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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

2日前の夢

作者: ふにゃあ

こないだの悪夢です。朝5時に飛び起きました。

 遂に始まった戦争は有利に進み、敵国の支配下である多くの島々を占領した。となるはずもなかった。

 都合よく改竄された情報が作戦立案に降ろした根は深く、早々にして作戦は崩壊、本土決戦に踏み込むに至った。


 鳴り響くサイレンが敵機の襲来を知らせ、非連続の破裂音の集合に国民は逃げ惑った。

 日々続く空襲、その年の初夏に訪れた台風、決壊する堤防からうなりをあげて飛び出す泥水は辺りを飲み込みこの地の全ての痕跡をすすいで行った。

 

 やがて侵攻する敵兵に、この辺一帯は降伏した。

 すでに多くの地は敵国の手に落ち、人的資源の削減計画が練られるほどの食糧不足が、ささやかに暮らした人人の思考を奪っていった。


 男はすでに多くが死に絶え、一面均されたあとの大地は女子供が芋を植えるだけの農場となっていた。


――――――――――――――


 地区一帯から集められた5歳児は列をなし、敵兵の命令によって行進をする。

 距離などわからない。理由もわからない。ただ歩くだけである。


 時々頭上を悠々と旋回する爆撃機の重低音が、あの日の悲劇を想起させ、泣き出す、うずくまる。

 そんな物には敵兵の蹴りが飛んだ。2,3回土の上を跳ね、動かなくなる。

 それはもう見飽きるほど転がっていた。

 今更見慣れた物に心は動かない。


 ただ、その子があの世で救われるかどうかが、ぼくの関心だった。

 この状況に逃げ場はあるのだろうか。

 逃げた先が天国とは限らない。

 ただ、盲目で一歩を踏み出せないものだけが今この世に生かされている。


 少なくとも僕は怖かった。

 底の無い闇に落ちていく。背中に速度をもった空気が打ち、遠く高く見えた明かりは徐々に縮小する。ただ思考と自責が微小時間に廻る。

 ぼくはこれが堪え難かった。想像するだけで鳥肌が立った。


 生かされたものはただ命令に従い、歩く。

 遠くに見ていた海辺の山が間近に迫っていた。

 岸辺は広い砂浜だった。大きな弧を描く浜の先にすら子供は歩いている。総数は知れない。


 前の子の踏み抜いた砂の上をぼくが踏みしめる。 砂は気力を掠め取っていき、倒れる子が増えた。

 前方に見える大きなゴミが人かどうかなど解るはずもない。

 たとえ人だとしてもどうしようもない。


 二列縦隊の先が川に行き当たり、方向を川上へと変えたようだ。地面は気付けば再び砂から土へと姿を変えた。


 指揮する敵兵のマスクは人の人らしからぬ無機質な部分が前面に出たデザインをしている。


 しばらく歩いた。


 我が物顔で自由に青空を飛び回る爆撃機がこちらに向かう。

 どんどん速度は上がり、機体は急激に拡大していく。

 急降下したそれが墜落の寸前で機体を持ち上げたと思うや否や、僕らは爆発に巻き込まれた。


 煙巻く付近を敵将校が闊歩し、指を差した子供らを兵隊がトラックに積み込んで行った。

 やがてこちら側に歩いてくると、僕を指差した。


 僕はゆっくりと意識を落とした。


 ――――――――――


 気付けば僕らはいつもの畑にいた。

 横には39の母親。

 畑で働く母親はぼくが目覚めたことに気づいたのか?


 痛む体をゆっくりと持ち上げ、立ち上がる。

 鍬を持つ大人、座り込む子供、略奪を正当化する若者、寝込むそれ。

 近くの小川だけが静かにながれる。

 青と土が占めるこの世界はいつまで続くのだろうか。


 急に咳き込む。口を抑えた手には血がついていた。あぁ。


 周りを見渡すと1人の子供がこっちを向いている。

 薄汚れたベージュの服には39歳、結核、横には小さなカタカナのルビが振られていた。

 こうも終わりが近いとは思いたくはなかった。


 ケラケラと流れる小川に触れる。冷たい水が昂る感情のラジエーターとはならず、弾む息を横に向ける。


 あの子供が指を差した。


 僕は軽く微笑むと小川に身を任せた。川底はゆっくりと動き、徐々に深さを見せた。

 もう怖くはなかった。


 母親の叫ぶ声がする。必死に僕を追いかける。

 でも、僕はうつ伏せのまま鼻から息を吸った。


 体を冷たい水が満たす。

 心地がいい。

 深く、深く。

 麻痺した感覚は淡い夢を見せ、傷を癒す。

 闇はそう僕らを拒絶しなかった。


 再び大きく息を吸う。鉛のような液体は詰まることなく口内を抜ける。

 遂に川底は姿を消し、ただ深く闇が広がる。母親の声も遠くなり、いつのまにか消えた。


 体を捩り仰向けになる。その途端、目の前いっぱいに広がった輝く蒼は少しずつ離れていった。


 世界から祝福されているように、静かに、静かに、腰が水を割ってまた深く落ちていく。

 眠るように、溶けるように、僕は、息を吸い込むのをやめ、水の中へとゆっくりに消失した。

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