規模な文化祭が開催され、中学校の規模とレベルではないことが話題を呼んでいる。特に、中学では珍しく飲食系の模擬店が許可されていることもその一因だろう。碧は今年も親友二人と回る約束をしており、一ヶ月後を今から楽しみにしている。
朝食を終え後片付けが一段落する頃には家を出る時間になっていた。
碧は二階に上がると通学用のリュックサックに昨晩使った勉強用具を放り込む。加えて、ベッドサイドの日本刀も仕舞った。鞘に括り付けられた二本のベルトを鞘に巻き付けて縦に差し込む。誰かに見つかれば銃刀法違反などで問題となることは確かだが、見られることはない。同じ原理で、白くなったサイドの髪の毛も周囲には他と同じ茶色に見えている。そもそも、この日本刀を持ち歩き始めた理由も父の行動に原因があった。
(こんな生活を終わりにするためにも早いとこ何とかしないとなぁ)
そんなことを考えながら、家を出る。由依からの行ってらっしゃいを聞きながら玄関で空に向かって手を伸ばした。
今日も、真っ青な快晴だ。
水面下で様々な準備が進みながらも、表面上は今日もいつもと変わらない穏やかな一日が始まる。横のボタンをスライドさせたスマホのロック画面に写る十二色環をぼんやりと眺めながら、そう思った。
お読み頂きありがとうございます。
本文最初の古文は、AIによる変換に私が手を加えているため違和感のある箇所があるかもしれませんが、多めに見て頂けたらと思います。




