専門学生・立春 エピローグ
年が明けて、1か月を過ぎ、寒さもまだまだ続く。
風が吹けば寒さを更に際立たせ、
あれから2年が経った。
俺は高校3年生を目標に向かって思い切り頑張った。
碧と一緒だったら、悪く言えば何だかんだで誘惑に負けて、目標を見失っていたかもしれない。
何事もメリハリが大事だということだろうか。
今日は陽介に久々に会う。なんでも会わせたい人がいると。
しばらく足が遠のいていたマスドに待ち合わせをした。
こんな機会でもないとここに来るのも何だか気が引けてしまっていた。
「おう、久しぶり。」
陽介が颯爽の挨拶で入ってくる。
「ああ。相変わらず元気そうだな。」
「相変わらず、は余計だろ!」
このやり取りも、相変わらずだ。
俺たちは、3年生の間は、お互い会う頻度は減ったものの、特に何を決めるわけもなく、徐々に自分の進路と目標に向けて舵を切りかえていった。卒業すれば進路は違っていたので、結果的には会わなくはなっていたものの、連絡はしばしば取っていた。
そして今や陽介はまさかの大学生だ。
「で、俺に会わせたい人って?」
「お、そうそう。」
陽介は思い出すように返答する。
「ちょっと一緒にドーナツ注文に行こうぜ。」
「え?ああ、わかった。」
二人でカウンターに注文に行く。
「いらっしゃい…ませ。」
「えっと…」
いつも通りに注文し、席に戻る。
「さて、一緒にドーナツ食べませんか?ってな。」
「ふん、茶化すな。」
陽介は面白おかしく笑っている。
「でも、空のことだから、もう分ったんだろ?」
「まさか、また店員口説くのか?それにあのコ、年下だろ?」
「まぁ、半分アタリで半分ハズレだな。」
「もったいぶらずにサッサと言えよ。」
陽介が一呼吸する。
「俺あのコと今ちゃんと付き合ってんだ。」
ー!?
陽介は3年生でここを辞めてから、ちょくちょく客として来ていたようで、その時、初めて会ったんだそう。彼女の名は園田由紀。忙しい日に大変そうな彼女が凹んでいるところを経験者として、フォロー、声をかけたのが始まりだそう。
いつも年上を追っかけていた陽介が珍しく年下とは、余程思い入れがあるんだろうと察した。
「いいんじゃないか。お似合いだと思うよ。」
「ありがとう。空にそう言ってもらえるのが、一番嬉しいよ。」
また少し陽介と雑談をすると、彼女があがるまで、ここで待つようなので、邪魔しないよう俺は退却した。
「じゃ、またな。」
「今度は、平山も連れてWデートでもしようぜ。」
「ああ、また連絡くれ。」
そのまま自転車に乗り、帰宅しようとしたが、星場珈琲が目に入り、コーヒーを頂きに寄った。
父と母がお客として来ていて、茜さんが接客していた。
「おう。」
「あら。」
父と母が驚くと、俺は恥ずかしそうに下を向く。
「空、お母さんたち、向こうの隅に行くわね。」
「いや、別にいいじゃん。」
父は何も言わず母の後をついていった。
「そんなに改まることないじゃない?」
茜さんが切り出す。
「いや、そうでしょうけどね、何だか。」
「私は来年卒業しちゃうから、空と専門学校通うのも今年で終わりね。」
「あ、そうか。」
「そしたら大人の茜さんと、また付き合ってよね。」
「いや、付き合うって。」
茜さんが悪戯っぽく笑う。
「まぁ、何か困ったら、いつでも何でも言って。年中無休よ。」
そういうと茜さんは仕事に戻った。
俺もコーヒーを受け取り、父と母と家族でその時間を過ごしたのだ。
父と母が、ここでどんな話をしていたかは、もう覚えていない。
ただ、貴重な家族の時間を過ごした事実は今も忘れていない。
ー 1か月後。
チャイムと共に専門学校の教室を出る。
「ねぇ檜山君。」
「あ、水本さんと飯島さん。」
二人は同じコースの女性生徒で、いつも二人一緒に行動している。
「檜山君、この課題のやり方?意味が分からなかったの、また教えてくれる?」
「え、いいけど。」
「じゃ、近くのマスドでも行ってさ。」
二人の強引さに連れていかれ、課題のやり方は一通り教えた。
彼女は、特に水本 絵里奈さんは距離が近く、何か不自然さを感じていた。
飯島さんが席を立つと、水本さんはそっと耳打ちしてきた。
「この後二人でどっか行かない?」
「え?」
その時、水本さんの発言以上にドキッとする光景を見た。
ー 二人の見ず知らずのカップルがドーナツを分け合って一緒に食べている。
「・・・る?」
「・・・ぇ、聞いてるの?」
俺は我に返る。
「飯島にも実は言ってあって、もう帰ったから、二人きりだよ。」
水本さんが握ってきた手を俺はすぐに払う。
ー!?
「ごめん。俺、付き合ってる人、いるから。」
「え?だっていつも一人じゃん?いいじゃん、一緒にどっか行こう?」
「この後、彼女に会うんだ。マスドで。一緒にドーナツ食べる。」
「は?」
「しばらく会えてなかった人でね。でも碧じゃないとダメなんだって今確信した。ごめん、ここの会計は済ましておくから。」
そう、俺たちはあれから会っていない。今度は会うタイミングを逃していた。
お互い不器用なところがあるが、きっと真っ直ぐで、また会えば前のように燃え上がる恋が始まるだろう。
ーピロン
>碧、俺。今直ぐ愛たい。
出逢ったマスドに来てくれ。
ーピロン
>偶然~今そのマスドだよ。
つか愛たいって誤字なの?
ーピロン
>いや、あえて打ち直してみた。
・・・ダメだったか?
ーピロン
>ちょっとね~。寒い(笑)
それより早く来てよ。お腹空いてるんだから。
ーピロン
>分かったもう着くよ。
一緒にドーナツ・・・
「食べませんか?でしょ。それの方がよっぽど空クンらしいよ。」
そう独り言を言いながら窓際でメッセージを打つ女性。
夏らしく髪を短く切り、うっすらピンクベージュに変え、服装も白いブラウスに黒のワイドパンツという学生から大人らしく変わった碧の姿がそこにあった。
この話を持って、❝一緒にドーナツ食べませんか❞を完結とさせていただきます。
少し描き足りないことや、話を膨らませたりも出来たのですが、今回の目標はシンプルに話を描いて、ハッピーエンドを描き上げることだったので、個人的には満足しています。
もし、機会があれば大人になった空と碧を描けたらと思います。
長い間、御愛読いただき、ありがとうございました。